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スリィ×プラネット~幼馴染のためなら俺は宇宙すら翔ける~  作者: 犬鴨
第一部 カレッジ・シチヨウ
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放課後の集まり

 日が落ちる前にシチヨウを出たカケルとサイトは、その足でサイトの家へと向かった。2人が足を踏み入れたのは、全体がグレーで統一された高層マンション。エレベーターで7階に上がると、突き当り奥の部屋を目指した。

 サイトが玄関ドアに手をかざすと、PMCから個人IDが認証されたのか、緑のランプが点灯した。そして、軽快な音と共にスライドしたドアは、2人を家の中へ招き入れる。


「お邪魔しまーす」

「婆ちゃん、帰ったよ」

「おかえり、サイト。それにカケルくんもいらっしゃい」


 廊下の奥から顔を出したのは、小柄な老婆。赤いエプロン姿が特徴的で、齢80の彼女は、サイトの祖母――ウメ・クロイワ(黒岩 梅)だ。

 歳が離れており、女性であることから、サイトと似ているとは言い難い。しかし、その小柄な骨格は、2人が同じ血筋であることを感じさせる。


「ご飯の支度は済んでいるよ。すぐに用意できるけど、もう食べるかい?」


 夕飯にしては少々早いが、この時間に用意を済ませているのがウメの日課だ。

 サイトはどのように返事をするか、カケルに目配せをする。


「先に食べちゃおうぜ。その方がゲームに集中できるし、何より俺の腹が空いてる」


 昼食からあまり時間は経っていないが、カークと運動をしたこと、そして食べ盛りな年頃でもあるカケルの胃は、空腹を訴えていた。


「すぐに食べるよ。運ぶのは僕がするから、婆ちゃんは料理の準備だけお願い」

「はいはい」


 サイトは大学の荷物を素早く片付けると、そのままウメの居る台所へ直行した。その機敏さは、サイトにしては珍しく、目を見張るものがある。

 カケルは先にリビングへ向かうと、こたつの上に置かれている物を片づけ始めた。来客という立場だが、その手際は見事なものだ。それもそのはず、こうしてサイトの家で夕食を共にするのは、少なくとも週に1度は行われている、カケルの日課だからだ。


「今日はアリアちゃんは居ないのかい?」

「サークルがあるから、後で遅れて来るって」


 台所からは、そんなサイトとウメの会話が聞こえてくる。

 片付けを終えたカケルは、定位置でもある奥の窓側に腰を下ろした。

 背もたれの位置にはソファー。そして、こたつから見える壁には、天井に設置された投影機から映し出された、ホログラム映像が流れていた。今放送されているのは、ドラマの再放送だ。ウメが見ていたのだろうか。


「ここに来ると、帰って来たって気分になるんだよな。自分の家でもないのに」


 サイトの家は、カケルにとって居心地が良かった。立地や広さに関しては、誰もが憧れる1等地だが、中に入ると暖かみを感じる生活感に溢れている。

 リビングの至る所に散らかっている物の多くは、ハナエの仕事道具だろう。まさに、あの親にしてこの子あり。これでサイトの散らかし癖は、遺伝子レベルの問題だと証明された。


「あー……。今日も1日平和で、俺は万々歳だ」


 カケルは全体重を預けるようにして、ぐったりとソファーにもたれ掛かった。まさにリラックスの極みである。


「お待たせ。次のを運んでくるから、カケルは並べておいて。婆ちゃんは先に食べたって」

「はいよー」


 すると、サイトが夕食の皿を運んできた。そして、すぐにその足は再び台所へと戻っていく。

 普段もこの位、積極的に動いてくれれば、言うことは無いのになぁ。

 そんなことをぼんやりと思いながら、カケルはサイトの後ろ姿を眺めていた。

 サイトがこうして自ら動くのには理由がある。両親が共働きという環境、また、周りから厄介な性格だと扱われるサイトにとって、ウメは数少ない理解者だ。祖母と孫という関係だからこそ、距離感を尊重してくれる相手。サイトが幼い頃から、最も慕っている存在だ。


