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スリィ×プラネット~幼馴染のためなら俺は宇宙すら翔ける~  作者: 犬鴨
第一部 カレッジ・シチヨウ
11/41

不知火アリア

「えーっと。アリア、いつからそこに……?」


 おずおずと気まずそうに振り返るカケル。すぐ後ろには、先ほどの発言がよっぽど気に入らなかったのか、不機嫌そうに眉をひそめたアリアが立っていた。


 アリア・シラヌイ(不知火 アリア)。カケルが話していた昔話の主要人物、そして、カケルとサイトの幼馴染だ。

 その丸く形の良いストレートボブは、昔から何一つ変わっていない。しかし、よく見ると、後ろ髪が長く伸びていた。大きな三つ編としてサイドで束ねられ、清楚な白いブラウスに垂れ下がっている。可愛らしさの中に、大人びた雰囲気が混ざっているのは、あれから10年の時が経過したことを表していた。


「カケル。あの時のこと、まだ自分の責任だって思っているの?」

「いや、それはだなぁ……。ん?」


 アリアは有無を言わせぬ口調で問い詰めた。凜とした瞳が、カケルを捉えて離さない。

 一方、カケルは気まずそうに視線を泳がせていた。アリアに見つめられるのが苦手なのは、昔から変わっていないようだ。

 しかし、そんな気まずい雰囲気を物ともせずに、不意にカケルの肩を掴む者がいた。


「カーク?」


 カークは無言で、カケルをじっと見下ろしていた。しかし、言葉を発さずとも、その顔がカケルに何かを訴えているのは明らかだ。

 カケルは、カークが言いたいことを理解したのか、すぐに「あぁ!」と頷いた。


「バスケな! これ以上、待たせるわけにはいかない。今すぐ始めるぞ!」


 どうやらカークは、約束のバスケを早急に始めたかったようだ。度重なるお喋りに、ついにカークの体は我慢の限界だった。


「隙ありッ!」


 カケルは俊敏な動きで、カークからボールを奪った。そして、ドリブルをしながら一目散に走って行く。

 カークもすぐにカケルを追いかけるかと思いきや、落ち着いた様子で、ポケットから球体状の機械を取り出した。カークはそれを地面に設置すると、カケルの居る場所へと走り出した。

 しばらくすると、丸い球体から少し離れた位置に、ホログラム映像が投影される。白い電子表示で映し出されたのは、疑似バスケットゴールだ。


「話の途中だったのに」


 アリアが溜め息をついた。カケルが逃げたのは一目瞭然だった。


「あらあら、逃げられたわねぇ。男の人って、どうして美人に睨まれるのが苦手なのかしら?」


 そんなアリアの肩に手を当て、落ち着いた口調で話す女性。彼女も今し方、アリアと共に合流した1人だ。

 女性の名前は、フィオナ・クルス。ウェーブがかかったクリーム色の髪が、ふんわりと揺れ動く。横に流した前髪から覗かせる、太めの眉が特徴的だ。その穏やかな雰囲気から、恐らく彼女は、みんなのお姉さん的な存在なのだろう。カークが男性陣のまとめ役だとすれば、まさにフィオナは女性陣のそれだ。


