観光初日
スペースポートから各ホテルに、荷物輸送サービスが行われていることを知ったカケルたちは、手続きを済ませ、日本エリアに向かうバスへと乗車した。
「わぁ、人がいっぱい居るね! ずっと宇宙船の中だったし、何だか新鮮だなぁ」
「遠方だから長期滞在がほとんどだろうね。僕たちみたいに5日くらいの滞在が平均的なのかな?」
サイトとマシューが窓から顔を覗かせると、至る所で観光を楽しむ人々の姿が目に入ってくる。宇宙船の何倍にもなる人の数に、2人は思わず声を上げた。
今回マシューが企画した旅行は7日間。うち2日は移動日となるため、実際に遊べるのは今日を含めて5日間となる。
「それでも5日だけじゃ、遊びつくせないよねぇ。VIP招待枠を複数用意して、1ヵ月滞在するような強者もいるって噂だよ」
今は導入されている宇宙船の数が少ないとはいえ、1日に数台は稼働している。そして、滞在者のほとんどが、日帰りではなく数日に渡ってフロントラリーを満喫していく。そのため、フロントラリーには常に一定数以上の地球人が滞在していることになるのだ。
「紹介映像で見たサファリパークも気になるよね! 川があるとカケルくんは辛いかな?」
マシューたちのすぐ後ろの席に座るカケルは、その発言が耳に入ったのか、すかさずフォローを入れた。
「あまり俺に気を使い過ぎなくていいからな。一時的に待機とか、どうとでもなる。とりあえず時間があるときに、どんなコースがあるか調べてみるか」
気遣いは有難いが、貴重な時間だからこそ、みんなに気兼ねなく楽しんで貰いたいというのもカケルの本音だ。それに巨大テーマパークと言うだけもあって、他にも見るものはいくらでも揃っているだろう。
「そうだ! こういったところはお店の数も充実しているよね。シャルロットがお土産をたくさん買いたいって言ってたから、カケルと一緒にお店巡りをしてるといいんじゃない?」
「なるほど、お土産か。俺の家はみんな多忙でフロントラリーなんて来れ無さそうだし、家族にも何か買っていくか」
こういったときのマシューは思い付きは素早かった。言うまでも無く、シャルロットがお土産を買いたいだなんて一言も発言したことはない。余計なおせわかもしれないが、シャルロットがカケルと2人っきりで過ごす時間を捻出しようと、お節介をしているのだ。
「シャルロットちゃん! 貴女に話題がふられてるわよ!」
「はい?」
フィオナは隣の席から何も反応が無いことに気付くと、慌ててシャルロットの肩を揺さぶった。
シャルロットは、ぼーっとしていたのか、何の件で自分が呼ばれているのかさっぱり理解できていない。
「サファリパークの時間、シャルロットは俺とお土産巡りな」
「カケルと、ですの?」
しかし、フィオナに問いかける前に、前の席からにょきっと顔を覗かせたのはカケルの姿だった。
楽しそうな笑みを浮かべているカケルと目が合い、シャルロットは一瞬、夢でも見ているのかと思ってしまう。
『……ええぇっ!?』
「ん? もしかして、今の話を聞いてなかった?」
「大丈夫よ! シャルロットちゃんも絶対行くから、それで決まりねっ!」
混乱中のシャルロットに代わり、フィオナがすかさず返事を返した。その対応からも、フィオナも例の件を知っているのは間違いない。
両手で頬を押さえながら狼狽えるシャルロット、そして、親指を立てて妙に前のめりなフィオナに対し、カケルは怪訝そうな顔をしていた。
「すっごーいっ! これが俗に言う、『風情がある』って景色だね!?」
ちょっとしたお喋りを楽しんでいるうちに、バスは目的地である日本エリアへと到着した。
エリア内は、日本の歴史を再現しており、1番の特徴は、まるで数世紀もの時代を遡ったと錯覚させる、雰囲気ある街並みだった。
「なるほど。ここは祇園の街並みを参考に創り出しているみたいだね」
「「「ギオン?」」」
最近作られたため、建築素材などは真新しく綺麗だが、瓦屋根が特徴的な日本家屋が建ち並んでいた。そして、石畳の遊歩道が、辺り全体を和の雰囲気に仕立て上げている。
サイトは目の前に広がる風景を見た瞬間、日本のどの場所を参考にして創り出されているか、すぐに言い当てた。対して、アジア圏出身ではない面子は、聞き慣れない地名に首を傾げている。
「祇園は、外国人に人気だった京都の有名な観光地だね。木造建築やお寺なんかも数多くある場所なんだけど、その中でも『花見小路通』を再現したのかな。でも、何故か向こうにお城が見えるけど……。あれは、天守閣?」
