ガイルズと側近
犯人である男が行動不能になった途端、出入口やエレベーターホールから、警備員と思わしき人が次々に駆け込んできた。
やはりカケルの予想通り、エントランスの状況は既に監視されていたようだ。
先程、怪我をしていた女性の側にも、既に救急隊員が駆けつけ治療を施していた。
「誰かに似ていると思えば。お前、もしかしてケイスケの息子か?」
今頃になってガイルズはカケルに気づいたかのように声を掛けてきた。何か珍しいことでもあるのか、カケルの顔をまじまじと凝視している。
「次男のカケルです。お久しぶりです、ガイルズさん」
カケルとガイルズは初対面ではないが、アキラのように頻繁に顔を合わせる機会はない。そのため、数年ぶりとも言える再会に、カケルは緊張した面持ちで会釈を返した。
ケイスケとはカケルの父親の名前である。元軍人であるガイルズは、UTEに現役で務めるケイスケの元上司に当たる人物なのだ。
「やはりそうか! 道理でアイツの若い頃にそっくりだ!」
ガイルズはとても嬉しそうな笑みを浮かべながら、乱暴にカケルの頭を撫で回した。ガイルズの大きな手は、カケルの髪を乱しただけではなく、今度はバシバシと力強く背中を叩いている。
その反応からも、ガイルズとケイスケの仲は良かったようだ。
いつ見ても、この人はカッコ良すぎるだろ……! カケルは痛すぎる力加減にも、文句1つ溢さずに、ただ照れたようにガイルズのされるがままになっていた。
ガイルズほど、男の中の男である人物をカケルは知らない。ケイスケからも常々耳にしているが、戦いのセンス、頭脳、何より人望が厚い。そして、ガイルズからこそ、UTEを出た後もこうして軍関係の繋がりを活かし、A-TECの1部門を支える重鎮をこなせているのだ。
ちなみに、ガイルズはサイトにおける苦手人物では、堂々の第1位に輝いている。完全な軍人タイプ、まさにサイトの真逆に位置する人物だ。
すると、隠れていたアリアとシェリーが、カケルの元に駆け寄ってきた。
「カケルっ……! すごく心配、したんだからぁっ!!」
「ブふぁっ!?」
アリアの優しいハグが出迎えてくれるかと思いきや、カケルを待ち受けていたのは、猛烈な勢いの頭突きだった。アリアの丸い頭部が、カケルの顎、そして喉元にクリティカルヒットしてしまう。ちなみに、どちらも有名な人体急所である。
めそめそと可愛いらしい仕草で涙を拭うアリアの前には、声にならない呻き声を上げるカケルがうずくまっていた。
「本当に無茶をして! いつのまに展示品なんてくすねたの!? それに、そんな模造品なんかで……。カケルくんが、こんなに馬鹿なことをする子だとは思わなかったわ!」
間髪入れずに、シェリーの怒声がカケルの頭上から降り注ぐ。シェリーの目は本気の怒りを宿していながらも、薄っすらと涙ぐんでいた。
シェリーの言う通り、カケルが持っていたレーザー銃は模造品。撃つこともできなければ、戦力0のただのガラクタなのである。
「万が一の時に、隙ができればなーって……。ほら、結果的には上手くいきました、よね?」
「カケルのバカ! ばかばかばかっ!」
「アリア!? ちょっ……落ち着けって! お願いだから、力加減!」
あっけらかんと答えるカケルに対し、アリアは我慢が出来ず何度もその拳を振り回す。絵面的には微笑ましい光景だが、アリアの力は並大抵の女の子のものではない。戦士マカロンの名は、現実でも伊達ではないのだ。
「こんなポンコツで、どうやって太刀打ちする気よ! あと少しで、撃たれるところだったのよ!?」
紛れも無く研究開発部門で作られた模造品のレーザー銃は、今や作り手にポンコツと呼ばれる始末だ。
カケルの言い訳も虚しく、半泣き状態のアリアとシェリーの怒りは、止まることを知らない。
「まぁ、そう責めてやるな。現にこの男が作った隙は、俺の役には立ったぞ」
あまりにも不憫なカケルを見て、ガイウスが助け舟を出してきた。
アリアはそれでも止まらないが、統括レベルに仲裁されて、シェリーは引き下がらないわけにもいかない。
シェリーは渋々と、上司であるガイウスに視線を送った時、その背後に佇む尋常じゃないオーラに「ひぃっ!」と声を漏らしてしまった。
「誰が、誰の役に立ったのでしょうカ?」
「! ……リーフェイ、驚かせるな」
