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スリィ×プラネット~幼馴染のためなら俺は宇宙すら翔ける~  作者: 犬鴨
第一部 カレッジ・シチヨウ
17/41

アキラとの対談

 受付を出ると、開けた廊下がアリアたちを出迎えた。ちょうどビル正面、ガラス張り部分に当たるその場所からは、広大な景色が一望できる。このパノラマ風景の何処かに、シチヨウやアリアたちが住む街も含まれているのだろう。

 目の前で艶やかに揺れる金髪の後を、アリアは必死に追いかける。その背中からは、アリアの身近にはいない、華やかなコロンの香りが漂ってくる。

 ミラさん、相変わらず大人の女性らしさがあって、羨ましいな。

 アリアはそんなことを考えながら、ふと自身の体へと視線を落とした。チャコールワンピースの胸元からは、小さな膨らみが見える。しかし、ミラのような豊満さは無く、きっちりと肌の部分までが布地に隠されている。


「なぁに? もしかしてアンタ、あのガキに気でもあんの?」


 アリアの一連の行動に気付いていたのか、ミラはその足を止めアリアを振り返った。


「えっ!? ち、ちがっ……!」


 ミラに気付かれているとは思っていなかったのか、アリアは頬を赤く染め、必死に頭を横に振る。


「ふぅーん。まぁ、アタシには関係ないし、興味なんて一ミリもナイけど」


 ミラは前を向き、再び歩き出した。しかし、その視線はガラス越しにアリアの様子を追っていた。言葉とは裏腹に、気になっている様だ。

 気まずい沈黙が流れる中、ミラは大きなため息を着くと、再び足を止めた。


「いい? 女ってのは、いろんなタイプがいんの。だから、アンタがアタシを目指しても無駄ってこと。自分に合った良さを磨きなさい」


 ミラは腰に手を当て、まるでアリアに言い聞かせるよう、指でその小さな鼻をつついた。


「えっと、それは……つまり?」


 思わぬミラからのアドバイスに、アリアはキョトンとした。そして、意味を理解しようと、必死に頭を回転させるが、アリアには難題のようだ。


「ほら、男のアンタからも何か言ってやりなさいよ。大切なお嬢様が悩んでいるってのに、気の利いた言葉1つ言えないなんて、世話係失格よ」

「ミラさんが言い出したことに、私を巻き込まないでください」


 ヒサトは頭痛がすると言わんばかりに、その額に手を当てた。最後尾で出来る限りの気配を消していたが、どうやら無駄だったようだ。


「ヒサト? ヒサトもアドバイス、あったりする?」


 アリアから期待の眼差しを向けられて、無視するわけにはいかない。


「アリア様の魅力は、カケルくんが1番理解していますよ」


 ヒサトの言葉に、アリアの表情がパッと明るく切り替わった。


「それよ、それ。澄ましてないで、最初っからアンタが教えてあげなさいよ」


 ヒサトを思い通り動かせたことが嬉しかったのか、ミラは勝ち誇った笑みを浮かべている。


「――ですので、ミラさんを参考にしようだなんて、決して考えないでください」

「う、うん。わかった」

「ハァ!? その言い方はアタシに失礼でしょ!?」


 そんなやり取りをしているうちに、3人はミラが管理する検査室に辿り着いた。




「カケル様、お待たせしました。準備が整いましたので、奥のエレベーターにお進みください」

「わかりました」


 一方、受付で待っていたカケルは、エマに声を掛けられた。

 奥のエレベーターとは、1階から使用したものではなく、受付先にある、もう1基のエレベーターのことを指している。

 アリアには待っていると伝えていたが、カケルには別の用事があるようだ。


「さてと……、行きますか」


 行先は既にエマが指定しているのか、カケルが乗ると、エレベータは自動で動き始めた。

 カケルの顔に、いつもの笑顔はない。エレベータの扉を見つめるその眼差しは、どこか緊張を帯びている。

 そして、エレベーターは目的地に到着したのか、そのドアが開いた。

 カケルを出迎えたのは、エレベーターから直結した大きな部屋、そして窓際に佇む、ある1人の人物だった。


「お久しぶりです。アキラさん」


 振り返った男は、昨日ニュースで報道されていた人物。A-TEC社長であり、アリアの父親――アキラ・シラヌイだ。

 カケルが今いるこの部屋は、最上層に位置する社長室。すなわち、アキラ専用の部屋だ。


「座りなさい」


 アポ無しで、この場所に訪れることは到底不可能だ。つまり、アキラがカケルを此処に招いたことになる。

 2人は対面する形でソファーに腰を掛けると、互いにその顔を突き合わせた。アキラは動じない様子で、カケルの方をじっと見つめている。対してカケルは、生唾をゴクリと飲み込み、膝の上でギュッと拳を握りしめていた。