「あのカケルくんでも、アリアには頭が上がらないみたいだね」


 マシューの発言に、アリアは困ったような表情を返した。


「アリア。その後、お身体の具合はよろしいのですか?」


 心配気にシャルロットが問いかける。なんせカケルの話だと、アリアは心肺停止の状態で見つかったのだから。


「回復に時間はかかったけど、今は見ての通り大丈夫。心配してくれてありがとう」


 アリアは事件の後、長期にわたり入院や、リハビリに費やす時間を強いられた。しかし、今となっては、それも遠い過去の話だ。

 アリアは周りを安心させるため、その後の体調に問題がないことを笑顔で伝えた。

 しかし、何故かシャルロットの表情は、今もずっと曇ったままだ。気まずそうに、しきりに手元を見つめていた。


「シャルロット、どうかした?」

「い、いえ。なんでもありませんわ!」


 アリアの問いかけに、シャルロットは慌てて首を振る。そして、誤魔化すような態度で、バスケをしているカケルへと視線を送っていた。




「改めて思うが、すごい集りだよなぁ」

「何が?」


 カケルは、ボールを所持しているカークに対し、フェイントをかけながら話し始めた。

 一見、身長差からカケルが不利に思えるが、持ち前の俊敏さで意外といい勝負になるようだ。現にカークは、苦戦しているのか、ゴールに辿り着けずにいる。


「成績の優秀さだよ。もちろん、約1名を除けばだけど」


 すると、カケルの発言に対し、間髪入れず「聞こえてるよー!?」とマシューの突っ込む声が、辺りに響き渡った。


「あぁ、サイトのことか?」

「いやいや、お前も含まれてるから!」


 サイトは学年1位。それは言うまでもない事実だ。しかし、カケルが言いたかったのは、この場に居る全体の成績に関してだ。

 まず、カケルが突っ込みを入れたカークだが、実は上位5名には入っている。カークは一般家庭、それも、たくさん兄妹がいる大家族の長男だ。本来であれば、一般の大学に進むはずだが、あって無いに等しい一般公募枠を、見事に勝ち取った1人なのである。


「俺も超頑張ってるんだけどなー。お前らのせいで、目立たないったらなんの!」


 カケルが怒りをぶつけるようにして、カークの背丈をも超える、3ポイントシュートを放った。しかし、ボールはゴールの端をかすめただけで、虚しくも遠い位置へと転がっていく。

 カケルも幼い頃から成績は優秀だ。勉学に対しては真面目で、努力も怠ったことはない。しかし、優秀を遥かに超える「天才」が身近にいることで、その存在は薄れてしまいがちだ。

 ちなみに、カケルとアリアの成績順位は同等程度である。どちらかが優勢などはなく、テスト毎に上下が入れ替わるほど、その差は均衡していた。


「俺としては、お前らの家柄が凄いと思うけどな」

「あぁ、それは言えてる。化物級がわんさかいすぎ。密になりすぎて、誘拐されるんじゃないかって心配になるわ」


 カケルは腕を組みながら、首を上下に振り、うんうん。と強い同意を示した。しかし、その隙にカークは、カケルの横をすり抜け、華麗にゴールを決めていた。さすが成績上位5位、容赦ない。


「カケルの家も十分すごいだろう。親父さんがUTEのお偉いさんだしな」

「何言ってんの? これまたすぐ隣には、A-TECの社長令嬢だよ? 俺の家なんて、月とすっぽんだわ」


 カケルは自分の話題には一切触れず、受け取ったボールをバシバシと叩きながら、激しく否定する。苦労してきたのか、その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。


「まぁ、確かに。アリアと比較すればな」


 アリアはA-TECの社長令嬢だ。先ほど昼のニュースでも取り上げられていた、あのアキラの1人娘でもある。マシューの家も凄いが、社会への影響や認知度で言えば、間違いなくこの中ではアリアの家が断トツだろう。

 カークは恐る恐る、アリアへ視線を送ると、「私も普通よぉ。一般人の仲間ね」と、今度はフィオナがこちらに手を振っていた。


「本日2度目の……隙ありッ!」


 カークがよそ見した瞬間を、カケルは見逃さなかった。その横を素早く抜けると、ゴールに向かってゴールを放つ。しかし、カケルは気付いていなかった。背後から猛烈な速度で忍び寄る、怪しげな存在が居たことに。


 ベシンッ!


「んなっ!?」


 カケルの投げたボールは、飛び出した謎の白い物体によって、弾き飛ばされてしまう。残念ながら、カケルはまたもや得点の機会を逃してしまった。


「な、なんだこのロボット。どこから来た?」


 突如、現れた白いロボットは、カケルのゴールをブロックできたことが余程嬉しかったようだ。まるで嘲笑うかの如く、カケルの周囲を回っている。ロボットには、4本の脚が付いていた。本物のような愛嬌は一切無いが、その骨格はまさに犬と同じだ。


「止めなくても入らなかったけど。右に15度もずれてたし」


 すると、ロボットは走ることを止め、今度は唐突に喋り始めた。しかも、その内容は実にふてぶてしい。マイクを通しているからか、多少声色は変わっているが、それが誰の声であるかは明らかだ。


