ディナーの席にて
楽しいひと時は瞬く間過ぎ、フロントラリーは夜を迎え――。
ホテルに戻ってきたカケルたちは、夕食を取るため、ホテル近辺の地中海レストランを訪れていた。
「いやぁー! いっぱい遊んだねぇ!! 特にジャパニーズ衣装で観光できたのは最高だったよ!」
7人ともなると今の時期には珍しい大人数だ。そのため、屋根付きのテラス席を、カケルたちは貸し切り状態で利用していた。
このレストランは高台に位置するのか、テラスは疑似的な南の海を一望できた。カケル曰く、これだけの距離が開いていれば、流石に大丈夫らしい。
「もうこれ以上は入らない。流石に俺もお腹いっぱい」
「そうか? じゃあ、これは貰うな。俺はもう少しいけるぞ」
「マジ? やっぱりカークには敵わないなぁ」
すでに夕食のピーク時は過ぎており、テーブルに置かれた大皿には、料理が少しずつ残っていた。
みんなが満足したのを見計らって、これからカークによる、最後の腹ごしらえが始まるところだ。その大きな体格からも、メンバーの中ではカケルに勝る1番の胃袋を持っている。
「お昼はカケルくんたちオススメの『うどん』にして正解だったわねぇ。うっかり食べ過ぎちゃうと、夜が入らなかったわぁ~」
「うどん、美味しかったよねぇ~! 僕はお餅が大好きだから、鍋焼きうどんにして正解だった!」
昼食は、観光の延長で日本食を満喫してきた。華やかな懐石などの選択肢もあったが、昼食であることや女性陣が居ることも考慮して、カケルたちは具が豪勢なうどん屋を提案したのである。
「いよいよ今年で僕たちも卒業かぁ~。ねぇ、社会人になっても、年に1度くらいはこうしてみんなで集まろうよ」
「急にどうした。しかも、それフラグだって。逆に約束が果たされないヤバイやつ!」
突然、しんみりした話題を持ち出すマシューに、カケルはいつもの調子で茶々を入れた。
「僕は本気だよ! チケットの準備とか頑張るから。みんな忙しかもしれないないけど、バラバラになって終わりってのは寂しいからさ」
「マシュー……」
マシューもいつもとは違い、本気で寂しさを感じている様子だった。おそらく、楽しい1日だったからこそ、しんみりとした気持ちが強まっているのだろう。
「わかった、俺も働いて今よりお金が自由に使えるはずだ。例え日帰りだとしても、飛行機を飛ばして絶対に来る」
「俺も~。サイトの連行は任せろ」
マシューは素直に「ありがとう」と微笑むと、いつもの調子に戻ったのかデザートを選び始めた。
そこでふと、カケルは隣から何も反応が返ってこないことを不思議に思い、サイトに視線を送った。
「うぉーい、サイト。寝るなー。あとデザートが残ってるぞー」
「んん……。だって、体も足も、ポカポカして……」
「サイトにしては頑張ったし、このまましばらく寝かせてあげよう? お店のタオルケットがこの辺りに置かれていたはず」
サイトはついに体力の限界が来たのか、満腹になると同時に、うつらうつらと船を漕ぎ始めていた。その姿は、まるで子供と同等だ。
カケルとアリアは慣れているのか、まるで両親の如く、手際よくサイトを寝かしつけていた。
(なぁ、マシュー。今日のシャルロット、どこか様子が変じゃないか?)
丸1日ぶりに、マシューの隣に座ったカークは、周りに聞こえないよう声を押し殺すと、ずっと気になっていたことを問いかけた。
それは、シャルロットの様子について。この旅行に来てからというものの、シャルロットからは普段の気迫は感じられず、さらには、ぼーっとしていることが多いのだ。
(おそらくなんだけど、告白の件をずっと悩んでるんじゃないかなぁ……。旅行、かなり前倒しにしちゃったし)
旅行の前倒しの原因はマシューにあるため、少し気まずそうに答えていた。本来年明けであった旅行、それに合わせたシャルロットの告白計画は、先週の間で一気に1週間後となってしまったのである。先週はあれよあれよと、旅行の準備で大忙しだったが、今落ち着いて考えると、シャルロットにとってそれは別の意味で一大事でもあった。
(告白? まさか、シャルロットはまだこの旅行でする気なのか!?)