ここから通路を数本挟んだ先に、戦国時代の代表的な建造物である城の一部――天守閣がそびえ立っていた。
あくまでも、フロントラリーは歴史を代表する建物を再現しているだけだ。そのため、従来の広さや地形の再現まではなく、限られた区域にめぼしいものを融合させている。おそらくこの流れで考えれば、別の方角には、有名な神社や大仏などもありそうだ。
「瓦は少し緑ががかってる……。何処のお城だろう、やっぱり大阪かな?」
サイトは頭の中にある記憶を辿りながら、少しの情報量から、どの都道府県を代表する城かを当てようとしていた。
「見て見て! お団子が売ってるよ、美味しそう!!」
「いいわねぇ、お団子好きよ。せっかくだし買いましょうか」
華より団子とはまさにこのこと。香ばしい醤油の香りに誘われて、マシューを含む女性陣は観光地よりも出店に釘付けだ。
「しっかし、想像以上の出来だな。この辺りの木や石の年季を感じさせる表現なんか、超気合入ってる。日本人である俺たちですら、ここまでの風景は生で拝めたことはないな」
「カケルやサイトでも、初めてみるのか?」
団子の波に取り残された男性陣は、辺りの建造物について語り合っていた。サイトはいつも通り、あらゆる細かいところに視線を向けて夢中になっている。
そんなサイトがみんなの輪からはぐれないよう、カケルは監視を続けながら、器用にカークと会話を交わしていた。
「そりゃそうだよ。こういった木造の建築物って、まさに火気厳禁。ほとんどは星外戦争で焼野原になっちゃったからなぁ」
日本だけではなく、世界有数の歴史的建造物は星外戦争で多大なる被害を被った。歴史の中でも、修復などで手を加えれる機会はあるため、崩壊した後にも再建築と復興した場所もあった。しかし、このフロントラリーの件が具体化されてからは、UTEの方針としては、新規開発に注力することになっている。
「カケル。はい、お団子。お詫びにしては安いかもしれないけど、みんなの分も買って来たよ」
「お! サンキュー。サイト戻ってこい。アリアが俺たちの分の団子を買ってきてくれたぞー」
気を利かせたアリアが、カケルたちの分もお団子を持ってきてくれた。
カケルは喜んで受け取ると、さっそくお団子を口いっぱいに頬張りながら、残りをカークとサイトに手渡した。
「なぁ、アリア。あれ女性陣にいいんじゃないか?」
「貸衣装屋さん? もしかして、着物が着れるの!?」
カケルが指差した建物の看板には、貸衣装店と書かれていた。店頭には目玉商品となる着物が、綺麗に広げられていて、外から美しい色や柄が見えるようになっている。
着物と言えば憧れはあるが、やはり着付けや保管などいろいろ厄介だ。しかし、こういった貸衣装店だと、購入せずとも一時的に満喫することができる。
「一般日だと人気で混むかもしれないが、今日は空いてそうだ。盛り上がるんじゃないか?」
「さっそくみんなに聞いて来るね!」
アリアが女性陣の所に戻ったところ、すぐに飛び上がるマシューの姿が見えた。
「うぇぇ……。着物とか、息苦しくなりそうなんだけど」
「俺も、サイズが合うか心配だ」
「大丈夫だって、浴衣とか甚平とか。ラフなのも置いてあると思うぞ」
対照的にどんよりとしたオーラを出すサイトとカーク。その反応は予想の範囲内だったのか、カケルは笑顔で2人を引きずりながら貸衣装店へと入っていた。
貸衣装店の暖簾をくぐってみると、外観とは異なり、広々とした造りになっていた。おそらく、複数の建物を貫いているのだろう。中は商売が捗るように、大勢の人が利用できる造りとなっていた。
引き続き、衣装選びということで、男女別れて行動することになった。言うまでも無く、男性1名だけは違和感なく女性陣に紛れて混んでいる。
「じゃーん! これどうよ? って、誰もいないし……」
男性陣の中で、まず最初に試着室から出てきたのはカケルだった。カケルは普段から買い物に慣れているのか、衣装選びがスムーズに進んでいたからだ。
カケルが選んだのは、紺色の浴衣だった。オーソドックスで、落ち着きある雰囲気に仕上がっている。ワンポイントなのか、その手には金魚の描かれた団扇が握られていた。
「流石だな、カケル。若者っぽくて似合ってる」
「同い年でそのコメントはどうかと思うが……。って、カーク!? なにその斬新なチョイス! しかも、似合ってるし!!」
