スペースポート
「見ろよ、サイト。スペースポートが見えてきたぞ!」
カケルとサイトは、スペースポート行きの直通バスに乗車していた。カケルの視線の先には、だだっ広い荒野の中に、ぽつんと建てられた建物の集合体がある。あれが宇宙船の搭乗口となるスペースポート(宇宙空港)だ。
大きくとも2階構造の建物は、どれも円形状の形をしている。それら1つ1つが、所有者や行先の異なる宇宙船を個別に管理しているのだ。
「へぇ。数年の間で、もうこんなに契約がされてるんだ。宇宙産業は思っていたよりも繁盛してそうだね」
サイトはすぐに建物の数を確認した。既に10は超える数の建物が並んでいる。
スペースポートの土地は、UTEが管理している。その世界各地に有する限られた区域を、企業や資産家に切り売りしているのだ。しかし、宇宙という地球をも超える通行手段となるため、その審査は厳しい。あのグリストバースも関わっているという噂もあり、資産があるというだけで、誰もが安易に購入できるわけではない。
「次の発着場は『フロントラリー』。お降りの方は、降車ボタンを押してください」
すると、カケルたちの目的である、フロントラリー発着場のアナウンスが入った。
「お。ついに俺たちの番だな」
カケルは大きなボストンバッグを肩に背負った。そして、頭上の荷台からスーツケースを下ろすと、それをサイトに手渡した。
フロントラリー行きのスペースポートは、最近に建てられたということもあり、汚れ1つない綺麗な空間となっていた。吹き抜けの空間には、フロントラリー内の様々な施設の紹介映像が流れている。
至る所に地球のシンボルマークや、マスコットキャラが展示されていることから、このスペースポートがフロントラリーの中でも、地球エリア行きであることが一目瞭然だ。
「居た居た、あそこだ。俺らみたいな若者は少ないから、目立つな」
カケルが辺りを見渡すと、先に到着していたメンバーの集まりをすぐに見つけることが出来た。カークとシャルロット、見慣れないロングヘアーの女性らしき後ろ姿は、背丈からおそらくマシューだろう。
「ちーっす。みんな早いな。待ち遠しすぎて寝れなかったとか?」
カケルの掛け声に、一同が振り返った。カケルとサイトを合わせて計5名、残すはフィオナだけだ。
「寝たぞ。しかも爆睡だ。2人で来たのか?」
「もち。別行動とか、逆に心配で引き返したくなるわ」
カークは主にサイトの方を眺めながら、納得したように頷いた。
その意味を理解しているサイトは、頭2つ分は高いカークの顔を下から睨み付けている。
「見て見て! この旅行ために、エクステを付けてきたんだー! ツーカラー! カケルくんとおそろだね!」
マシューは自身満々に長くなった髪をなびかせた。元々のローズピンクのショートヘアの下には、緩いウェーブのかかったホワイトカラーの髪が、背中の辺りまでかかっていた。
「おぉー。似合う似合う。可愛い! というか、完全に女にしか見えない」
カケルは、お揃いになったマシューの白髪を嬉しそうに眺めながら、八重歯を覗かせた笑みを浮かべた。
「あとは、フィオナ?」
「いえ、彼女は既に来ていますわ。今はお手洗いに立ち寄ってまして――あ、ちょうど出てきたようですわね」
サイトの問いかけに対し、シャルロットはこの場所からも見える、トイレの入口を指差した。
中が混み合っていたのか、フィオナはキャップを被った黒髪の女性と、同タイミングでトイレから出てきた。
「ごめんなさい~。結構人が居て……。あら。カケルくんとサイトくん、おはよう~」
フィオナはクリーム色のスーツケースを転がしながら、その上に乗るもう1つのバッグが落ちないよう支えながら、駆け足で元居た場所に戻ってきた。
「じゃあ、皆揃ったことだし。少し早いけど、搭乗手続きを進めようか」
マシューの号令と共に、6人は荷物を手にすると受付カウンターへと進んだ。
本来であれば、混み合っているであろう受付カウンターは、VIP限定ということもあり、空いている様子だった。
「一般公開までには、スペースポートも増設して、便も増えるそうだよ」
「へぇー。そういう意味では、人数制限がされているのも、VIP待遇様様だな」