思わず声が大きくなりそうになったカークに、マシューは「シーっ!」と口に手を当てた。
カークが驚いたのは、シャルロットが告白すること自体ではない。この半年以上も前倒しになった旅行でも、その予定が変わらず進行している点についてだ。
(本気か? 仮に今告白したとして、まだ4年が始まったばかりだぞ? カケルと気まずくなる可能性は考えていないのか?)
(僕にも分からないよ……。でも、真面目なシャルロットだと、無いとは言い切れないよ。他に思い当たることといえば、アリアがこの旅行に合流したことくらいかな)
そこまで話を続けたところで、カークとマシューは大きなため息と共に、テーブルに肘を付いた。2人は同じ体勢で指を組み、何とも複雑な表情をしている。
(とにかくホテルに戻ったら、隙を見てシャルロットと話をしてみよう。まずはそこから――)
「か、カケルっ!」
すると、大きな椅子が引きずられる音と共に、シャルロットが勢いよく立ち上がった。
「どうした?」
名前を呼ばれたカケルは、何事かと落ち着いた様子で首を傾げている。
「す、少し2人で話したいことがありますの。お時間をいただいてもよろしいですか!?」
シャルロットは普段よりも赤味を増した頬で、勇気を振り絞り、カケルを誘い出したのである。シャルロットの眉は自信なさげに垂れ下がり、本来ならば目を逸らしたい気持ちで一杯だが、必死にカケルの瞳を見つめ続けている。
「俺は構わないよ。アリア、悪いがサイトのことを頼むな」
「う、うん。わかった」
カケルは、大事なことを言いたそうなシャルロットの気持ちを察したのか、いつもの気前の良い笑顔で肯定の意志を示した。
そんな会話を交わす2人の奥では、「え?」とカークとマシューの目が点になっている。
「場所を変えてもよろしいですか? あ! カケルの気分が悪くないところで構いませんので」
「とはいえ、夜だし。そんなにはっきり見えないだろうから、多少は海辺でも大丈夫だと思うぞ。せっかくだし、階段降りてあっちに行ってみるか?」
カケルは落ち着いた様子で席を立つと、慌てるシャルロットをエスコートするように浜辺の方へと歩いて行った。
取り残されたメンバーは、突然繰り広げられた出来事に、沈黙が漂っていた。そんな緊張が漂う中、すやすやとサイトの心地よい寝息だけが鳴り響いている。
「いや、いやいやいや! シャルロット、何してんの!?」
しばらく経ったところで、ようやく声を上げたのはマシューだった。マシューにしては、珍しく本気で取り乱しており、徐に立ち上がった後は、自身の両手をわなわなと震わせながら自問自答を始める始末だ。
「あれって……。やっぱり、あの件しかないわよねぇ?」
「とはいえ、まだ旅行2日目だぞ? シャルロットらしいっちゃらしいが、どう考えても急ぎすぎだろう」
カークがフィオナに視線を送ってみるが、シャルロットから何も聞いていなかったのか、頬に手を当てて思い当たる可能性を予想している様子だ。
告白が成功しようと失敗しようが、まだ半分にも満たない旅行中に告白をするなんて、勇者を越えてもはや愚かだ。その後のことを考えると、周りが慌てる気持ちも分からなくはない。
「あぁぁぁ゛ー! もぉ、どうすんのさっ!?」
「こうなったら、優しく見守ってあげるしかないわねぇ」
マシューとカークが頭を抱える中、唯一落ち着いているのはフィオナだった。逆にスッキリした方が、後の旅行を楽しめるかもしれないわよ。というのがフィオナの個人的な意見だ。
「あ、あの。気分が優れないから、少し風に当たってくるね。フィオナ、サイトをお願いしてもいいかな?」
「えっ?」
発言すると同時に、席を立ってしまったアリアに、声を掛ける隙もなく――。アリアは、カケルたちが進んだ方向とは別の方角に立ち去って行った。
「ちょ、アリアまで……。どうしよう、行っちゃったんだけど」
「もう夜も遅いし、1人だと心配だから私が追い掛けて来るわ。2人共、サイトくんをお願いね」
少し出遅れてはしまったが、フィオナは慌ててアリアの後を追い掛けて行った。
ついに、テラス席に残されたのは、カークとマシュー、そして、たらい回しの末、未だ寝続けているサイトだけである。
「なにこれ。どういう展開? というか、サイトくんも全く起きないんだけど」
「はぁ……。俺に聞くな。30分ほど待って誰も戻ってこなければ、先にホテルに戻っているか」
もう何も考えたくないと言わんばかりに、カークは残っている料理に手を伸ばすと黙々とそれを食べ始めた。
