研究開発部門見学
シェリーの手続きのおかげで、カケルとアリアのPMCには、予定になかった研究開発部への来客用IDが付与された。
例え代表者がいたとしても、各セキュリティドアでは個人ごとにID確認が行われる。それがA-TECの万全とも言えるセキュリティ体制だ。
「ここよ。今日は私以外は誰も居ないから、リラックスしてくれて構わないわよ」
シェリーが案内した部屋に入ると、そこにはラボというよりも、いかにもオフィスという見た目の空間が現れた。等間隔に配置されたそれぞれの机には、パソコンを中心に、機材や私物が置かれている。1人あたりのスペースにゆとりがあることから、そこそこ地位のある者が集まっていそうな部屋だ。
「やばい。研究開発部に足を踏み入れたのは、初めてかも」
「緊張するね。でも、想像していたよりも、落ち着いた雰囲気の部屋だね?」
カケルとアリアは、シェリーの後に続くようにして部屋の中に入った。その2人の面持ちは、先ほど生物部門に居た時とは異なり、緊張気味である。
統括補佐でもあるシェリーは、窓際にある一際目立つ席に足を運ぶと、定期連絡の確認なのか、自席のモニターに軽く目を通していた。
「特に仕事は来ていないわね。2人共こっちよ」
シェリーは部屋の端に設けられた、もう一つの扉の前に立つと、カケルとアリアを手招きして呼び寄せる。
「お待ちかねのラボはね、実は隣にあるのよ」
シェリーが開いたドアをくぐり抜けると、先ほどとは全く雰囲気が異なる部屋が現れた。そこは、壁一面にヒューマノイドが設置されており、部屋の中央は作業場となっているのか、設計図やモニター、そして広い作業台には組み立て途中のヒューマノイドが置かれていた。
「うわ、すっご! この部屋でヒューマノイドが作られているんですか!?」
カケルは周りの機材にぶつからないよう慎重、かつ迅速に部屋の中央には駆け寄った。そして、まだ上半身しか造られていない試作品を、とても珍しそうに横や後ろから、隅々まで余すことなく眺めている。
「えぇ、そうよ。この部屋では、型番の原型となる、最初の1台が造られているの」
アリアはシェリーの話を聞きながら、壁に設置されたヒューマノイドを珍しそうに眺めていた。よく見ると、ここ最近に発売されたシリーズが各1台ずつ置かれている。
「うふふ。下地の肌も素敵でしょ。でも触っちゃダメよ?」
カケルの目の前には、指紋一つ付いてないヒューマノイドの上半身が置かれている。まだ肌の質感などは一切付いていないのか、光沢のあるパールホワイトの外装が、触りたくなるような美しさを保っていた。
「くぅぅ~っ!!」
カケルは悶えながらも、伸ばしてしまいそうになる手を必死に抑えていた。
そんなカケルの興奮する様子に、シェリーは満足そうに、うんうん。と頷いている。
「シェリーさん、ここで作られているのって下に置いてあった『A4』に似ていますが……」
「あら、流石ね。もうチェック済だった? 実はエントランスの展示品は、先週入れ替えたばかりなのよ」
先週。その話を聞くと、最新型の「A4」をこの目でみれたことは、偶然にも幸運が重なったことになる。
「お察しの通り、そこに置いてあるのは、試作段階の『A4-HG』よ」
「HG」とは、型番ではハイグレードを表す名称として使われている。つまり、基本モデルに加え、機能やコストが加わえられた上位互換ということだ。
「ちなみに隣の作業台は、次世代機となる『A5』の場所よ。とはいえ、まだ設計図の段階だけどね」
「ハァッ!? A5!? もう作り出しているんですか!?」
思わぬ新作情報に、カケルは思わずその場から飛び退いた。
シェリーはさらりと話しているが、これはまだ市場でも発表されていない、超機密情報である。
「むしろ、本来ならば遅いくらいだけど。ヒューマノイドは、市場に普及したらしたで、メンテナンス対応が大変だから。ほいほい次を出せないのが悩みなのよね」
シェリーは頬に手を当てながら、開発者らしい悩みをぼやいている。品質管理をきっちりしているからこそ、無責任なことをしたくないという、一流企業ならではのこだわりからだろう。
「あー……。俺、やっぱりA-TECを選んだ方がよかったかな」
こうして内部状況を覗いてみても、A-TECがどれだけ素晴らしい会社なのかが伝わってくる。カケルは就職先にA-TECを選ばなかったことに、早くも後悔の念に駆られてしまう。