ニュースなどで耳にした情報なのか、サイトがうんちくをカケルに語っていた。
VIP招待枠での目的は、主に開発関係者や投資者向けの視察だ。それが一般公開となると、商業目的に代わるため、人数規模や空気がガラッと変わるのだろう。
「もしかして、緊張してる? 先週もA-TECに行ってきたばかりじゃない。あそこも此処と変わらない雰囲気だと思うけど」
「確かに似てはいるが、流石に通い慣れてるからな」
カケルはこの気品あふれる空気が落ち着かないのか、少しぎこちない様子でサイトの隣を歩いていた。確かにA-TEC本社も、この場所と同様に高級感ある空気を漂わせている。
再びみんなが集まっている場所に合流すると、そこには見慣れない男性の姿が混ざっていた。
「随分と綺麗なお嬢さんが居るかと思ったが、ハワード家のマシューくんじゃないか」
その男性はマシューと知り合いなのか、声を掛けていた。
男は中年で、スキンヘッドと口の周りに生えた髭が特徴的だ。さらに、その両脇には男性のボディーガードなのか、スーツ姿の難いの良い男が付き添っていた。
「マシューの知り合いか? あの人、どこかで見たような……」
「どう見ても、パパ活の相手にしか見えないけ――ぐふっ!?」
真面目な顔で失礼なことを言うサイトに対し、カケルは「聞こえるだろ!」と言わんばかりに、すかさずサイトの脇腹に肘鉄を入れた。
「ほら、向こうの方を見てみろ。他にも大勢のボディーガードが付いてるな。何者だ?」
「何も殴らなくてもいいじゃない……」
カケルはすぐに男の付近だけではなく、離れた場所にも同様のボディーガードが居ることに気付いた。
VIP招待枠なので大物が居てもおかしくはないが、ここまで厳重に警備されているなんてよっぽどである。
「わぁー。誰かと思ったら、ジァンさんじゃないですかー! 実は父が仕事の都合で行けなくなり、僕たちが代わりに行くことになったんです」
ジァン。マシューが確かにそう言ったのを、カケルは聞き逃さなかった。
そして、それはカケルだけではない。その場にいた全員が、想像以上の大物の名に、開いた口が塞がらなくなった。
「話は聞いているとも。それに、今日の参加者は全員、私の方で確認と承認は済ませているよ。父君は実に残念だった」
「そうだったんですねー。でもビックリ! ジァンさんが来るなんて、父から聞いていなかったから。きっと僕に秘密にして、当日驚かせようとしたんですね!」
全く動じないマシューに対し、ジァンは実に楽しそうに微笑んでいる。
しかし、周りにいるカケルたちは、マシューのように能天気ではいられなかった。マシューの態度に言葉遣いと、突っ込みたいところが山積みである。
「そうだ! ここにいる僕の友達のカケルくん、来年UTEに就職するんですよ。是非とも鍛え上げてくださいねっ!」
「んなっ!? マシュー、ちょっ……!?」
カケルは急にマシューに腕を掴まれたと思ったら、急にジァンの前に引きずり出された。カケルは、勝手すぎるマシューの行動に、文句を言いたいところだが、珍しくもこの状況に取り乱している。
男の名前はジァン・ワン。何故、彼は周りの目を驚かすような人物、そして大勢のボディーガードが付いているかというと、それは彼がUTEにおける最高司令官――「本総督」に位置する人物だからだ。
「本総督」とは、各拠点の幹部や軍事作戦における軍総督など、全てを束ねる存在であり、たった3つだけ設けられている役職である。それは、単に権力を3つに分断することが目的わけではない。地球規模ともなる組織の大きさ、そして万が一の有事に備えて1人ではなく、あえて3人存在させているのだ。
普段は、円滑に事を進めるためにも、3人の本総督は地域ごとに仕事をしていることが多い。そして、このジァンは、カケルたちが住むアジア圏を中心に統率をしている人物である。つまり、カケルがUTEに就職した際には、実質トップともいえる存在なのだ。
「えぁっ!? あ、あのっ! 俺はカケル・カザマと言います。来年から精一杯働きますので、よろしくお願いします!」
咄嗟のこと過ぎて、ありきたりな挨拶しか出てこなかったカケルは、誤魔化すようにして勢いよくその頭を下げた。
「カザマ? もしや日本支部のケイスケ・カザマとは――」
