職業と特性
その後、カケルンとブドウ糖の旅が、どのような状況になったかというと――。
壁一面に大きく映し出されているのは、地面に倒れている2人の姿、そして「クエスト失敗」という文字だった。
「あぁっ、くそっ! やっぱり駄目かー!」
カケルは悔しそうに呻きながら、頭をガシガシと搔きむしっていた。
先ほどから挑戦しているのは、期間限定イベントの上級クエスト。推奨レベルには少し足りておらず、厳しそうと判断した通りの結果が続いている。事前にクエスト構成を確認すれば、あとは戦略次第でどうにかなると考えていたが、甘かったようだ。
「というか、弱い! 俺のキャラ、弱いんですけど!?」
「『盗賊』が盾役をすると、打たれ弱さが目立つね」
カケルンの職業は「盗賊」。敏捷が1番の強みだが、少数パーティーだと、それを発揮する前に敵にやられてしまう。中衛向きの職業だ。
「どうして『盗賊』なんて選んだのさ。癖が強すぎて、どうみても扱いにくいでしょ」
「はぁッ!? サイトだけは言われたくないんですけど! 俺はてっきりお前が『術士』を選ぶと思ってたんだよ! なのに――」
カケルが「盗賊」を選んだ理由は、サイトが「術士」を選ぶと予想していたからだ。
術士であれば、後衛からの強力な火力、それに味方にバフを付けることにも長けている。「盗賊」の強みである敏捷のさらなる強化など、あらゆる面において相性が良いと判断したのである。
「なんで、よりにもよって『薬師』!? マイナーにも程があるわっ!」
しかし、カケルの予想は外れ、サイトは「薬師」という職業を選択した。どう考えてもサブジョブで始めるような、マイナーな選択肢だ。
黒いローブコート姿のブドウ糖は、誰がどう見ても術士の風貌をしている。しかし、中身を覗いてみれば、敵味方関係なく怪しい薬瓶を投げつける特殊キャラなのだ。
「『盗賊』と『薬師』のパーティーとか、どうみても最弱だろう。負け確すぎる……」
顔を両手で覆い、がっくしと肩を落とすカケル。
職業選択の大きな失敗。全てはこのゲームを初めてプレイした、あの日が原因だった。
――キャラメイクは各自で準備して、後でお披露目会にしようぜ! その方が面白いだろ?
あえて事前相談無しで、キャラメイクを行ったこと。そして、それを言い出したのはカケル本人だ。
ちなみに、キャラの作り直しは有料サービスだ。ゆえに、今の今までこの2人の職業は変えられることなく、難儀な冒険が続けられている。
「『薬師』は楽しいよ。化学的な根拠に基づいているし。逆に『術士』は、魔法の原理で気になる点が多すぎて」
「魔法っていったら、ファンタジー要素の代名詞! ゲームには欠かせない存在だろうがっ!」
サイトの意見に対し、ゲーム好きのカケルは「物申す!」と言わんばかりに声を荒げた。
魔法が存在しない地球では、長きにわたり漫画やゲームなど、あらゆる空想分野でその多くを語り継がれてきた。
しかし、「星外戦争」以降、グリストバースからの文明共有の中に、魔法という存在が空想ではなく、実在していることが証明されたのだ。魔法、呪術、神通力――。その名称や内容は多種多様だが、この広大な宇宙の中には、人知を超える力を実現させる星が、実在しているのだ。
この事実が発覚した時、地球でもその話題は一躍脚光を浴びた。ニュースや話題、議論や研究といった、至る所で魔法という言葉を目にする時期があったのだ。
「確かに魔法は、とても興味深い分野の1つだよ。それは僕も認める。でも既に世間からは、衰退した技術として、話題にも取り上げられ無くなったよね」
サイトの言う通り、一時期は魔法という未知なる力は注目を浴びた。しかし、その盛り上がりはあまり長く続かなかったのだ。その理由は1つ。地球の文明が、既に魔法すらも超える水準に達していたからだ。
魔法――その力の源には、必ず自然エネルギーが関与している。星やその星に生きる生命体が、歴史と共に扱う術を身に着けているだけであって、無限大かつ万能ではないのだ。
分かりやすく例えると、地球は遥か昔に、核兵器の技術を保有していた。その一方で、別の星では、魔法で炎を自在に操ることができる。仮にこの2つの星が衝突した場合、その結果はどうなるか。つまり、地球は気付かないうちに、魔法以上の技術力を身に着けていたのだ。