「ババコン」

「何か言った?」


 最後の皿を運び終わったのか、サイトがカケルの向かい側に腰を下ろした。その顔には「余計なことを言ってないで、早く飯を食え」と書かれているようにも見える。

 ウメは台所の傍にあるダイニングテーブルに座ると、お茶を入れてのんびりくつろいでいる。


「おー、今日は『鰯の梅煮』と『ほうれんそうの白和え』! 渋い、けど好き! いただきまーす!」


 カケルは嬉しそうに両手を合わせると、さっそくご飯を食べ始めた。

 そんなカケルの姿を見て、ウメはとても嬉しそうにニコニコと微笑んでいる。まさに作り甲斐があるというものだ。


「うまい! この手作り感がたまんないんだよなぁー、ホント貴重だわ」

「婆ちゃんの飯は最高だから」


 サイトの家にもあるが、ビルドイン型の自動調理機が普及したことにより、家庭料理の負担は遥かに軽減された。強いこだわりを求めなければ、世間一般で知られているメニューは、全自動で作ることが可能だ。

 デメリットとまではいかないが、反面、個性が失われつつあった。もちろんアレンジといった、調整機能は対応しているのだが、こうしてウメの手料理を定期的に食べるカケルたちは、何となくその違いを理解していた。

 今カケルが口に運んだ鰯がいい例だ。少し火の当たりが強かったのか、皮が剥がれてしまっている。こういった些細な誤差という物が、自動料理では目にすることが無い。


「カケルの昼食は、ビタミンと食物繊維不足。塩分は過多」


 ちょうど味噌汁を飲んでいたカケルは、思わず吹き出しそうになった。このタイミングで塩分過多と聞けば、せっかくの美味しい味噌汁が、気持ちよく飲めなくなってしまう。


「……サイト、また分析したな」

「してない。わざわざ分析しなくても、ラーメンならいくらでもデータがあるよ」


 分析とは、PMCの分析アプリを利用して、食材や料理などの成分分析をすることである。通常はデータベースからの逆引きをするだけだが、専用の測定器を利用すると、より正確にリアルタイムで分析することができる。

 測定器の仕様は、至ってシンプルだ。対象物への物理的接触と画像認識、それらの情報から計算された結果を、通信で送るというものだ。つまり、食材や料理に直接機器を刺す必要がある。

 過去にサイトの手に測定器が渡り、分析にドハマりしたとき、カケルは多大な被害を受けた。グサグサと無慈悲に穴のあいた料理しか口にできない。さらには、厳しい食事制限が設けられるという暴挙が、サイトによって繰り返し行われた魔の時期だ。

 最後に測定器を目にしたのは、カケルがオムライスを食べた時だ。手を付ける前の芸術的な卵に、測定器がぶっ刺された時、ついにカケルの堪忍袋の緒が切れたのである。それ以来、分析行為はサイトの悪癖として、固く禁じられているのだ。


「はい。鰯回収、ほうれん草もっと食べて」

「やめろ、やめろっ! 俺の鰯を取るんじゃないっ!」


 分析はしていないが、サイトは自分とカケルの皿から、容赦なく料理をトレードする。年頃の若者にとって、貴重なたんぱく源は、決して他者には譲りたくないものだ。


「あらあら、相変わらず仲良しねぇ」


 こたつを挟んで静かな攻防を続けるカケルとサイト。

 そんな微笑ましい2人を眺めながら、ウメは呑気にお茶を啜っていた。




「ご馳走様でした、今日も美味しかったです!」

「食器は流しに置いてくれればいいからね」


 ウメに食事を終えたことを告げると、2人は本来の目的であるゲームをするため、サイトの部屋へと向かった。

 サイトの部屋は、廊下の突き当りに位置している。中に入ると、リビング以上にたくさんの物がカケルを出迎えた。何処もかしこも本や工具が置かれており、勉強机は本来の役割が果たせない状態になっていた。