マシューは全身の力が抜けたようにストンと椅子に座ると、気持ちよさそうに寝ているサイトに視線を向ける。
「シャルロットの告白は一大イベントではあったけど……。これは、予想していなかったかも」
マシューの呟きは、誰の返事も得ることも無いまま、フロントラリーの空へと消えていった。
レストランのテラス席が見えなくなったところで、アリアはようやくその歩幅を緩めると、顔を伏せ胸に手を当てていた。
「また、胸がモヤモヤする……」
シャルロットに連れられたカケルを見た時、アリアは急に焦りを感じた。思わず「行かないで」と、カケルに手を伸ばしそうなってしまった。
「でも、カケルを引き止めた後は? 私はシャルロットのように、カケルに告白するわけでもないのに」
アリアの中で、胸につっかえている1番の理由はこれだった。アリアもシャルロットのように、カケルが好きだと断言できれば、話は単純だった。しかし、そこまでの気持ちかと聞かれると、やはり躊躇してしまう自分がいるのだ。
「私は……私はどうしたいの?」
アリアも22歳と良い年頃である。しかし、未だに恋愛という感情とは、向き合った経験がない。
今まではそれでよかった。人一倍勉学に励む環境に居て、理由があった。いざという時は、カケルとサイトが傍に居て、それで困らなかった。
「アリアちゃんっ! 良かった、見つかって――」
いつの間にかアリアに追いついたのか、フィオナがアリアのことを呼び止める。少し息が上がっている様子から、フィオナが走って追い掛けてきたことが一目でわかった。
「フィオナ……」
アリアは複雑な面持ちで、フィオナと向き合った。
しかし、いくら待てども、フィオナからは何も質問してこない。おそらく、それが彼女の気遣いであり、優しさなのだろう。
「私ね、最近になって、やっと気付くことができたの」
そんなフィオナの優しさに甘えてか、アリアはゆっくりと自身の心境について語り始めた。
「やっぱり私にとって、カケルは特別な存在だってこと。でも、シャルロットの気持ちと同じかと聞かれたら、今の私には答えることは出来ない……」
アリアは辛そうに顔を歪めながら、カケルへの自身の想いを語った。
それは今回の告白の一件、そして、周りに聞き、自分なりに考え抜いた正直な答えだ。しかし、アリアを苦しめるのは、この答えだけでなく、その過程で気付いたある事柄だった。
「自分からはどうにもできないくせに、カケルに選択を委ねている自分が居ることに気付いたの」
「カケルくんに?」
「『カケルはシャルロットが好き?』『私のことはどう思ってる?』『カケルが今願うことは何なのか』とか……。おかしいよね、普通は自分がどうしたいかなのに、私はカケルがどうしたいのか。ってことばかり考えてる」
このアリアの告白は、シャルロットも初めて耳にすることなので、驚きを隠せなかった。それはまるで、カケルに依存しているようにも受け取れる。恋愛において、こういった話が珍しくはない。ただし、アドバイスをするには複雑で、そして、行動のきっかけとなるのは、やはりアリア本人がどうしたいかの意志にかかってくる。
「薄々は気付いてたの。だから、今回の旅行の件も、カケルが居なくても1人でできるってことを、証明したかったのかもしれない」
「結局カケルを怒らせて挙句、泣いちゃったんだけどね」と、皮肉めいた独り言をアリアはぽつりと零した。そして、アリアは顔を上げると、カケルとシャルロットが居るであろう、浜辺を真っすぐ見据えた。
「カケルに置いて行かれたくない。1人になるのは、嫌……。恋愛とか知らない。ただ今までのように、みんなが居て、そして、カケルとサイトが傍に居て欲しいだけなの」
その言葉がアリアの本音であり、嘘偽りない願いだった。
「ねぇ、フィオナ。私って、狡いね」
「アリアちゃん……」
そう言いながら笑う、アリアの笑顔は今にも泣きそうだった。
フィオナは何も言わなかった。それは、何も言えなかったからだ。この問題は複雑で、そして、他人が簡単に口を出していいことではない。
しかし、大切な友達が悩んでいるからこそ、フィオナはゆっくりアリアの傍に近付くと、その小さな体をぎゅっと抱きしめた。
筆者からのお知らせです。
仕事の案件が入ったため、約2ヵ月ほど更新頻度が低下します。
可能な限り、週1での更新は維持したいと考えております。
通常更新に戻りましたら、改めてご連絡させていただきます。
(2022/11/11記 犬鴨)