「俺でも簡単に着れそうだったからな。それに、これならサイズも問題ないと思ってな」
次に着替えを終えたのはカークだった。その大柄な体には、祭法被が羽織られていた。黒で統一されたデザインは、男っぽさもありカークの褐色の肌にも良く似合っている。まるで本物の職人のようなカッコよさがにじみ出ているが、背中にはでかでかと「祭」の文字が刻まれていた。
「いいねぇ~、いいねぇ~! これぞ外人のチョイスよ!!」
「どういう意味だ? まさか、日本人はこれを選ばないのか?」
カケルがカークの周りで大声を上げてはしゃいでいると、ようやくサイトが試着室から現れた。
「これ、普段着よりも楽。部屋着にしようかな」
サイトはカケルのおすすめ通り、甚平を選んだようだ。薄っすらと縦模様が入った甚平は、短パンと楽な見た目ながらも、いつもより増しておしゃれ感が出ていた。そして、その軽さと、布地の肌ざわりの良さに、サイトはすっかり虜になっている。
「サイトくん、可愛いぃ~! なんだか少年時代の面影があって、キュンキュンしちゃう!」
「それ、馬鹿にしてるよね?」
カケルは自身が持っていた団扇をサイトに持たせると、興奮した様子でその小さな頭を撫でまわした。
その可愛らしい見た目とは正反対に、サイトは、気に食わなさそうに口を尖らせている。
「さてさて、女性陣の方は……。なんだかすんごいことになってんなぁ」
「遠目からでも分かるが、派手だな」
「あの4人だからね」
男性陣の準備が出来たところで、カケルたちは店の逆側に居る女性陣のところへ向かった。遠目ではあるが、その色とりどりな華やかさが一際目立っており、他の客からも注目を浴びていた。
「おぉ~。金髪と着物って、また違った雰囲気に仕上がるんだな。アリアもシャルロットもすごく綺麗だぞ」
男性陣の中で1番コミュ力が高いカケルは、すかさず2人に誉め言葉を伝えた。
その横では、怪訝な表情をしたサイトがカケルを見上げていた。おそらく、「天然のたらし」とでも思っているのだろう。
「色選びがなかなか決まらなくって、大変だった」
「本当に、似合っています? 違和感しかないので、何だか恥ずかしいですわ」
明るい髪色のアリアとシャルロットは、まさに外人が着た場合という条件の元、着物を上手に着こなしていた。アリアはあえて髪と同系色の白色を。そして、シャルロットは金色と相性の良い、赤色の着物を選んでいた。異性への初めてのお披露目ということで、2人は恥ずかしそうに顔を俯かせている。それもまた、着物に似合う奥ゆかしさを漂わせていた。
「そして、次は……。うぉっ! な、なんていうか、すごいな」
そのまま視線を横にずらしたカケルは、思わずギョッとした。
次に注目したのは、フィオナの浴衣姿だ。淡い紫色の刺繍がたくさん描かれた浴衣は、フィオナ特有の大人っぽさをさらに引き出していた。そして、なにより――。
「えろい」
「ばっ……!? サイト、言うな!」
「あら? 今、何か言ったかしらぁ?」
思わず本音が飛び出たサイトの口を、慌ててカークが抑え込む。
何故ならフィオナの浴衣姿は、そのふくよかな体型を隠しきれていなかったからだ。本来、和装をすれば、嵩む生地や帯などで、着やせ効果があると言われている。しかし、フィオナの場合は納まりきっていない。むしろ、余計に主張されてしまったあらゆるパーツに、サイトを除く男性陣は、恥ずかしくて長時間直視することができなかった。
「じゃーん! 次は僕だよー! 見て見て!? どう!? 僕に似合ってるでしょ!?」
そして、最後はマシューだった。もはやアレンジされ過ぎて、日本特有の奥ゆかしさが何1つ残っていない。派手なピンク色のミニ浴衣からは、その白い太腿が大胆に露出されていた。
「あー、可愛い可愛い。安心する可愛さ」
「あぁ、これなら俺も全く問題ない」
「マシューっぽいね。似合ってる」
「このフィオナとの差よ! 腹立つんだけどっ!?」
本来であれば、ミニ浴衣はセクシーな部類に入るのだが、着ている本人がマシューということもあり、男性陣は安心して見つめることができた。その視線はまるで、父親が娘を見守るような暖かさが込められている。
自信があったにもかかわらず、色気という点では全く効果を発揮できなかったマシューは、「ムキィィィ!」と、太腿が剥き出しになった足で地団駄を踏んでいた。