「くっ……。ロマンがわからん奴だな!」
憧れという点で議論すれば、兵器と魔法だと、後者の方に軍配が上がるかもしれない。
しかし、あらゆる分野に長けているサイトだからこそ、その見方はどうしても現実味を帯びてしまうのだ。
――コンコン。
「カケル、サイト。入ってもいい?」
すると、ノック音と共に、アリアの声が響き渡った。
どうやら2人がゲームに夢中になっている間に、アリアが到着していたようだ。
「来たー! 我らが戦乙女のご登場だ!」
ドアの側に居たカケルは、謎のガッツポーズをしながら、アリアを部屋へと招き入れた。
「お邪魔します。もうゲームを始めてるみたいだね」
アリアはカケルに招かれるまま、2人の間に腰を下ろすと、慣れた手つきでログイン作業を始めた。
「ヒサトさんは?」
「ヒサトは車で待っているって言ったんだけど、ウメさんに捕まっちゃった」
カケルが問いかけた「ヒサト」とは、アリアの世話係のことだ。普通の執事やメイドとは異なり、主に外回りの行動を監視する役割を勤めている。ヒサトは、A-TECの社員で社長専属秘書という所属だ。つまり、父親であるアキラが職権乱用し、アリアに送り込んでいるお目付け役ということだ。
とはいえ、目的はあくまでもアリアの身の安全であって、全く融通が利かないわけではない。アリアがシチヨウに通っている時間帯は別行動だし、日課ともなる遊びの場では、こうして適度な距離を保ってくれる。年頃の女性に対する気遣いは、持ち合わせている人物だ。
「準備できたよ。今は何をしてたの?」
その掛け声と共に、噴水広場に姿を現したのは、全身が金属甲冑で覆われた巨体キャラクター。頭上には「マカロン」と、外見には似つかわしくない、愛らしい名前が表示されている。その肉体だけでも、いともたやすく敵をすり潰してしまいそうなマカロン。その背には、さらに大きな大剣が背負われている。
転移アイテムを使ったのか、カケルンとブドウ糖が、すぐさまマカロンの居る場所へと駆け付けた。またもやピンチだったのか、2人のHPゲージは、赤い部分がやけに目立っている。
「イベクエの高難易度がクリアできなくってさ。頼りにしてるぜ『戦士』さん」
「はーい」
マカロンの職業は『戦士』。屈強な力と体力を武器とし、前衛を担うことが出来る脳筋の代名詞だ。
マカロンの背中に張り付くように追尾する2人の姿は、まるでコバンザメのようだが、晴れてこのパーティーに正式な盾役が加わった瞬間である。
新たにパーティーに加わったマカロンを連れて、3人は再びイベントクエストの戦地に降り立った。
人数が増えると戦闘が有利になるのは当たり前だが、正直言うと、それどころの話ではなかった。
「アリア、奥の術士を優先でお願い!」
「はーい」
「ぎぃああぁっ! アリアぁ、助けてぇ~!」
「はーい」
その緩い返事とは裏腹に、マカロンは素早い動作で次々と敵をなぎ倒していく。巨体である反面、その動作は重いはずなのだが、華麗な剣さばきを繰り広げている。
マカロンが走った道には、敵がドロップしたアイテムが次々と転がっていく。その状況からも、貢献度は目を見張るものがあった。
「おかしいな。俺、盗賊なんですけど……」
「スキルで敏捷上昇のバフを掛けているから」
敏捷が売りである、カケルンの横を軽やかに抜かしていくマカロン。その頼もしい後ろ姿を見つめるカケルンは、どこか哀愁が漂っている。
「レベル帯も同じなのに、どうしてここまでの差が……。他に考えられるのは、操作スキル?」
ぶつぶつと呟く声が耳に入ったカケルは、その声の主であるサイトに視線を送った。
真剣な表情で、指を合わせて思案するサイト。恐らく、パラメーターなど、この強さの差を解明するために、必死に考えを巡らせているのだろう。
「サイトぉ、俺にも回復薬ちょうだーい」
「待って、アリア優先。あとで余っていたら投げるから」
「俺の存在、意義とは……」
HPゲージの減りだけで言えば、カケルンの方が深刻だ。しかし、戦況を考えると、おのずと優先順位は決まってくる。
頼もしいのは有難いが、いかんせん男子としての面子丸つぶれのカケルンとブドウ糖は、粛々とサポートに徹するしかなかった。
苦戦していたイベントクエストを、難無くクリアすることができた一行。もはや周回すらもこなせる安定パーティーになったところで、カケルは気分転換がてらに世間話を始めた。
