A-TEC訪問
翌日――。
現地でアリアと待ち合わせをしているカケルは、午前中からA-TEC本社を訪れていた。
専用の駅から直結となるA-TECは、カケルの家からもアクセスし易い。先にA-TEC本社前に着いたカケルは、特にやることも無く、その広大な高層ビルを見上げていた。
「相変わらず、神々しい高層ビルだな」
A-TEC本社となる高層ビルは、地上70階もある。下から上に向かって細くなってはいるが、上層20階だけは窓が大きく手前に突き出しており、透き通るような青色のガラスが実に芸術的だ。そこは社長室や役員室などいった、重鎮たちが位置する場所である。
「お待たせ、カケル」
カケルが振り返ると、アリアとヒサトがこちらに向かって歩いて来ていた。2人が乗っていたであろう車は、そのまま自動運転で車庫へと向かっていく。
「ん。俺も今来たばっかだから。ヒサトさんもおはようございます」
「おはようございます、カケルくん」
ヒサトは丁寧にも綺麗なお辞儀と共に、カケルに挨拶を返していた。しかし、その表情は無表情のままだ。
もう少し表情筋が動けば、イケメン度が増すのになぁ。とカケルは今日も心の中で呟いた。
全員が揃ったところで、3人はさっそくビルの中に足を踏み入れた。
今日は土曜日なので公休である。休日出勤をしている者もいるのか、普段より少なくはあるが、A-TECの社員らしき人がちらほら行き来していた。
「受付を済ましてくるから、カケルはこの辺りで待ってて」
今日の主役でもあるアリアが、エントランス中央に設けられた受付へと向かう。
ヒサトもアリアと共に行ってしまったため、カケルは暇つぶしに展示物でも眺めていることにした。
A-TECのエントランスは、3階までが吹き抜けとなった、広大な空間になっている。地上から天井にかけて、そのスペースは余すことなく、商用のショールームとして利用されている。
展示品の中でも最も多いのが、A-TECの目玉商品であるヒューマノイドだ。エントランスは、まさにその会社の顔である。ここには、まだ市場に出回っていない、最新型も数多く展示されていた。
「うぉ、すげぇっ! 『A04』だ。もう発売間近なのか」
カケルが目を止めたのは、軍事用ヒューマノイドの最新型である「A04」。業務用や家庭用のヒューマノイドとは異なり、全身を装甲で固めているため、顔はヘルメットに隠れておりどのような姿をしているのかはわからない。
ヒューマノイドも外装や装備は、本来の人間と変わらないものである。業務用であれば、その会社の制服を着るし、家庭用は持ち主の好みに着飾ることが可能だ。そして、軍事用ともなれば、それは軍人と変わらない装備を身に着けている。
こうしてみると、やはりカケルも男だ。周り並ぶ家庭用などよりは、人も顔負けな軍装備を着こなす軍事用ヒューマノイドに目が惹かれてしまうものである。
しかし、ここに置かれている軍事用ヒューマノイドはあくまでも展示用だ。カッコよく最新型のレーザー銃を武器を構えてはいるが、これはあくまでも模造品である。そして、軍事用ヒューマノイドは一般市民が購入することは出来ない。UTEの管理下でのみ、導入が許される特別商品なのだ。
「やっぱりサイトも来れば良かったのに。見ろよ、この神がかった設計のフォルム!! ほんと、勿体ねぇ~」
市場では決してお目にかかることのない「A04」を、これでもかと見尽くした後、カケルはエントランス中央に戻って来た。
すると、カケルの目にある映像が飛び込んできた。それは、頭上に大きく投影された、A-TECを代表するプロモーション映像だ。カケルがこの映像を目にするのは、もう何度目になるのだろうか。
「我々A-TECは、3部門を軸として成り立っています。最初の1つは『生物部門』――」
耳障りの良い女性の声が、カケルの耳に響き渡る。そして、映像は「生物部門」の紹介に切り替わった。そこには、医療現場、工場で生産される医療機器、そして、人工臓器が取り付けられた実例が流れている。最後は、片足に義足を付けた少女が、元気に公園を走り回っていた。
