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スリィ×プラネット~幼馴染のためなら俺は宇宙すら翔ける~  作者: 犬鴨
第一部 カレッジ・シチヨウ
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地球史の授業

 西暦2122年。地球は、人類が知りえる歴史上で初めて、地球外生命体から攻撃を受けた。

 相手側から攻め込まれている時点で、その勝敗は、もはや決しているも同然だった。武力を有する国々が力を合わせたが、状況を覆すことは叶わなかった。

 歴史上、最も最速と言える、たった一年足らずで、地球は無条件降伏という結果を強いられたのだ。

 この戦争は、後に「星外戦争」と呼ばれ、地球の歴史に大きく刻まれる戦争となった。


 この時代を生きていた人々の絶望は、計り知れないものだっただろう。

 しかし、唯一幸いだったのは、相手側の星――グリストバースの目的は、単に地球の侵略ではなかったということだ。その圧倒的な戦力で、容易く支配出来たにも関わらず、グリストバースが求めたのは、地球との友好関係だった。

 侵略という行動原理については、地球人はかなり詳しい方だろう。しかし、グリストバースが何故、そのような選択をしたのか。地球では、未だその真相は解き明かされていない。様々な憶測が飛び交う中、一つだけ言えることがあるとすれば、「絶対的強者の考えなど、凡人である地球人には、到底理解が及ばない」ということだ。




「こうして星外戦争は、終戦まで地球に多大な損害をもたらしました。しかし、皮肉にも、損だけとは一概には言えません」


 大きな円形状の室内。中央に設けられたスペースには、一人の男性が立ち、教鞭をとっていた。

 メガネをかけた男はアンドリュー・モレー。この地球史を担当する大学講師だ。

 部屋には、アンドリューを囲うようにして、360度全方向。さらには、高低差も利用した座席が、数多く設置されている。

 今は三割ほどの席が埋まっている。時折、あくびをする生徒が居る様子からも、この授業の人気はあまりなさそうだ。


「では、その利益とは何か。答えれる人はいますか?」


 アンドリューが問いかけると同時に、東側の出入口付近で、一つの手が勢いよく上げられた。

 アンドリューは、その生徒の姿を見るや否や、僅かに顔をしかめた。そして、ずれ落ちたメガネを、そっと指で持ち上げた。


「……では、Mr.カザマ。答えをどうぞ」

「はいっ! 現代において、最も優れている鉱物資源――『脈石』の発見です」


 指名された男子生徒は、威勢のいい返事を返すと、自信満々に回答を述べた。

 すると、アンドリューの背後に映し出されていた、大きなホログラム映像が切り替わる。

 戦争全景の次に現れたのは、水晶に相似するともいえる、白く透明度の高い鉱石の数々。それら横には、一度はメディアに取り上げられたことがある、有名な企業施設の数々が映されていた。


「その通り。みなさんもご存知の通り、『脈石』の発見は、我々地球の文明を著しく進歩させました。まさに電力限界とも言われていた制約が、一気に取っ払われた瞬間です」


 話の流れから、今し方、ホログラムに表示されている鉱石が、「脈石」であること。そして、脈石から得たエネルギーの活用例として、地球上に点在する数々の大型施設が挙げられていた。

 並べられた施設の一つに、ちょうど今この場所ともいえる、三大星門大学の一つ――アジア圏を代表する「シチヨウ」が含まれている。

 丸いドーム型の外壁が、下から順に大中小と縦に三つ重ねられている。一つのドーム壁に対し、複数もの階層が設置されている。空にも届きそうなその高さから、シチヨウが、どれだけ大きな建造物であるかはすぐに見て取れた。

 そして、凄いのは建物の大きさだけではない。注目すべきなのは、自然の豊富さだ。このシチヨウは、建物全体を取り囲むようにして、緑豊かな木々が覆い茂っていた。これは今の地球では、かなり珍しい光景だ。

 ここまで大規模な人工的な土地、そして、紫外線を制御する天窓を用意することは、決して容易ではない。その膨大なエネルギーを補うことを、可能にしたのが「脈石」なのだ。


 すると、教室内に穏やかな音楽が鳴り響く。授業時間の一コマを区切る、チャイムの音だ。妙に愛くるしさを感じさせる曲調と音に、誰もが気を緩め、顔を綻ばせた。


「次の授業では、引き続き、脈石ついて掘り下げていきます。その後は、グリストバースとの関係性について。各自、該当のデータベースに目を通しておくように。……ところで、Mr.カザマ。随分と暇を持て余しているようですね」

「今は、残りの大学生活を謳歌している最中です。アンドリュー先生の素晴らしい地球史が、恋しくなりまして」

「そうですか。この時期に内定が決まっていることは、賞賛に値します。だからといって、下級生の邪魔をしてはいけませんよ」

 

 アンドリューが何故、男子生徒のことを辛辣に扱ったのか。それは彼が、この大学の4年生であり、卒業を控えた最高学年の生徒だからだ。

 新学年が始まったばかりの今、地球史の授業は、初歩的な基礎が中心である。

 つまり、この時期、既に内定が決まっている成績優秀者は、この授業をわざわざ受ける必要はないに等しい。


「もう充分だろう、カケル。これ以上、アンドリュー先生に絡むな。行くぞ」


 カケルと呼ばれる生徒の隣に座っていたのは、どうやら彼の知人のようだ。

 男はアンドリューに向かって会釈をすると、すぐさまカケルを出口へと促した。これ以上、アンドリューの邪魔をさせないためである。


「みんなして酷くない? 俺は真面目に授業を受けてただけだって」

「お前には必要ない」


 きっぱりと断言する男、そして、アンドリューが早々に片づけを始めている様子からも、カケルは、この場にはあまり歓迎されていないようだ。

 カケルは、邪険に扱われたことが不服なのか、「へいへい」と気だるげな返事をすると、ようやく出口に向かって歩き始めた。




 カケルと呼ばれる男子生徒――彼の名前はカケル・カザマ(風間 翔)。カケルは日本出身のため、漢字での表記名も持っている。しかし、今の地球では英名表記が一般的とされているため、その羅列は逆転する。