「俺の父になります」
「そうか、そんな話は聞いていなかった。奴め、隠しておったな……」
どうやらケイスケは、カケルがUTEに入ることをあまり周りに伝えていないようだ。ケイスケなりの考えがあってのことなのだろうと、カケルはあまり気にしていなかった。
そして、やはりここでもケイスケの話題が挙がった。それは、2人の容姿が似ているだけではない。ケイスケは、今や日本支部を束ねる支部長という役職に就いているのだ。かつての英雄ガイルズや、ジァンといった役職の高い者とも面識があるのは、そういった理由があった。
「父君だけではない。兄君も実にUTEに貢献してくれている。カケル、君の働きにも大いに期待している」
ジァンは期待の眼差しをカケルに向け、力強く肩を叩いた。その仕草は、どこかガイルズとのやり取りを思い出させるものがある。
そして、ジァンはマシューと周りにいた全員に「存分に楽しみたまえ」と一言告げると、その場を立ち去って行った。
ジァンが去った後も、ずっと頭を下げっぱなしだったカケルは、その頭を急にぐるんと横に回すと、マシューをぎょろりと睨み付けた。
「あんな大物が居るだなんて、聞いていなかったんですけど?」
「言ったじゃない。僕も知らなかったって――痛い痛いっ! カケルくん、ちょっ、メイクが崩れちゃうっ!」
カケルは満面の笑みで、マシューの顔を容赦なく下から鷲掴みにすると、柔らかい頬にギリギリと指をめり込ませてた。
ジァンとのエンカウントは、正直言ってカケルは就職面接の時よりも緊張をした。最終面接でも、あそこまでの大物は現れない。
「ちびるかと思ったわ! 一歩間違えれば、俺の就職はパァだぞ!?」
「危なかったね。まさか、軍総督がこんな所を呑気に歩いているなんて、誰も思わないよね。それに、メディアと実物は違って見えるって言うよね」
サイトは必死に言い訳を並べているが、先ほどの自身のしでかした失言を誤魔化しているのだろう。
「特にサイト! お前なんて、とんでもない言葉を口にしてたからなッ!!」
あの時、ぼそりと呟いたサイトの言葉を思い出して、カケルはゾッとした。万が一、あれがジァンの耳に入っていれば、カケルはおろか、サイトのUTE就職も絶望的になっていただろう。
「まぁまぁ、2人共落ち着いて。そうそう、改めて言うけど、このスペースポートを出たら、PMCの外部通信は使えなくなるから気を付けてね」
それは、先週にもマシューが話していた、PMCの利用に関する注意喚起について。地球を発った時点で、PMCの外部は通信対象外となり、普段のような遠隔通信が全て行えなくなるという件だ。もちろん、ローカル通信の電波が届く範囲は可能である。つまり、フロントラリーに居る仲間内でのやり取りは可能だが、地球に居る人との通信は出来なくなる。
一般公開の時期には、遠隔通信も可能になるそうだが、今考えれば、VIP期間はジァンのような重要人物も来ているからという理由があるのかもしれない。
「事前に聞いていたから、俺は大丈夫だ。遠方の家族にも伝えておいた」
「私もよぉ。アリアちゃんにも、行ってきますの連絡はしておいたわ」
「わたくしも問題ありませんわ」
既に先週の時点で聞いていたこともあり、各自の事前連絡は済ませている。
カケルはふと、先日アリアに依頼した件を思い返した。
――アリア、悪いがヒサトさんに、旅行の日程が変わったことを伝えておいてくれないか? 俺とサイトはアリアとよく一緒に居るし、長期で不在になる際は、事前に教えて欲しいって言われてたんだよ。
旅行の日程変更関しては、多忙であるアキラには改めて連絡を入れなかった。代わりに、アリアを通してヒサトに伝えるという手段を選んだのである。
「オッケー! じゃあ、地球へのお別れは済んだということで、搭乗口にレッツゴー!!」
「もう少し声を抑えろマシュー。恥ずかしい」
辺りにマシューのノリノリな掛け声が響き渡る中、カークは恥ずかしそうにマシューを注意していた。周りはある程度、歳がいった大人が多い。ここまで大所帯、かつ賑やかな面子は珍しく、すっかり注目を集めてしまっていた。
カケルは最後に、PMCに誰からの連絡も入っていないことを確認すると、その画面をオフにした。




