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スリィ×プラネット~幼馴染のためなら俺は宇宙すら翔ける~  作者: 犬鴨
第一部 カレッジ・シチヨウ
25/41

人生初の宇宙船

 ついに宇宙船の搭乗時刻を迎え、カケルたちは各々に割り当てられた座席に着席した。

 大型の航空機と比較すると、宇宙船はおよそ半分の大きさだ。そのため、丸みを帯びた見た目は、どこか愛らしさを感じさせるものとなっている。


「宇宙船って、離陸がとにかくやばいって噂だよな」

「俺、こういうのは苦手なんだよな……」


 通路側に座るカケルの隣には、落ち込んだ様子のカークが座っていた。

 宇宙船の中は、中央に1本の通路があり、その左右に4席ずつ座席が置かれている。

 そのため、カケルから通路を挟んだ隣側の列には、マシューとサイト、そして、フィオナとシャルロットが座っていた。


「いよいよ離陸のお時間となります。各座席の安全バーが下りますので、お席からは動かず、そのままお待ちください」


 機内アナウンスと共に、座席上部から下りてきたのは、肩からお腹周りまでをしっかりと支える安全バーだった。


「おいおい、本気か? ここまでしっかりした固定具を使うとか、聞いてないぞ」

「ははは! 完全に回転するジェットコースター並みだな。テンション上がって来たぁっ!」


 本気でビビるカークの隣では、カケルがこの状況を全力で楽しんでいた。今か今かと足を交互に揺らしながら、気分は完全に遊園地モードだ。


「それではフロントラリー行き、間もなく発射いたします。皆さま、素敵な宇宙旅行をお楽しみください」


 カケルたちを乗せた宇宙船は、指定の位置に着いたのか、一度その動きをピタリと止めた。


「来るぞ、カーク。どんなものか、お手並み拝け――っ!?」


 顔を横に向けて話す、カケルの会話が急に中断された。

 それは、カケルが今までに体験したことのない加速度だった。顔、そして体全体に、重力が一気にのしかかる。全身が座席に押し付けられていることを、脳が認識したのも束の間、今度は体が垂直に傾いた。

 カケルたちを乗せた宇宙船は、急なカーブを描いた発射レールに沿って、機体を90度の角度に変えると、今度は空へ向かって進み始めたのである。


「〜〜〜っ!!?」


 カケルは声にならない叫び声をあげる。しかも、寸前で調子に乗ってしまったこともあり、顔は正面ではなく横を向いたままで、首がもげそうだ。

 安全バーに全身が固定されているため、体のどこかが動いたり、曲がったりしているわけではない。しかし、前方から押し寄せる空気の重みに、顔どころか、口を動かすことすらままならない。




「皆さま、大変長らくお待たせしました。無事に大気圏を通過致しましたので、これより先は、座席に備え付けられたシートベルトをお使いください」


 再び機内アナウンスが流れると共に、乗員全員に付けられていた安全バーが、一斉に取り外された。

 たった数分程の出来事だったが、体感的には数十分以上にも感じられた。


「死ぬかと……いや、死んだと思った」


 ようやく体が解放されたところで、カケルは違和感の残る首を回しながら、呆然と呟いた。


「カーク? おい、カークどした?」


 カケルが隣を見ると、そこには顔を俯かせ、静かに目尻を抑えるカークの姿があった。


「すまない。今はそっとしておいてくれ」

「お、おう……」


 おそらくカークの目には、暖かい何かが流れているであろうことを察したカケルは、慌てて反対側を振り返った。


「カケルくん、今の凄かったねぇ! 今まで乗ったどのアトラクションよりも興奮しちゃったよ!」


 すると、いつもと変わりない様子のマシューが、カケルに話しかけてきた。

 その奥では、微動だにしないサイトが席に座っている。数秒ほど見つめたところで、カケルは気が付いた。サイトが目を開けたまま、失神しているいうことに。

 一方、フィオナとシャルロットは、とても興奮した様子で互いの手を握り合いながら、感想を語り合っている。

 女性陣の方が断然逞しいな。と、カケルは思わざる得なかった。


「ご乗船の皆様! 本日は当スペースポートをご利用いただき、誠にありがとうございますっ! 乗船時間はおよそ1日。長い時間となりますが、皆様との旅路が素敵な思い出となるよう、スタッフ一同、心より願っております」


 今までのアナウンスとは異なり、テンションが高いの女性の声が機内に響き渡る。


「フロントラリーはとても素晴らしい場所でございます。我々は、それをいち早く皆様に知っていただけるよう、ささやかながら紹介映像をご用意させていただきました」


 どうやら今までのシステム的な連絡ではなく、これから宇宙航空会社によるプロモーション施策が始まるようだ。これに関しては、ほとんどの乗客が予想外だったらしく、ざわつきながらも、誰もがアナウンスに聞き入っていた。


「それでは今一度、お手元のシートベルトをご確認の上、楽しいひと時をお過ごしくださいませ!」


 女性が事前説明を締めくくると同時に、機内の電灯が前から順に消灯していった。

 すぐに辺りは真っ暗となり、カケルは隣に座るカークの顔しか認識できなくなった。


「フロントラリーでは、地球上のさまざまな歴史的建造物が再現されています――」


 すると、機内全体を空間を利用した、巨大な1つの投影映像が映し出された。

 辺りに映っているのは、おそらくフロントラリーから抜粋した景色なのだろう。誰もが憧れる南の島や、色鮮やかな建造物が魅力のヨーロッパの街並み。そして、カケルたちが行く予定である、日本文化が再現された歴史的建造物も映っている。

