シャルロットの恋話
カケルたちが去った後、中庭にはカークとマシュー、そしてシャルロットだけになっていた。
「それで、アリアの反応は?」
「かなり驚いておりましたが、理解は示してくださいました。あとは『頑張って』と仰っていましたわ」
アリアとの密談を終えた後、シャルロットを待っていたのは、勘が鋭いマシューからの質問攻めだった。シャルロットに逃れる術もなく、今はこうして観念している真っ最中だ。
この面子での付き合いも、かれこれ3年と長い。さらに、顔や態度に出やすいシャルロットだからこそ、カケルへの恋心は周知の事実だ。
「はぁー。なんで言っちゃったかなぁ」
一連の話を聞き終えたマシューは、呆れた声を上げる。今回のシャルロットの行動は、マシューとしては軽率だったという評価だ。
その反応は予想外だったのか、シャルロットは慌てて言い分を付け加えた。
「だって、アリアに黙っているなんて……。あのような話を聞いた後なら、なおさらですわ! お二方が幼馴染だからこそ、きちんと筋を通しておくべきだと思ったのです!」
根が真面目な、シャルロットだからこその意見。しかし時には、その素直さが仇になるとマシューは言いたかったのだ。
「かえってアリアを刺激しちゃったかもしれないよ? しかも旅行は年末でしょ。こんなに早くから、敵に塩を送ってどうするのさ」
マシュー曰く、異性で幼馴染という絶対的なポジションにいるアリアは、シャルロットにとっては友人であり、1番のライバルなのだ。
「仮にお二方の関係がそうなった場合、わたくしは心から祝福するつもりです!」
「もう! 恋愛において、そういう姿勢は最も駄目だって、いつも言ってるでしょ!」
真っ向から意見が対立するシャルロットとマシュー。こうなるとタイプは違えど、どちらも頑固だ。互いに意見を譲れないのか、睨み合っていた。
「いい? 恋愛なんて、奪ってなんぼの世界! シャルロットが思っている程、甘くはないの」
「おいおい、俺が居る前であまり物騒なことを言ってくれるな。後で面倒ごとは御免だぞ」
あまりにも過激なことを言い始めるマシューに、みんなの兄貴役であるカークは、慌てて待ったをかける。そして、「奪ってなんぼ……」と復唱するシャルロットに対し、訂正を入れていた。
「告白を決心したわたくしのこと、マシューだけは応援してくださると思っていたのに」
どうやらシャルロットは、勇気を出して決めた決断を、マシューに褒めて貰えると思っていた。しかし、真逆の反応が返ってきて、しゅんと項垂れた。
「応援しているからこそ、僕には前もって相談してほしかったなぁ~」
先ほどから、マシューがシャルロットに手厳しい理由は他にもあった。今までさんざん相談に乗ってきたにも関わらず、最後の最後で除け者にされてしまったのだ。つまり、いじけているのである。
「マシュー、そう責めてやるな。シャルロットが決めたことだ、周りがとやかく口を出すことじゃないだろう。それに、素直なのがシャルロット。だろ?」
あまりにもシャルロットが不憫だったのか、ついにカークが2人の間に割って入った。
「確かに、それがシャルロットの良いところだけどさぁ……」
カークの言う通りだった。周りがとやかく言うものではない。言い過ぎたことに気づいたマシューは、素直に反省した。
「じゃあさ、カークはどう思ってるの? この中だと、カケルくんと1番付き合いがあるでしょ? シャルロットの告白は、成功すると思う?」
落ち着いたところで、改めて本題に入った。
思わぬ飛び火に、カークは心底嫌そうな顔をした。普通の悩みならまだしも、女性の恋愛相談など、出来れば遠慮したい。口を挟んだことは失敗だったと、カークは早くも後悔した。
「俺よりもサイトの方が、圧倒的にカケルに詳しい」
「だって、サイトくんはこういった話題を嫌がるし。どんな答えでも僕は怒らないから」
なんとか質問を躱したいカークだが、困ったことに、こうなったマシューは梃子でも動かない。