「次に『研究開発部門』――」
次の部門紹介では、ヒューマノイドの開発現場が映し出された。精巧な設計図、そして、ヒューマノイドの部品となるパーツが、1つずつ丁寧に生産されていく。最後には、完成したヒューマノイドが現場に導入された映像が流れていた。一般家庭では、料理や掃除といった家事をこなしており、工場では、以前は人の手で行われていたことが、ヒューマノイドによって成されている。
「そして最後は、『軍事工業部門』――」
そこで映し出されていたのは、まさに先ほどカケルが目にしていた「A04」と類似する軍事用ヒューマノイドだ。実際にそれらが稼働し、警備や防衛任務についている映像が流れ始める。他にも、武器や輸送機など、ヒューマノイドに限らず様々な軍事兵器の紹介が含まれていた。
「これら3つの柱が、A-TECを支えとなり、我々はこれからも未来の技術を目指します」
映像の最後では、それぞれの部門名が立体文字として表現された。左右に「生物部門」「軍事工業部門」、そして、その2つを繋ぐようにして「研究開発部門」が中央に位置した。それら3つの軸は、やがて1つの「A」という文字に変換される。
「A-TEC」その由来は、代表する3部門と、それを担う「Technology」という意味が込められているのだ。
「あとは、創業者である『シラヌイ』の由来な」
プロモーション映像がループし始めたところで、カケルはその言葉を付け加えた。社長のアキラ、そして妻であるアリシアも元A-TEC社員、そして、娘の名前はアリアだ。
「お待たせ。またこの映像見てたの? カケルはこれが好きだね」
手続きを終えたアリアが、映像に見入っていたカケルの肩を叩いた。
「あぁ。アキラさんっぽさが全面に出ていて、良い」
表に出すものは、誰もが感嘆するような内容。しかし、その裏には己の揺るぎない信念を。こういった点を、カケルはアキラらしいと感じていた。
アリアは、カケルの言葉の意味が理解できなかったのか、首を傾げている。
それに気付いたカケルは、「気にしなくていいよ」と笑っていた。
「今日の通行IDが登録されたから、エレベーターに行こ?」
アリアはそう言いながら、カケルの腕を指差した。
一時的に利用できる来客用IDが、それぞれのPMCに送られたという意味だ。明日になればこのIDは使えなくなる。天下のA-TECだからこそ、セキュリティ管理は厳重だ。
エントランスの奥には、階層ごとに分けられたエレベーターホールが設けられていた。しかし、カケルたちはエレベーターの横を素通りするだけで見向きもしない。さらに奥へ進むと、セキュリティーで管理された壁を隔てて、上層専用のエレベーターが設置されていた。
登録されたIDを利用した3人は、そのエレベーターに乗り込むと、60階に設けられた上層専用の受付に向かった。
流石は高層ビルの専用エレベーター。もの数秒で60階に到着すると、すぐにそのドアが開いた。
上層専用の受付は、共有エントランスと比較すると小さいが、気品溢れる空間となっていた。
部屋中央には、大きな球体状のホログラムが投影されており、それを囲うようにして円形のソファーが設置されている。互いが外向きに座ることが出来、壁の至る所には来客を退屈させないよう、絵画や美術品の数々が置かれていた。
「アリアお嬢様、お久しぶりです。お待ちしておりました」
すると、カケルたちの姿を見るや否や、受付席に居る女性が声を掛けてきた。
長い茶髪を綺麗に頭頂部でまとめ、スーツを着こなす彼女の名はエマ・ワトソン。総務部所属でこの上層の受付担当だ。共有エントランスの受付とは異なり、ヒューマノイドや遠隔からの投影映像ではなく、れっきとした生身の人間である。
「エマさん、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「お元気そうで何よりです。キャンベル統括がこちらに向かっておりますので、お掛けになって少々お待ちくださいませ」