 カケルたちは、互いに目を見合わせて指をさし合ったり、手を伸ばしてみたりと大興奮である。そして、それは今この場に居る、他の乗客にも言えることだった。


「我々が再現したのは、人が生み出した文化だけではありません。その時代、その地域に住む、今は見ることすら貴重とされる、生物の再現にも成功しました」


 次に映し出されたのは、自然豊かな熱帯雨林。まず最初に注目したのは、生命の賑わいを感じさせる多種多様な声や音だった。そして、次第に姿を現し始めた草食動物たちが、木々の間を駆け回っている。空には色鮮やかな鳥類、そして陸や川辺には、迫力ある肉食獣が優雅に歩いていた。

 カケルたちは事前にチェックしていなかったが、もしかするとサファリパークのような体験も出来るのかもしれない。


「我々の地球は大地だけではありません。その資源豊かとされるのは、母なる海があってこそです」


 そして、辺りの映像が鮮やかな水色に切り替わった。どうやら今度は海の中である、水中を映し出しているようだ。太陽の陽が差し込む綺麗な水中を泳ぐのは、海に生きる海洋生物たちだ。


「うぉっ!?」


 カケルが思わず声を出してしまったのには、理由があった。それは、急に体に浮遊感を感じたからだ。

 どうやら機内の重力が、宇宙と同じ無重力空間に切り替えられたようだ。乗客はシートベルトに固定されながらも、ほんの数センチ程度のシートベルトが緩んだ隙間に、体全体を浮かせて漂っている。

 それは、発想豊かな粋な演出だった。見ている者を、まるで本当に海の中に居るような錯覚に陥らせる。ここが宇宙だからこそ体感できる、幻想的なひと時だった。

 年配の人ですら、無邪気に手足を動かしたり、目の前の魚を掴もうとはしゃぐ中。たった1人だけ、それどころではない者がいた。

 こ、これはまずい……。うっぷ……! ただの映像だ。堪えろ、俺!!

 水恐怖症であるカケルは、このリアリティ溢れる手の込んだ演出に耐えきれなくなっていた。

 カケルは胃から込み上がってくるものを、必死に両手で抑えている。万が一、それを口から放出してしまった場合、無重力空間であるからこそ大惨事は免れない。


(頼むっ……! 早く、終わってくれぇぇぇーーー!!!)




 カケルの願いが届いたのか、海の演出を最後に、プロモーション映像はようやく終わりを告げた。

 いつの間にか重力は元通りになっており、辺りの電灯が灯った頃には、全員が席に腰を下ろした状態に戻っていた。


「途中から動きが騒がしかったが、何かあったのか? カケル?」


 プロモーション映像のお陰で落ち着きを取り戻したのか、カークがカケルに気を配る。しかし、カケルからの返答はなく、カークはその異変に気が付いた。


「おい、カケル!? しっかりしろ!」


 カークの慌てる声に気付いたマシューは、カケルの状態を見て絶句した。

 カケルはぐったりと天を仰ぎながら、白目を向いていたからだ。力なく開けられたその口の端には、光る何かが垂れている。カケルは意識を失うそのギリギリまで、最悪の事態を招くことを耐えきったようだ。


「うわぁぁぁっ! か、カケルくんがっ! 溺れてる!! 乗務員の人か誰かー! 僕の友人が溺れちゃいましたーーー!!」


 傍から聞くと無茶苦茶な台詞だが、マシューは嘘は言っていない。

 カケルの周辺がざわつき始める中、異変に気付いた乗務員が慌てて駆け寄ってきた。女性の甲高い声が「お客様ー!」と叫ぶのは、この数秒後の話である。





 あれから気を失ってしまったカケルは、意識を取り戻した後、ようやく医務室から帰還した。


「……最悪だ」


 戻ってきたカケルが真っ先に口にしたのは、後悔の言葉だった。


「まぁ、そう言うな。体調も無事に戻ったんだ」

「無理ぃ、穴があったら入りたい……!」


 プロモーション映像で溺れてしまったなど、まさに前代未聞。この狭い宇宙船の中で、カケルは一気に有名人となってしまった。周りから向けられる視線は、同情と労わりの視線。美人乗務員による介抱は、もはやカケルの心の傷を抉るだけだった。

 復調して、自席に戻ってきてからというもの、カケルはずっと顔を両手で覆いながら、めそめそと肩を揺らしながら泣いている。


「でもでも、カケルくんが寝ている間に、ほら! もうすぐフロントラリーへ到着だって! まさに一瞬の出来事! ワープだね!」


 落ち込むカケルを励ますように、マシューが声を掛けてきた。宇宙船の窓には、目と鼻の先となっている小惑星――フロントラリーが映っていた。

 フロントラリーは、噂通りその大きさは地球よりも遥かに小さい。とはいえ、この星1つを丸々テーマパークにするという発想は、地球では到底思いつかないものだ。


「出来ることならば、あの映像が流れる前にワープしたいんだが……」


 カケルは意識を失ったり、復調するまでに、乗船時間である1日の大半を要してしまったのである。まさに体感的には光の速さ、思い出すことといえば、己がしでかした数々の醜態だけだ。

 人生初となる宇宙船。カケルにとってそれは、首の捻挫と思い出したくもないハプニング。散々な結果となった。



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