幼馴染の恋愛相談
え? なんで? なんで、僕なの? フィオナという、相談に適した相手が身近に居るじゃない! そっ、そもそも、恋愛経験が0に等しい僕だよ? ろくなアドバイスなんて、出来っこない。つまり、僕の最適解は――今すぐこの話題を切り替えることだ。そう、それがアリアにとっても一番に違いない!
「……」
いやいやいや。やっぱり駄目だ。アリアが質問している相手は「僕」であって、知りたいのは「もう1人のカケルの幼馴染」ってことだ。
次々と頭の中に考えが浮かび上がっては、否定するように首を横に振るサイト。アリアの何気ない一言は、学年1位に対し、かつてないほどのプレッシャーを与えていた。
普段のサイトであれば、真っ先に逃げ出していた。しかし、目の前に居るアリアは本気で悩んでいた。その様子を見て真剣に向き合わない程、サイトは誠実さに欠けてはいなかった。
「落ち着け、まずは落ち着くんだ……。そして、よく考えろ。カケル、カケル……これまでのカケルと、アリア……んん?」
しばらく悶々と唸り続けたサイトは、はっと何かを思い付いたかのように顔を上げた。
「アリアは、どうして急に、この質問をしようと思ったの?」
それは、アリアが妙なことを言い出したきっかけについて。長い付き合いではあるが、アリア自身がこのような話を持ち出したのは初めてなのだ。周りから3人の関係性についてからかわれようとも、この間柄で色恋に関することを言及したことは一度も無い。
よくよく考えれば、違う意味で凄いことだけど……。
口には出さないが、サイトは不思議そうな表情で首を傾げていた。幼馴染とはいえ、20歳を過ぎた異性同士でもある。なのに、そう言った話題を一切口にしないのは、異常なのかもしれないと、今更ながらに思ってしまったからである。
「その質問には、答えなきゃダメ?」
どうやらサイトの考え以上に、この質問はアリアを困らせるものだったらしい。
アリアは気まずそうに目線を逸らし、何やら口をもごもごとさせている。しかし、その態度は逆に、サイトにヒントを与えたにすぎなかった。
「アリアが答えられないってことは、誰かが関わっているってことだね」
「うぅ……」
この3人の間柄であれば、大抵のことは包み隠さずに話す。それが出来ないということは、それ以外の者が関わっているということだ。
カケル、アリア、そして第三者――。一応、サイトは悩む素振りを見せたが、仲間内であれば誰でも解ける簡単な謎解きに、サイトはすぐさま眉をしかめた。
「シャルロットに何か言われたんだ」
「……」
その沈黙は肯定だ。
「誰にも言わないで欲しいんだけど……」
アリアはしばらく何も言わずに黙ってはいたが、サイトの視線に観念したのか、シャルロットとの今日のやりとりについて話し始めた。
「へぇ、卒業旅行でカケルに告白か。それについては、あまり驚きはしないけど……」
サイトがチラリと視線を送った先には、思い詰めた表情をしているアリアの姿があった。シャルロットの恋心は周知の事実だが、アリアがその事に対して反応を示すのは、サイトも意外だった。
この流れで、この反応。サイトは何とも言えないむず痒さに襲われながらも、恐る恐るその言葉を口にした。
「単刀直入に聞くけど、アリアはカケルのことが好きなの?」
そのサイトの言葉に、アリアの目が大きく見開いた。赤茶色の瞳がきらりと光を反射させる。しかし、その瞳は長い睫毛と共に悲し気に伏せられた。
「……ごめんなさい。それが、私にもよくわからないの」
これは、今のアリアが出せる精一杯の答えだった。カケルが好き。そう答えることができれば、どれだけ単純明快になるのか。そのことを理解していながらも、アリアは自身の気持ちが分からなくなっていた。
複雑そうな表情で、ギュッと胸を押さえるアリアの姿を見て、サイトは動揺した。
頼むから、誰か、今すぐこの場にフィオナを連れてきて! こういう問題は、あの人の専門でしょ!?