この時、カークの脳内では膨大な情報量が処理されていた。
こういった恋愛相談をされた場合、選択肢は2つ。まず1つ目は、事実など関係なく相手をよいしょしてあげること。相手の求める答えを返すことで、波風が立たず、穏便に済ませることができる。
そしてもう1つは、友人を思いやり、忖度のない回答を返すこと。この場合は、確実に相手の反感を買うことは間違いない。下手をすれば、余計な地雷を踏みかねない、対女性としては間違いなく悪手である。
「ぶっちゃけ、どう? どうなの?」
「あー、そうだな……」
躱すことを諦めたカークは、真剣に回答を考え始めた。口に手を当て、しばらくの間、沈黙をする。
どう考えても、取るべき選択は1つだ。しかし、カークは思いの外、不器用な男だった。
「俺の予想は、2割ってとこだな」
それはカークが予想する告白の成功率。付け加えると、かなり甘く見積もった結果でもある。
「2割……。あははっ! 僕よりも辛辣な回答だよソレっ!」
その結果に、マシューは腹を抱えて笑い声を上げた。こうして見ていると、本当に応援する気があるのか疑わしいものである。
「そんなにも、わたくしの望みは薄いのでしょうか……」
当然、ショックを受けたシャルロットは、今にも泣き出しそうだ。
「あ、あくまでも、俺の一意見だからな。正直言って、カケルは『読めない』。こういった類のことを隠すのは、本当に上手いからな」
慌てたカークの口から語られたのは、思いもよらぬカケルの一面だった。
男性の友情にもいろいろな形がある。確かにカークとカケルは仲が良く、共に行動する時間は長い。しかし、とてもドライな間柄なのだ。だからこそ、カークはカケルと気が合っているのかもしれない。
「それわかる! でも、僕たち大学4年生だよ? なのに、あのカケルくんに彼女の1人も居ないなんて、おかしいよね」
カケルが分かりにくいという意見には、マシューも強く同意を示した。それに、今までカケルに浮いた話が無いことには、疑問を抱いているようだ。
「勉強が忙しかったというのはあるけどな。ここに居る全員がそうだろう? カケル自身も就職が決まるまでは、『余裕が無い』とよく口にしていたしな」
「本当にそれだけかな? とは思っちゃうよ。深読みしすぎなのかもしれないけど」
カケルもマシューと同じく、社交性は高い。幼馴染という牽制材料を持ってはいるが、中にはそれを越えてでも、カケルに言い寄る女性が居てもおかしくないというのがマシューの見解だ。
「意外でしたわ。男性のお二方から見ても、カケルには謎が多いのですね」
シャルロットがぽつりと呟いた言葉に、カークとマシューは目をぱちくりとさせてお互いに見つめ合った。
謎が多い。確かに本音が読みにくいという意味では、2人の中でカケルは曲者の部類には属している。
「まぁ、悪いってわけではないんだがな」
「そうそう。でも、カケルくんの昔話を聞いて、なるほどなーって思うところはあったかな」
この年齢になっても、幼馴染という関係性を続けているカケルたちは、正直言って珍しい。それに、カケルが年の割に色恋ではなく、幼馴染や友情、そして身の回りのことを優先している理由としては、納得のいくものがあった。
「カケルくんが『アリア、命!』とかだったら、相当わかりやすかったんだけどねー」
人差し指を立てて、カケルの声色を真似しながら叫ぶマシュー。
カークとシャルロットは、そんなカケルの姿を想像して、それはそれでどうなのか。と口を閉ざした。
「特に、あの2人の関係は謎めいているからね」
すると突如、マシューはその表情を急に真剣なものへと切り替えた。
「2人とは、カケルとアリアのこと……ですわよね?」
「そうだよー。一度、カケルくんに『アリアに彼氏が出来たらどう思う?』って聞いてみたことがあるんだよね」
マシューのその発言は初耳なのか、シャルロットだけではなく、カークも意外そうな顔をして、その話題に聞き入っていた。