ガイルズの巨体の後ろに、ひっそりと佇んでいたのは小柄な男。黒い襟のあるシャツは、よく見ると同色の細かい刺繍が施されている。黒髪で目鼻がスッキリとした顔立ち、その風貌からも、彼が中華系の人種であることは一目瞭然だった。
彼の名前はリーフェイ・ソン。かなり若そうだが、丁寧な口調と仕草は、年齢以上の威厳を纏っていた。長く伸ばされた前髪は右目を覆っており、後ろ髪は装飾が施された、長い髪紐で1つに結われている。
「私は確かに伝えましたよネ? 『我々が到着するまで、大人しく待機してほしイ』と」
「そうだったか?」
ガイルスは髭を撫でながら、しらばっくれた様子でリーフェイから目を逸らしている。どうやら部下の静止を無視して、勝手に単独で乗り込んだようだ。
その答えとして、不機嫌そうなリーフェイの鋭い視線が、今もなおガイルズを睨みつけて離さない。
このやり取りを見ていると、リーフェイがガイルズの秘書的な存在で、世話係も兼ねていることは一目瞭然だった。
「あはぁー! リーウェイ、若い子がいるヨ! しかも女の子!」
「わぁっ!?」
すると、今度はテンションの高い女の子の声が、カケルのすぐ傍から聞こえてきた。
驚きの声を上げたのは、アリアだった。なぜなら、突如現れた少女が、アリアの両手を握っていたからだ。
「見て見て、この子の髪! 艶々していて、まるでお人形さんだヨー!」
「リーファ、止めなさい。その方は社長のご令嬢ですヨ」
社長令嬢という言葉は、リーファにとって何の意味も成さなかったことに、リーフェイは頭が痛そうに溜め息をついていた。
リーファと呼ばれるその少女は、よく見るとリーフェイとそっくりな容姿をしていた。
彼女はリーファ・ソン。リーフェイとは双子なのか、性別を除いた瓜二つの顔を持っていた。異なる点は、その長い前髪は左右反転しており、リーファのお団子は2つある。そして何より、無愛想なリーフェイとは違い、リーファはとても人懐っこく、感情豊かな表情はとても愛らしかった。
「アタシ、リーファって言うヨ。27才ネ! 貴女のお名前ハ!?」
「私はアリア、です」
「アリア! 名前もお人形さんみたいネ!」
よろしくネー! と勢いのある握手を交わすリーファとアリア。リーファはアジア系なので、年の割には見た目が幼い。そのため、同い年といっても過言ではない2人のやりとりは、見ていて微笑ましい光景だ。
「ガイルズ様、予定が押していまス。この話の続きは、次の会議の後に行いましょウ」
「相変わらず、細かい男だな」
ちゃっかりと説教のスケジュールも組まれたことに、ガイルズは面倒臭そうな表情をしながら、渋々と奥のエレベーターホールへと向かっていった。
「それでは我々はこれで失礼します」
リーフェイは去り際に、集まっていたカケルたちに対し、深いお辞儀をした。
その礼儀正しい仕草に、すかさずカケルたちも、その場で会釈を返す。
(……チッ)
しかし、リーフェイはカケルとすれ違う際、カケルにだけ聞こえるような音で、舌打ちを放っていった。
その咄嗟の出来事に、カケルは目を丸くし、ワンテンポ遅れて後ろを振り返る。すると、そこには敵意剥き出しで、カケルを睨み付けているリーフェイの姿があった。
一瞬の出来事だったが、リーフェイはすかさずリーファの首根っこを掴むと、引きずるようにしてその場を後にした。
「え……。俺、何かしたか?」
あからさまな敵意。全く心当たりのない出来事に、その場に残されたカケルは首を傾げ、やり場のない気持ちを零していた。
「なんだか、嵐みたいな集団でしたね」
「そうね。ガイルズ統括が率いる『軍事工業部門』は、私たちとは正反対で、まさに体育会系の集まりよ」
体育会系……? そのような単純な言葉で括るには、いささか物騒すぎる気もしたが、カケルはあえて突っ込まなかった。
「ガイルズ統括の側近は、今会ったあの双子たちよ。特に兄であるリーフェイくんは、見た目以上にやり手なのは確かよ」
「げぇっ!? あの若さで、ガイルズさんの側近!?」
ガイルズといえば元UTE、それも現役は軍総督を勤めていたような人物だ。いわば前線における最高指揮官である。
そんな人物の右腕ともなれば、求められる力量や計り知れない。かつてカケルの父であるケイスケが務めていたことを、あの双子は20代にして同等の働きをするということだ。