「カケル、今からでも遅くないよ?」
「そうよそうよ。社長権限付きで選びたい放題じゃない!」
そのカケルの呟きを、アリアもシェリーも聞き逃さなかった。
「カケルの能力なら、出世も間違いなし」
「あら、社長令嬢のお墨付きじゃない。給料も2倍は保証するわ。いや3倍? 出世すれば夢が広がることは間違いなしよ!」
2人はカケルの側にじりじりと寄りながら、まるで押し売りのように好条件を次々と並べていく。どうやらアリアもシェリーも、カケルに来て欲しいようだ。
「ぐっ! やめてくれっ! 過去の選択を後悔しそうになるからっ!」
一般人であれば喉から手が出そうな甘い誘惑に、カケルは両耳を塞ぎながら「あー! あー!」と大声で叫んでいた。
ちなみ最後の決め手になったは、射殺されそうな鋭い眼差しをしたアキラの姿が思い浮かんだから。というのは、カケルだけの秘密である。
「それはそうと。せっかくだし、少しは開発者らしいことでも話しましょうか」
シェリーは思い付いたかのように手を叩くと、「A4-HG」の傍に移動した。そして、作業台の横に置いてある椅子に腰をかける。細長いタイツ姿の美脚は、義足だと事前に言われないと気付かないくらい美しい。
「2人に問題。ヒューマノイドの心臓ともいえる『コア』は、今は何処に付けられているでしょう?」
シェリーが作業台に備え付けられた操作盤を動かすと、壁に備え付けられていた1台のヒューマノイドが稼働し始めた。
動き出したのは「A4-HG」の元となる「A4」だ。納品物と変わらないそれは、まるで夢から醒めた人のように目を開けると、その瞳孔が鮮やかに点滅した。そして、カケルたちの居る場所を向くと、指示されたのかそのまま障害物を避けてシェリーの元まで歩いて来た。
「コアの位置……。重要なパーツだし、普通に考えたら頭部か胸部のどちらかになるのかな?」
アリアは口に手を当て、目の前に居る「A4」を眺めながら、カケルにも意見を求めた。
「最近のモデルだと、胸部が主流になっているはず」
どうやらアリアの推測は正しかったようだ。ヒューマノイドに詳しいカケルは、最近の設計情報を思い出しながら、その質問に答えた。
「あら、2人には少し簡単すぎたかしら。じゃあ、ついでに理由も聞いておこうかしら」
シチヨウに通うカケルたちにとっては、とても初歩的な問題だ。慌てたシェリーは、理由も述べるように追加オーダーを加えた。
「確か、胸部と比較すると頭部の方が故障する確率が高いからですよね? 滅多にないことですけど、頭部の方がぶつかったり、千切れる可能性は高いから」
サラリと答えてしまったカケルに、シェリーはやっぱり問題になってなかったわね。と申し訳なさそうな笑みを零していた。
「正解よ。ただし、それとは別で、他にもう1つ大きな理由があるの。答えられるかしら?」
「もう1つ……」
カケルもアリアと同様に、口に手を当てながら「A4」を眺めていた。
その外見は人種や個性をしっかり表現できている。人間と全く変わらないその姿だなと思った時、カケルはある1つの答えに辿り着いた。
「もしかして、ミラさんが管理する生物部門と関係しています?」
「生物部門……? あっ!」
カケルが口に出した言葉に、アリアも何かに気付いたようだ。
「「医療部門との連携!」」
カケルとアリアは顔を見合わせた後、同時にその答えを答えた。
「貴方たちが優秀すぎて、ちっとも問題にならなかったわ」
2人の答えに、シェリーは観念したかのようにガックリと項垂れた。
シェリーは再び手元の操作盤に触れると、カチリ。と何かロックが外れるような音が鳴り響く。そして、今度はA4の背中辺りを直接手で操作し始めた。
「少し前までは、胸部中央に設けられていたんだけどね……。ほら、見てちょうだい。今は人間と全く同じ、左側についているのよ」
そう言いながらシェリーは、「A4」の胸部に付けられた外装パーツを、手で丁寧に外した。
すると中から、まるで本物の心臓のような形状を真似たパーツが、ちゃんと左胸の位置に埋められているではないか。もちろんそれが機械パーツであることは見て分かるが、まるで人の臓器をそのまま模倣したような形状に、カケルとアリアは驚いたように目を見開いた。