「そういやさ。今日の昼、サイトがまた下級生に絡まれたんだけど――」
内容は、食堂でサイトが見知らぬ女性に絡まれた一件。
主に聞き手となるアリアは、カケルの話に相槌を返しながらも、コントローラー操作を怠らない。
「あの子、かなり可愛かったのに。サイトの人見知りが、容赦なくってさぁー……」
「あの人が可愛い? 怖いの間違いじゃなくて? カケルの感性を疑うよ。それに、アリアの方が100倍可愛い」
さらりと恥ずかしい台詞を放つサイトに、カケルは思わず吹き出した。
見知らぬ人に対しては攻撃的なサイトだが、カケルやアリアには、こうして素直な一面を出してくることがある。
「あのなぁ、アリアと比較してどうするよ。俺が言いたいのはだなぁ――」
カケルとサイトの会話が気になるのか、アリアはゲーム画面を見つめたままだが、一瞬だけボタンを押す指が止まっていた。
「また、男女のうんたらかんたらって話? その説教はもう聞き飽きてるよ。それに、僕の心配をする前に、まずは自分のことをどうにかしなよ」
まるで母親のような小言をこぼすカケルに対し、サイトは即座にボールを打ち返した。
「あー、やめやめ! 今のは俺が悪かった! お詫びとしてウメさんに飲み物を貰ってきてやる。欲しい人ー?」
「いる」
「私も欲しいな」
カケルは、両手を上げて話題を切り上げると、腰を上げて部屋から出て行った。
部屋を出たカケルは、ウメの居るリビングを覗き込んだ。すると、思わぬ光景が目に飛び込んできた。
先ほどカケルとサイトが座っていたコタツには、ウメとヒサトが座っているではないか。その珍しい組み合わせに、カケルは咄嗟にリビングから身を隠した。
先ほど「ヒサト」と話題にも上がった男は、ヒサト・カゲウラ(影浦 久人)。その名の通り、ヒサトも日本人である。30代半ばで外見はまだ若いが、その歳でアキラのお眼鏡に適った人物。つまり、出来る奴ということだ。グレーの髪は綺麗にオールバックでまとめられているが、前髪の一部はあえて垂らされており、凛々しい切れ長の目にかかっていた。そのきっちりとした身なりからも、マメな性格だということは伺える。
「ヒサトさんや、このお茶も飲みなさいな。美味しいわよ」
「はぁ……。いろいろと申し訳ございません。いただきます」
A-TECでも一目置かれるような存在のヒサトが、ウメから手渡されたのは昆布茶だ。スーツ姿のイケメンが昆布茶を嗜む姿は、絵になってはいるが、ヒサトをよく知るカケルは、笑いを堪えるのに必死だ。
(あのヒサトさんに、昆布茶とか! ってか、何かを口にしてる姿が貴重だわ。そう考えると、ウメさんすげぇな……)
ヒサトと言えば、サイボーグの如く、淡々と任務をこなす仕事人間である。カケルたちは面を突き合わせる機会も多く、何度か遊びに誘ってみたことがある。しかし、その答えはいつも決まって「NO」だ。
もっと表情筋を動かせば、愛嬌も出てモテるのは間違いない。というのが、カケルのヒサトに対する印象だ。
そして、そんな仕事人間でも、押しの強い老人には敵わないということが、証明されたのである。
完全に出ていくタイミングを失ったカケルは、どうしたものか。と思いながら、しばらくの間、廊下の壁にもたれ掛かっていた。
一方、部屋で残ってゲームを続けているアリアとサイト。
カケルンという頭数が減ったにも関わらず、どうしてかはわからないが、クエスト進行速度は全く衰えていなかった。
「ねぇ、サイト。1つ質問してもいい?」
話を切り出したのはアリア。変わらず視線を画面に向けたままの状態で、サイトに話しかけている。
「カケルって、私のことをどう思っていると思う?」
「どうって……どういう意味? 質問の意味がよくわから――」
「異性として。私のこと、どう思っているかなって」
しばらく沈黙が続いた後、ゴトリ。と鈍い音が部屋へと響き渡った。
サイトが不意に、コントローラーを落としてしまったのだ。
「えっ、い、異性……? あ、アリア、質問する相手を、間違えてない?」
「ううん、合ってる。私はサイトに聞いているの」
思わぬタイミングで幼馴染、しかも女性の方から恋愛相談を持ち掛けられたサイト。
サイトは目を点にし、珍しくも頭の中が真っ白になっていた。