このもどかしいやり取りに、サイトは床を叩きたい一心だが、それを必死に堪えていた。
「でも気になったから、僕に質問したんだよね?」
まるで尋問のようになってしまった発言に、サイトはまずいと思ったのか、すぐに手で口を覆った。もはや何を言えば正解なのか、サイト自身も全くわからない。
「それは、そう。シャルロットに言われた時、すごく複雑な気持ちになったの。私にとって、カケルとサイトが傍に居ることは当たり前だったから……。我が儘だよね、私」
恋敵。独占欲。縄張り意識。今のアリアにどの感情に当てはまるのかは分からないが、そう思うことは人間の本能であり、当然のことだ。
現に、第三者に3人の関係を壊されるのは、サイトもあまり良い気はしない。しかし、年と共に、いずれそうなる時が来るという覚悟は出来ていた。
「大切だけど、大切にし過ぎた故の問題だよなぁ……」
「え?」
「僕たちの関係だよ。アリアも1度くらいは考えたことあるでしょ? 想像以上に、長続きしているってこと」
関係を維持するには、互いに同じ気持ちであることが前提だ。つまり、この3人においては、誰もがそう願っているからこそ、続いているということになる。関係が長く続くことは、悪いことではない。それに、恋愛や友情などは一般論に従う義理も無い。
しかし、長すぎる関係は、時に歪みを生むものだということを、サイトは少なからず理解はしていた。例えば、自身が未だに恋人を作らないところや、カケルとアリアの関係性もそうだ。
そんなことを考えていると、サイトはふと、1つの疑問に辿り着いた。
昔のカケルは、もっとアリアへの態度がわかりやすかった。いつからだろう? カケルがそういった行動を、しなくなったのは。
幼い頃のカケルは、サイトから見てもアリアに好意があるのは明らかだった。年齢と共に、カケルが性格を拗らせたということもある。しかし、それ以上の明確な答えに、サイトは辿り着いてまった。
やっぱり……、ううん、間違いない。あの「水難事故」が原因だ。
サイトの表情が曇る。この件に関しては、サイト自身がとやかくいうわけにはいかなかった。
「ごめん、話が逸れちゃったね。最初の質問に話を戻すけど、カケルの気持ちだよね」
サイトは床に転がっているコントローラーを眺めながら、ぽつぽつと答え始めた。
「カケルがアリアのことを、1番大切に想っているのは間違いないと思うよ。僕はカケル本人ではないけど、傍で見ている僕だからこそ、言える意見でもある」
サイトはアリアの目を真っすぐ見つめながら、嘘偽りのない自身の見解をしっかりと述べた。
「1番?」
「うん。例えばカークやシャルロット、他の友人も大切にしているけど、その中でも間違いなく、アリアは特別大切にされているよ。正確に言うと、僕もその特別に含まれているけどね」
本来であれば、自分が特別に想われていることなど、口で語るのは勇気がいることだ。しかし、そこはサイトだからこそ、何の迷いも無く、自信満々に言い切った。
そして、サイトは気付いていなかった。1番、特別――その言葉が、こういった類の相談に置いては、どれだけ有効であるかということに。無意識ではあるが、サイトは完璧とも言える回答を、アリアに返していたのである。
「そっか。自分で思っていた以上に、カケルに大切にされていたんだね」
「恋愛感情うんぬんに関しては分からないけど、まずその点に関しては、自信を持って良いんじゃない?」
アリアの質問に対して、100%の回答は返せていないが、それでも気持ちが楽になったのか、アリアの表情は綻んでいた。
その姿を見て、サイトはほっと胸を撫でおろした。おそらく今日1日、ずっと1人で思い悩んでいたのだろう。
「ありがとう。サイトの言葉だからこそ、信じることができる」
「どういたしまして。でも、これ以上の話に関しては、女性同士でお願いしたいかな」
「はーい。いい機会だし、もう少し自分の気持ちとも向き合ってみるね」
結局、シャルロットの告白に対してどうするか。という点については話し合われていない。これに関しては、まずアリア自身が「どうしたいのか」と決めるところから始めなければならない。