エマは、この上層受付の担当を勤めて長い。そのため、カケルとアリアとは顔見知りである。
カケルとアリアはエマに言われた通り、奥のソファーに腰を掛けた。
「カケルはいつも通り、ここで待ってる?」
付き添いとはいえ、検査までは同伴できない。
「気にすんな、今日の為に新作のゲームも入れてきたしな」
アリアの検査には、1時間程の時間を要する。
カケルは暇つぶし対策は万全であることを伝えると、アリアは安心したように顔を綻ばせた。
「お待たせー。あぁ、居た居た。アリアと、あとは――」
すると、奥の扉から1人の女性が現れた。女性は忙しいのか、手元に表示された電子画面に視線を落としながら、カツカツとヒール音を鳴らし、こちらに向かって歩いて来る。
「ミラさん、お久しぶりでーっす」
カケルが妙に爽やかな笑みを浮かべると、それを見た女性がその顔を引きつらせた。
「……糞ガキも同伴かよ」
この口の悪い女性は、ミラ・キャンベル。パーマのかかった長い金髪をなびかせ、何より目立つのが、長い白衣の下に着こんでいるそのスーツ姿だ。タイトで真っ赤なスーツは、彼女の豊満な肉付きを強調するかの如く、ピッタリと張り付いている。そして、はだけた胸元からは、下着とも思わしき黒のレースが顔を覗かせていた。いわゆる見せブラだ。A-TEC社員にしては、派手でやや品格を疑う恰好。しかし、その立場はA-TECの3大部門の1つである「生物部門」を取り仕切る統括である。
「あはー。機嫌悪そうですねー。そして相変わらず派手な服装ですねー」
「うっさいわね。このクソ忙しい中、休日を返上して出勤してんのよ。それに、アンタにこの服装をとやかく言われる筋合いはないっての」
対面早々、言い合いを始める2人。しかし、どちらも心なしか楽しそうではある。もしかしたら、このやり取りがこの2人の挨拶なのかもしれない。
アリアとヒサトは、そんな激しい2人のやり取りをただ黙って見ているしかなかった。
「やだなぁ、俺はただ『今日もお綺麗ですね』って伝えようとしただけですよ」
嘘つけ! と言わんばかりに、ミラが盛大な舌打ちをカケルに返した。
「アンタは相変わらず口が減らないわね。何より、その顔がムカつく。ちょっとヒサト! このガキは下に置いてきなさいよ!」
変わらずニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるカケルに対し、ミラの怒りの矛先はヒサトへと向けられる。
「無理です」
しかし、ヒサトはミラの味方ではなかったようだ。思い通りにならなかったヒサトの返答に、「ちゃんと仕事しなさいよ!」とミラは叫び声を上げた。
「ミラさんもいい歳なんだから、体を冷やす格好しちゃ駄目ですって。そうだ、俺の上着を貸してあげましょうか?」
「いらないわよ! アンタが社長令嬢のこぶ付きじゃなければ、ぶっ飛ばしてるわよ!」
カケルの言う通り、ミラは未だ美しい美貌と肉体を兼ね揃えているが、その年齢は既に40代といい歳なのだ。
ミラが「キィィィ!」と悔しそうに地団駄を踏む。
カケルの突っ込みも容赦ないが、ミラの反応もいちいち大きい。だからこそカケルは、ミラに会う度に弄ることを欠かさない。からかいがいのあるミラは、カケルのお気に入りなのだ。
「って、こんなことしている場合じゃなかったわ。アリア、さっそく始めるわよ!」
我に返ったミラは、アリアについて来るように指示を出した。どうやらアリアの健康診断は、生物部門の統括であるミラが、直々に行うようだ。社長の職権乱用ともいえるが、その権力は絶大である。
「はい、よろしくお願いします。カケル、また後でね」
アリアはカケルに一時的な別れを告げると、ヒサトと共に受付を後にした。
「さぁーて……。このまま呑気にゲームを楽しめたら、どれだけ気が楽なんだか」
ゲームを起動していたカケルだったが、それをプレイすることはなかった。アリアの姿が見えなくなるや否や、すぐにPMCの電源をオフにする。そして、これから訪れる予定に小さな溜め息を零した。