「さっそくだが、定期報告を」

「わかりました。ではまずは、アリアの大学生活から――」


 定期報告と言われる通り、カケルとアキラがこうして顔を突き合わせて話すのは、初めてではない。年に1、2回、アキラの都合に合わせて、カケルはA-TECに呼び出されているのだ。今回は偶然、アリアの定期健診と被ったにすぎない。

 主な連絡手段は、PMCのメッセージ。つまり、カケルのPMCに登録されている「アキちゃん」とは、アキラのことである。


「――という感じで、単位はほぼ取り終えている状況です。サークル活動は後輩のサポート程度。最終学年ですので、新たに問題になりそうなことは無い状況が続いています」


 やり取りの内容は、カケル視点のアリアに関する報告。どのような経緯で、このやりとりが設けられたかはわらからない。だが、カケルはアキラの言われるがままだ。


「なるほど。他に報告すべきことは?」


 アキラはソファーで長い足を組み、カケルの話に耳を傾けた。その様子は、まるで上司と部下だ。


「俺の個人的な懸念にはなりますが、アリアの進路に関してです」

「というと?」

「アキラさん自ら、アリアをA-TECに勧誘していないそうですね」


 カケルが何を言いたいか察したのか、アキラは「なるほど」と口にした。


「アリアは、不安に思っています。だからこそ、まだ進路を決め切れていない」


 アキラも心当たりはあるのか、それ以上は問いかけず、静かに頬杖をついていた。


「ふむ。ミラの居る『生物部門』に、という話はしたのだがな」


 アキラの口から語られたのは、「生物部門」への推薦。

 それを聞いて、カケルは複雑そうな表情で、首を横に振った。


「それですよ。アリアはご子息ではありませんが、誰がみても優秀な血縁者です。アキラさんの側近、もしくは経営に携われる部門に配属されてもおかしくない」


 生物部門も、中枢を担う部署ではある。しかし、どちらかというと職人寄りだ。いずれミラのポジションという見方もあるが、アリアが生物学に特化しているわけでもない。


「現に、アリアは経営学を率先して学んできました。ちなみに、アキラさんの側近にすることは――」

「残念だが、今のところ考えていない」


 間髪入れずに答えるアキラの様子からも、アリアを後釜に据える気は無いようだ。


「A-TECに入社することは?」

「問題ない。ただし、ミラの部門に限る」

「では、他社に行くことは?」

「内容によるが、危険性がなければ問題ない。むしろ、此処より安全かもしれないな」


 A-TECを危険だと表現するのは、アキラが社長というポジションに、居るからこその言葉なのだろう。

 カケルにはその全てを計り知れないが、少しは理解できた。そして、アキラが経営からアリアを遠ざけようとする理由には、そういったことが絡んでいるのだろう。

 カケルは、アキラから得た情報を一通り纏めると、納得したように頷いた。


「わかりました。俺も機会をみて、アリアと直接話してみます。今のところは、ミラさんの所が最有力候補になりそうです」


 アリアがA-TEC以外を選ぶことは無い。というのがカケルの見解だ。


「それで問題ない」


 カケルの対応に異論はないのか、アキラは端的にこの話は終わりだと告げた。


「あとは、俺自身の事前共有になります。年明けに卒業旅行を兼ねて、友人とフロントラリーに行く予定です」


 次にカケルが話題に挙げたのは、フロントラリーの件。先の話だが、アキラと次に会うのがいつになるのかわらからないので、カケルは念のため伝えておくことにした。


「1週間程ですが、俺が不在になります。いつものメンバーなので、サイトも含まれていますが……アキラさん?」


 説明しているカケルの視界に、珍しくも驚いた様子のアキラが映った。


「すまない、少々驚いてしまった。よくチケットが手に入ったな」

「マシューのおかげですね。あのハワード家のご子息です。ご存知かと思いますが、アリアは留守ですので、念のための報告となります」

「ヒサトも居るので、こちらは気にしなくて構わない。楽しんできなさい」


 この件について、カケルは軽い報告だけのつもりだった。が、アキラの反応が珍しかったので、カケルは少し話題を掘り下げることにした。