「かなり、緊張したんだから……」
ようやく恋愛相談というプレッシャーから解放されて、サイトは大きな溜め息と共に不満を漏らしていた。
「ごめんね。嫌がることは分かっていたんだけど、どうしてもサイトに聞きたかったの」
この質問が、いかにサイトにプレッシャーを与えるかを承知の上で、アリアも質問したようだ。
アリアはクスクスと笑いながら、何度も「ごめんね」と繰り返した。
「飲み物を貰って来たぞー。聞いてくれよ、向こうでウメさんとヒサトさんがさぁ……。って、何してんの?」
「うわぁっ!?」
すると、見計らっていたのかとも言えるようなタイミングで、カケルが勢いよく部屋の扉を開け放った。
ちょうど部屋の中では、サイトとアリアがゲーム画面ではなく、互いに正座をして向き合っている状態だ。
「何? 2人で向き合って。もしかして、お邪魔だった?」
「ち、違う! カケルこそ、ノックくらいしなよ!」
鋭いカケルが、サイトの違和感を見逃すはずがなかった。妙に落ち着きのない様子のサイトを見て、ふてぶてしい笑みで見下ろしながらも、何をしていたかの追求を欠かさない。
「フロントラリーの話をしていたの。撮ってきて欲しい写真があるんだけど、他の人には相談し辛いから。サイトにお願いしていたんだ」
すると、至って冷静なアリアが、すかさずサイトに助け舟を出した。
このアリアの切り返しは完璧だった。フロントラリーの件は、アリアが参加できないからこそ、誰もが話題に出しにくい一件である。そして、それはカケルにも当てはまる。
カケルは、しばらくサイトとアリアの様子を交互に見ていたが、その内容に興味も薄れたのか「ふーん」と言いながら飲み物を飲み始めた。
「それよりもカケル、明日はA-TECに一緒に来てくれるよね?」
すると、アリアが明日の予定について話題を切り替えた。明日は土曜日なので大学は休みなのだが、カケルとアリアは事前に約束事をしていたようだ。
「あぁ、いつもの健康診断だよな。サイトはどうする?」
健康診断とは、年に1度、A-TECで特別に行れているアリアの健康診断のことだ。あの水難事故以来、アキラの指示もあって、重症だったアリアにだけ特別に行われているものである。
アリアは大袈裟だといつも文句を言っているが、心配をかけてしまった身として、アキラの指示には大人しく従わざる得ない。
「カケルが付き添うなら、僕はパス。A-TECの人たち怖いから」
A-TECに苦手な人物でも居るのか、サイトはもの凄い勢いで首を横に振りながら、不参加の意志表示をした。
そんなサイトの回答を予想していたのか、カケルは「やっぱりなー」と呑気な声を上げている。
「そういえば、『人体保護法案』の件は残念だったな」
A-TECという話題のついでに、カケルは昼間テレビで見た、あのニュース速報の件について触れた。娘であるアリアは、この件についてもっと詳しいかもしれないので、情報収集も兼ねてだ。
「そうだね。お父さん、あの法案に関してはかなり力を入れているから、落ち込んでいると思うな」
あのアキラさんが、落ち込むようなたまか?
カケルとサイトには、同じの考えが頭を過った。現に、澄ました顔で「諦めない」というアキラの宣言を、直接この目にしている。
「こういった話は、私よりもカケルの方がお父さんと話が合うから、励ましてあげて」
「ないない、俺がアキラさんを励ますとか。むしろ、貴重なお時間を頂戴してすんませんって立場だわ」
天下のA-TEC社長を励ますなど、そんな恐ろしいことはカケルでもお断りだ。
この会話からも、カケルとサイト、そして娘であるアリアのアキラへの印象は、かなりズレがありそうだ。
「しかし、A-TECに足を運ぶのは久しぶりだな。というわけで、やっぱりサイトも来ない?」
「絶対に行かない」
サイトは完全に殻に籠ってしまった。ロボット工学を代表とした知識の宝庫に行きたがらないなど、よっぽどのことである。
サイトの同伴はついに諦めたのか、カケルはアリアと2人だけで明日に関する打ち合わせを始めた。