「あれれー、サイトくーん? 先週、俺がこの部屋を掃除しませんでしたっけ」

「そうだっけ? 記憶にないや」


 先週はあまりにも物が邪魔すぎて、ゲーム時間を返上してまでカケルは掃除に徹した。しかし、今やその面影もない。

 しれっと答えるサイトに対し、カケルは文句を言いかけた。しかし、今日こそはゲームをしたいという思いから、ぐっと感情を押し殺す。


「じゃ、始めるぞー。ゲーム機準備すっぞー」


 ガチャガチャ! と激しい音を鳴らしながら、カケルは床に散らばるサイトの私物を、容赦なく手で払いのけた。

 それを横目で見ていたサイトは、何かを言いたげに口を開いたが、今回ばかりは地雷だと思ったのか、何も言うことはなかった。


「此処にあった。起動して」


 サイトは机に置いてあった、球体状のゲーム機をカケルに手渡した。一見、カークが中庭で使っていた物と似ているが、大きさ異なることから、別製品なのだろう。

 カケルは、ゲーム機を部屋の中心に設置すると、電源をオンにした。すると、小さな駆動音と共に、部屋全体にゲーム機の映像が投影される。プラットフォームメニューなのか、前方の壁に色とりどりなアイコンが表示された。

 カケルは手渡されたコントロールを手にすると、『ファンタジー クロニクル』というゲームを選択した。

 今2人が遊んでいるのは、投影型のゲーム機だ。こうして専用機1台で、空間全体をみんなで共有することができる。主にファミリー向けゲームで利用されている。

 しかし、遊ぶゲームはこの類のゲーム機では珍しい、本格的なハックアンドスラッシュ系のオンラインゲームだ。こういったタイトルは、没入型のVRゲーム機で遊ばれることが多い。しかし、カケルたちは集まって遊ぶことを好むため、このゲームに辿り着いたというわけだ。

 ちなみに、操作方法も複数から選べる。没入型は直接脳派を受信するもの、投影型はモーションセンサーが導入されることが多い。しかし、このような狭い部屋でモーションセンサーを利用したら、互いにリアルで殴り合ってしまうため、旧式であるコントローラーを愛用していた。


「準備おーけー! じゃあ、行きますか」


 ゲームのアプリケーションが起動すると共に、部屋全体が一気にゲーム空間へと切り替わった。家具や大量の物が消えたわけではないが、上から無理やり投影すると、意外と違和感を感じないものである。サイトの部屋は、瞬く間にゲームに没入できる景色と化していた。

 今映し出されているのは、中世風の街中だ。スタート地点、もしくは前回のログアウト場所なのか、大きな石造りの噴水広場が映し出されていた。

 不規則かつ異質な動きをしているのは、おそらく他プレイヤーだ。噴水の周りにはたくさんのプレイヤーが集まっている。


「サイト、こっちこっちー」


 すると、落ち着きのない、飛び跳ね続けるキャラクターが1体いた。言うまでも無く、カケルの操作キャラクターだ。頭上に表示されるネームプレートには、「カケルン」と表示されている。

 カケルンは、軽装の男性。腰に小さな短剣をぶら下げているが、パッとしない地味さから、ゲームのキャラクターにしてはいささか貧弱にも見える。

 動きの激しいカケルンは、黒いフードローブを身に着けたキャラクターに対し、煽りとも思われるアクションをしきりに繰り返していた。どうやらその相手がサイトのキャラクターなのだろう。頭上には、「ブドウ糖」と表示されている。


「クエストを見てくる」


 ブドウ糖は、カケルンからの煽り行為に慣れているのか、スルーして酒場へと駆け込んだ。置いて行かれたカケルンの背中は、ちょっぴり寂し気だ。

 2人の居場所が離れたため、部屋の中央で画面が2分割された。サイトの方では、クエストリストと思わしきメニューが表示されている。


「期間限定のイベントクエストがあるみたい。どうする? 難易度は……簡単すぎるやつと、厳しそうなやつの2択だね」

「おいおい、なんで中間が無いんだよ。ついにこのゲームも過疎って来たか?」


 『ファンタジー クロニクル』は、リリースからすでに3年以上が経過している。長期運営に突入とも言えることから、当時はそこそこの人気があった。


「厳しそうな方にしようぜ。何度か挑戦すればクリアできるだろ」


 カケルンの要望に合わせて、ブドウ糖がクエストを受注する。すると、カケルンの画面上にも同じクエストが表示された。


「さぁーて、いっちょやりますか。まとめて蹴散らしてやんよっ!」

「調子に乗って、あまり前に出過ぎないでね」


 こうして、カケルンとブドウ糖の2人の冒険が、今、幕を開けた――。



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