「カケルくん、なんて答えたと思う? 『あぁ、いいんじゃないか』って、それだけ。その一言だけだよ!?」
「これまた読めないんだー!」と、まるで錯覚映像でも目にしているかの如く、マシューは頭を抱えて絶叫していた。
マシューとの一連のやり取り、そしてカケルのさらっと返答する顔も、カークとシャルロットには安易に想像できてしまった。まさに、それこそがカケルの曲者な部分だ。
「ところで、シャルロットはどうして急に告白なんて言い出したの? やっぱり卒業後のこと? 向こうに帰ったら、縁談の話が進められちゃうの?」
ここでマシューは話題を、シャルロット本人のことへと切り替えた。シチヨウを卒業してから、シャルロットが歩む将来に関してだ。自由恋愛が一般的な時代ではあるが、元王族ともなれば、未だに縛られているのかもしれない。
「いえ、すぐにそういった話はございませんわ。しかし、いずれそうなることは否定はできませんわね」
質問を投げかけた側ではあるが、まさかの回答にマシューは言葉を失った。
しかし、毅然とした態度で答えるシャルロットの姿は、まさに未来の王女とも言える威厳を保っていた。
「卒業……は、確かに大きなきっかけではあります。今年4年生になって、その現実が目の前に感じるようになりましたし。ですが――」
シャルロットは長い睫毛を伏せ、その眼差しはどこか遠い一点を見つめていた。
「それ以上に、伝えておかないと。という不思議な感覚になりましたの。勘……というものでしょうか。今伝えておかなければ、わたくしは後悔する。そのように感じたのです」
「変な話ですわよね」と、まるでシャルロット本人も理解できていないような、困った笑みを浮かべながら理由を告げた。告白というものに緊張も感じているのだろうが、重みのあるその言葉に、カークとマシューはただ彼女を見つめることしかできなかった。
「心から応援するよ、シャルロット。この件に関しては、僕はアリアではなくシャルロットの味方だから!」
「そうだな、アリアにはカケルとサイトが居るからな。俺も今回はシャルロットを応援しよう」
幼馴染という関係性は、他者からすれば割って入れない大きな壁だ。だからこそ、今だけはこの小さな友人の肩を支えてやろうと、カークとマシューはシャルロットに思いの丈を伝えた。
「とても心強いですわ。本当にありがとうございます」
ホッと胸を撫でおろすようにして、今度こそシャルロットは、心からの笑顔を浮かべていた。
「安心してね。振られたとしても、僕たちがシャルロットを慰めてあげるから!」
「おい、その一言は余計だ」
マシューはシャルロットに向けてウインクをすると、その親指を高らかに立てた。
励ましにしては、いささか縁起の悪い言葉に、シャルロットはその細い唇を引き攣らせる。
「あら。どうしてわたくしがフラれる前提で、話が進んでいるのかしら? まだ結果はわかりませんわよ?」
小さなジャブを打ち合うマシューとシャルロット。この光景こそが、2人の「いつも通り」だ。
「そうだ。将来、シャルロットが変な奴と結婚させられそうになったら、僕が迎えに行ってあげるよ」
マシューの意外な申し出に、シャルロットは目を丸くして何度か瞬きを繰り返す。そして今度は困ったように眉をひそめていた。
「お気持ちは嬉しいのですが、貴方はもう少し自分の家柄を自覚してくださいませ。それこそ、わたくしの家がパニックを起こしますわ」
ハワード家の1人息子が元王族の娘を攫ったとなれば、その噂は世界中に広まってしまうだろう。縁談の破談どころではなく、新たな波乱が生まれかねない。
仮に、マシューがシャルロットを掻っ攫いに来るとなれば、その姿は、普段からは想像できない勇ましい姿なのか。はたまた、シャルロット自身よりも美しく、花嫁に相応しい姿なのか。
どちらにせよ、それはそれで面白そうだと、柄にもなく不謹慎なことを考えながら、シャルロットはくすりと笑いを零した。