「アキラさんは、フロントラリーに行く予定は?」

「いくつか招待は来ているのだが、都合が合わなくてな。近々、部下が代わりに行く予定だ」


 近々ということは、一般ではなくVIP枠なのだろう。そして、その招待すらも断るとは、A-TEC社長はやることの次元が違うとカケルは痛感した。

 淡々と報告を続けてきたカケルだが、最初に触れた通り、大学4年ともなると、あまり報告すべき内容はない。

 カケルが話を切り上げようとしたところで、今度はアキラが口を開いた。


「進路をUTEに決めたと聞いた」

「あぁ、俺ですか。最後まで悩みましたが、俺にはUTEの方が向いているかと。でも、A-TECとは最後まで悩みました」


 カケルはすかさずフォローを入れた。なんたって、カケルをA-TECにスカウトしたのは、このアキラなのだから。


「君が決めたことだ。UTEで行き詰まることがあれば、いつでも訪ねて来てくれ」

「……ありがとうございます」


 アキラの言葉が意外だったのか、カケルは気まずそうに視線を逸らした。


「これから社会に出るからこそ、いつも私が言ってきた言葉を忘れるな」

「『真実を隠せ』ってやつですか?」


 アキラが頷いた。

 それは、アキラがいつもカケルに言い聞かせてきた教訓――真実や目的は決して相手に悟らせるな、時に真実をおり混ぜた嘘をつけ。

 一見、殺伐とした大人びた教訓に思える。だが、誰彼構わず信じ、相手に己の意図を晒すをことは、賢いことではないというのがアキラの持論である。

 アキラが社長というポジションだからこそ、現実味を帯び、説得力のある言葉。それは決して、カケルを陥れるのではなく、護るために言い聞かせてくれているということを、カケルは理解していた。


「1つ、聞いても良いですか?」


 カケルがおずおずと、アキラに質問を投げかけた。

 こうして顔を突き合わせて話してはいるが、アキラの絶対的な立場は揺るがない。それは、カケルですら委縮させるオーラだ。そして、こういった威圧感のある人物が居るからこそ、サイトはA-TECに足を運ぶことを頑なに拒むのだ。


「アキラさんは、誰のことなら信頼していますか? 例えば、A-TECの幹部とかですか?」


 アキラが表情を変えることはなかったが、回答までに少し時間を要した。


「確かに、あの3人は優秀すぎる人材だ。仕事においては、申し分ない。だが、個人的な信頼は別問題だ」


 アキラの言う3人とは、ミラなどを含む、このA-TECの3部門を担う統括のことだ。

 だとすれば、アキラは誰にも真意を明かさないということなのだろうか?

 アキラの辛辣な答えに、カケルは思考を巡らせた。


「誰も信頼していない?」

「いや、そうではない。そうだな……。ヒサトは信頼に足る人物だと思っている」


 カケルは目を丸くした。アキラのお眼鏡にかなう人物が存在すること。しかも、身近にいたからだ。


「なるほど、ヒサトさんか……。俺はあまり詳しくないですが、そんなに信用できる人なんですか?」


 ヒサトはあの通り、あまり他人と密なやり取りをしない。

 カケルも長年の付き合いがあるし、悪い人ではないという認識はあるが、正直に言うとよくわからなかった。


「確かに彼は、私以上の堅物だ。だが、その人となりは、信頼できると私は思っている」


 妙に言い切るアキラが珍しく、理由が気になったが、カケルが聞いたところで答えてくれないだろう。

 アキラさんのことだ。そもそも信頼できない人物を、アリアの傍に置いたりはしないか……。

 カケルがそんなことを考えていると、アキラがPMCで通信を受信した。


「社長、一通りの検査が終わりました。どうします?」


 PMCから聞こえてきたのは、ミラの声だ。終わったというのは、アリアの健康診断のことだろう。


「今からそちらへ向かう」


 アキラは簡潔に答えると、そのまま通信画面をオフにした。


「では、我々も行くとしよう」


 アキラの目配せにカケルは頷くと、素早くソファーから立ち上がった。



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