「すご! こうして見ると、中の臓器も本物の人間みたいになってるな」
「学校で見ていた教材とは、少し違うね」
カケルたちも、大学の授業で機械工学という分野はいくつか学んできた。そして、教材や資料の中には、ヒューマノイドの構造に関しての記述もいくつか目にしていたのだが、今目の前にある最新モデル「A4」とでは、その造りが異なっているのだ。
「これはね、弊社の試みとしても大きな一歩なのよ。最近は人間用の医療器具とヒューマノイドのパーツを、可能な限り流用することを重視しているの」
その理由は語らずとも明確だった。コスト削減、技術流用、あらゆる面において、その利点は計り知れない。もちろん、言うだけならば簡単だが、それを本当にやってのけるのは、A-TECが保有する技術力を持ってしての結果なのだろう。
「そうすれば、さっき私が零していたメンテナンス問題に関しても、窓口の統一、あとは最先端の技術を活かしやすいなどのメリットがあるわね。もちろん、課題もいっぱいだけど」
常に新しいものを、そして技術同士の懸け橋となる。まさにそれは、先ほどカケルがエントランスで見た、あのPV紹介の役割を果たしていた。
学びを目的とした大学とは異なり、常に新しい一歩を踏み出している開発最前線の姿勢に、カケルもアリアも深く感銘を受け、上手く言葉を紡げなかった。
「私から紹介できるのは、こんなものかしら。また、遊びに来てちょうだいね。2人ならいつでも歓迎よ。何なら就職も大歓迎!」
ようやく社会人らしいことが出来たことに満足したのか、シェリーは頬を染めながら嬉しそうに、この場をお開きにする言葉を口にした。
「今日はありがとうございました。俺、上手く言えないけど、普通に感動しました」
「私も勉強になりました。父が働いているとはいえ、こうして会社の深い部分を知れる機会はないから……。本当にありがとうございました」
シェリーに送られ、再び1Fエントランスに戻って来たカケルとアリア。今日のような貴重な機会をくれたシェリーに対し、心からのお礼を伝えていた。
「喜んでもらえてよかったわ。私も先輩らしいことができて一安心。可愛い後輩たちに何かできないかって、心の中ですごく悩んでいたのよ? ふふっ」
シェリーの愛嬌ある言葉と態度に、なんて素敵な先輩なんだと、カケルとアリアが心の中で思ったのは言うまでも無い。仮にこれがミラだったら、数々の小言だけでなく、金を請求されていてもおかしくない。
「2人とも、もう家に帰る……でいいかしら?」
受付に向かって歩く最中、シェリーがこの後のことを確認してきた。おそらくID返却などの手続きが必要だからだろう。
「あ。ヒサトに連絡しなくっちゃ」
アリアは、今も上層に居るであろうヒサトを思い出したのか、慌ててPMCを起動させた。
帰る準備を始める2人の横で、カケルはふと、受付の前に佇む人物に視線を向けた。
誰だ? そう思ったカケルの視線の先には、擦り切れたロングコートを羽織っている男の姿があった。その服装が、あまりこの場には似つかわしくないため、周りから浮いて見えたのである。
男は手続きをしているのか、受付に映し出されたホログラム向かって、必死に何かを訴えかけていた。しかし、その内容が受け入れられないものなのか、受付嬢がしきりに首を横に振っている。
すると、男は苛立ったのか、コートから左手を出すと、そのまま受付テーブルにその拳を強く叩きつけた。
カチャリッ――。それは、この広大なエントランスに鳴り響くには、不可解な金属音だった。
そして、コートから姿を現した男の右腕は、普通の肉体ではなかった。肩から手の先まで取り付けられているのは、腕と同じくらいの大きさがある大型の銃器――。
「おい、嘘だろ……。まずいっ!!」
「カケル? どうし――」
ドドドドドドッ!!!
激しい銃撃音が鳴り始めるのと同タイミングで、カケルは咄嗟にアリアの肩、そしてシェリーの腕を掴むと、あの「A4」が展示されている場所の裏側へと滑り込んだ。
カンッ! カンッ! カンッ! 一定の速度で撃たれる機関銃音の中に、甲高い金属音が混ざり込む。このエントランスに設置された何かに、銃弾が跳ね返っているのかもしれない。
たった数十秒のことだが、まるで数分にも感じられるその間、カケルはアリアとシェリーが混乱して頭を高くしないよう、力強く2人の体を上から抑え続けた。