 カケルは、表情をコロコロと変える愛嬌を持ち合わせていた。そして、その内面を現したかのように、動きのある外はね型のショートカットには、特徴的なメッシュが入っている。光に照らされると、青みがかっている黒髪をべースに、耳までの前半分、加えて下側だけが白髪だ。

 まるで、餅に黒ゴマがかかったようなその色は、様々なカラーリングが普及した現代でも珍しい。そのせいもあってか、周りからは少し目立っていた。


 カケルの隣を歩くのは、同じ4年生のカーク・クロウリー。褐色の肌に長身、肌の色とは対照的な白髪の下部分には、剃り込みが入っていた。そして、丸いサングラスを身に着けている。

 率直に言うと、初対面ではあまり近寄りたくはない風貌ともいえる。


 カケルの身長は170cmと、男性にしては決して小さくはない。それでも二人が横に並ぶと、カークの方が、カケルより頭1つ分ほど上に抜き出ていた。


「カケルはこれからサイトの所だよな? 午後から中庭でバスケでもしないか?」

「オッケー。昼食が終えたら、中庭に向かうよ」


 二人は教室を出ると、他愛のない会話を交わしながら並んで歩いた。

 カケルとカークは仲の良い友人だ。互いの日課を理解しているのか、最小限の会話で約束事を済ませる。


「おっと、アキちゃんからメッセージだ」


 すると、カケルがおもむろに、左腕を顔の前にかざした。その瞳は、ある一点を注視している。

 周りからは見えないが、カケル本人の角度からは、PMC(Personal Management Chipの略称)が映す電子画面が見えていた。

 

 現代における人は、生まれて間もない時期に、手首にPMCを埋め込むことが一般的だ。

 PMCは、個人ID、通信機能、メモリといった、生活に欠かせない機能を備えた個人専用端末だ。デフォルト搭載の必須機能を除けば、残りのメモリの使い方は各個人の自由であり、その選択幅は無限大である。

 例えば、シチヨウに在学する生徒は、授業で使用する教材データをPMCにインストールしている。

 さらに、カケルとカークは人種が違いから母国語も異なる。彼らが流暢に会話を交わせているのは、どちらか一方が、多言語を使いこなせているからではない。互いのPMCに内臓された翻訳アプリが、機能しているおかげだ。


「出たな『アキちゃん』。女性陣が、お前とアキちゃんの関係性をいろいろと勘ぐっているぞ。ちなみに俺は気にしていないからな、わざわざ言う必要はない」


 えぇ、なにその噂。俺は初耳なんですけど……。

 カークが話す内容を耳に入れつつ、カケルはPMCの通信機能を使って、メッセージの内容を読んでいた。

 アキちゃん――それは、カケルが頻繁にやり取りしている人物のことだ。女性らしき名前以外、その他の情報は他言されていない。

 ゆえに、カケルの周りでは、二人の関係性について憶測が立てられているという。そして、カークもその噂を知る一人のようだ。


「うげぇ、週末はアキちゃんから呼び出しかぁ」


 カケルはメッセージを読み終えた途端、眉間に皺を寄せる。そして、左手を下ろして、メッセージごとPMCの画面をオフにした。

 そんなカケルの行動を、カークは何も言わず黙って見ているだけだった。二人の関係性が、噂以上に複雑であると察知したのか、これ以上、この話題を追求したくはないようだ。


「俺はこのまま歩いて行く。『たまには中庭に顔を出せ』ってサイトに伝えておいてくれ」

「伝えるのはいいけど……。それを素直に聞くような相手ではないってこと、知ってるよな?」


 カークの言葉に、カケルは顔を引きつらせた。どうやら「サイト」という人物は、なにやら訳ありのようだ。


「じゃあ、また後でな」


 大勢の人が集まっているシャトル乗り場に到着すると、カークはカケルをその場に残し、一時的な別れを告げて廊下を直進して行った。




 時刻はちょうど昼時――。

 シャトル待ちをしている大半の目的が、食堂であると予測したカケルは、再び左手をかざした。そして、PMCを通じてシャトルの操作端末へとアクセスすると、点灯していない目的地のボタンをオンに切り替えた。

 数分も待たないうちに、全面ガラス張りのシャトルレーンから、一台のシャトルがゆっくりと下降してきた。行先案内には、カケルが希望した「8階 自習室前」と表示されている。

 カケルは念のため、数秒ほど周りの様子を伺った。そして、他に乗り降りする者が居ないことを確認すると、誰もが関心のないシャトルへと乗車する。

 カケルはなんとなく、後方の端へと移動をすると、ガラス張りの窓から外の様子を伺った。乗り場には、未だたくさんの人が待機をしている。


「他に誰も乗ってくるはず……ないよなぁ」


 約20名が乗車できるシャトルは、まさに貸し切り状態。カケルだけを乗せたシャトルは、静かに8階へと上昇していった。



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