そんなヤバイ人に目を付けられた俺って……。カケルも不必要に他人の恨みは買いたくはない。しかし、いくら考えても心当たりのない答えに、カケルはがっくしと項垂れた。
カケルたちの居るエントランスの光景は、監視カメラを通じて各所で注目を浴びていた。
そして、社長室でもまた、臨時としてその映像がアキラの目に留まっていた。
「エマ。指示していた警戒態勢は解除する」
その映像を眺めながら、アキラはPMCを通じてエマに指示を送った。
「かしこまりました。現時刻を持って、警戒態勢を解除致します。アリア様がご無事で何よりでした」
警戒態勢とは、エントランスでの1件が発生した際に、アキラが警備関係に指示を出した命令である。
カケルの予想通り、アキラはすぐさまカケルの意図を汲み取り、この上層へ臨時の警備指示を出していた。
作戦の中心となる場所は、上層受付。
受付嬢であるエマは、すぐさま別室に退避し、ホログラム映像へと切り替えられた。そして、1Fエントランスから繋がるエレベーター付近に、作戦の要となる特殊部隊が数名配置されていた。
万が一、カケルが男を社長室へと案内していた場合、2人は社長室まで辿り着くことなく、受付で方がつけられていたということになる。
しかし、偶然にもガイルズが介入したことによって、この作戦は決行されることなく、事無きを得た。
「ガイルズに感謝だな」
安全を確認できたアキラは、エントランスの監視映像を切ると、数時間ぶりに椅子に腰を下ろした。
アキラとしては、カケルの判断も悪くはなかったと評価をしていた。しかし、リスクや経験からも、ガイルズの行動を上回るものはない。
不運と幸運が重なった今日の出来事を思い返し、アキラは珍しく笑みを溢していた。
予定よりも遥かに遅くなってしまったが、ようやくカケルはAーTEC本社ビルを出て、ビル前の広場に到着した。
アリアはヒサトを呼びに行くついでに、シェリーと共に一度上層に顔を出しに行っている。その為、カケルは1人で先に外の様子を見にきたのだ。
「思っていたよりも、騒ぎになってないな」
広場には捜査車両らしき車が停まっていたが、マスコミにはまだ気付かれていないのか、騒ぎになっている様子はなかった。
一部の人が慌ただしく行き来しているが、どれもA-TECの社員で、既に箝口令が出されているのだろう。
「さすがアキラさん。仕事が早いな」
大企業となると、こういったゴシップネタとなる情報の取り扱いは慎重になるものだ。
その事件の真っ只中に居たカケルは、余裕のある素振りで、面白そうに広場の光景を見渡していた。
「ん?」
本社と広場の間を、何人もの人が行き来する中、カケルの視界に白い何かが飛び込んできた。
それは、今までにカケルが目にしたこともない、異様な人影。
「なんだ、『アレ』は……? 人、なのか?」
その異質な者は、頭から足先までの全身までが、白のフードコートで覆れていた。袖や襟元には金の装飾を施されているが、とにかく異様なまでに全身が白かった。
そして、周りから頭1つ抜き出るような巨体だ。不自然にも、明らかに周りから浮いている風貌にも関わらず、誰もがその者に目をくれず、まるで何も見えていないように付近を素通りしていく。カケル以外には見えていない。そんな奇妙な錯覚に陥りそうだった。
すると、その者はカケルの視線に気付いたのか、ゆっくりとカケルの方を振り返った。
ドクンッ――! その瞬間、カケルの心臓が一際大きな鼓動を鳴らす。
(何だよ、これ……。やばい、やばいやばいやばい!)
心臓の鼓動は落ち着くどころか、その速度をどんどん速め、まるで血が沸き立ったかのように脈打っている。経験したこともない息苦しさに、カケルは声にならない叫び声を上げる。その背筋は凍りつき、額からは冷や汗が噴き出ていた。早くこの場から立ち去りたいのに、見えない何かに縛り付けられているかのように、体が思うように動かない。
そんなカケルの状態を知ってか、向こうもじっと視線を逸らすことなく、カケルを凝視し続けている。
「ひぃっ!?」
フードの隙間からその顔が見えた時、カケルの口からようやく声が放たれた。
異質な者の顔には、真ん中を境界線として、左右が白と黒に分けられた、まるで石膏のような不気味な仮面が付けられていた。