「その声はサイトだな。ちくしょう! 俺の華麗なゴールを阻止しやがって」


 サイトは律義にも約束を覚えていたらしく、こうして中庭に顔を出しに来たようだ。


「そういえば、ドローンって言ってなかったか?」


 カケルの目の前に居るのは、どう見ても飛べそうにない犬型ロボットだ。


「ドローンだよ。こう見えて、飛行機能付き」


 すると、ロボットの平らな背中部分がぱっくりと開いた。そこから現れたのは、翼部分となる折り畳み式のローターだ。すると、辺り一帯に「ブーン」と異音が鳴り響く。その耳障りな音は、夏の夜に誰もが1度は遭遇したことのある、あの害虫の羽音とそっくりだ。

 そして、ついにロボットは空へと舞い上がった。しかし、大きなローターに支えられながら、力尽きたように、ぐったりと垂れ下がる胴体と脚。その光景は、猛禽類に捕らえられた草食動物を連想させる。


「うわぁ、きっつー……」

「これは……。なんというか、変わったセンスだな」


 その何とも胸が痛くなる光景に、カケルとカークは微妙な声を上げた。


「あー、どれどれ?」


 すると、カケルが、ふよふよと浮遊するロボットもといドローンを、素早い手つきで捕まえた。


「思った以上に軽いな」


 そのまま両手で持ち上げると、構造を確かめるようにして、左右上下と傾けてながら眺めていた。


「待って! あまり乱暴にしないで。軽量化の都合で、装甲は発泡スチロールだから」


 ごそっ……。

 ドローンの中身が、傾けた装甲にぶつかった。まるで本物の臓物のようで、カケルはそっとドローンを手離した。


「ところでカーク、僕を呼び出した要件は何?」


 カケルの手から無事に生還したドローンは、奇怪な飛行を続けながら、今度はカークに近づいて行く。

 カークはその言葉の意味が理解できないのか、カケルに助けを求める視線を投げかけていた。


「午前中、カークが俺に伝言を頼んだだろ? 『たまには中庭に顔を出せ』って。あれをそのまま伝えたら、こうなった」

「あぁ、なるほど……。いや、待て。おかしいだろう」


 カークは事の流れについては理解した。しかし、その結果、このドローンが現れたことにはさっぱりだ。言うまでも無く、カークがサイトに伝えたかったのは、一般的なコミュニケーションにおける申し出。つまり、「たまには顔を突き合わせて言葉を交わそう」「外で体を動かすことも大事だぞ」そういった意味が込められている。


「捻くれてんだよ。うちの子は」


 珍しく狼狽えるカークの姿に、カケルは思わず吹き出した。そして、そのままカークとドローンを放置して、みんなが集まっているベンチに向かう。すぐに後ろから、「どうにかしてくれ」と助けを求める声が聞こえてくるが、カケルはあえてそれをスルーした。


「アリア。今日の夜はサイトの家で集まるけど、来るよな?」


 カケルは再度ベンチの方に駆け寄ると、アリアに声を掛けた。内容は放課後の集まりについてだ。


「うん。でも、この後サークルに顔を出す予定だから、少し遅くなるかも」


 アリアとフィオナはテニスサークルに所属していた。2人とも4年なので既に引退しているが、こうして時間の合間に、後輩たちの練習を覗きに行くのが日課となっている。

 テニスサークルは、夏から始まる予選に向けて、今が一番ホットな時期だ。その上、新入生が入ってきたばかりということもあり、引退したメンバーでも人手は大歓迎である。


「りょーかい。じゃあ、夜にな。俺はそろそろサイトの所に戻るわ。あれも止めてやらないとな」


 いつものことなので、カケルは簡潔にアリアと約束を交わすと、その場にいる仲間内に別れを告げた。

 ちなみに、カケルが言う「あれ」とは、今まさにドローンにしつこく追いかけられているカークのことだ。


「カケルくん、もう行っちゃうの? 寂しくなっちゃうなー」

「これでもかっていうくらい、毎日会ってるだろ。それに俺たち通学組は、帰宅という行程があるんだよ」


 わざとらしく悲しい仕草をするマシューを、カケルは冷たく突き離す。

 平日に限られるが、ほぼ毎日といえるほど、こうして集まっているのは事実だ。そして、通学組とはカケル、アリア、サイトの3人のことで、それ以外は寮生活である。


「いいじゃん、実家暮らし。天国だよ!」

「どの家にも世話係が居ると思ったら、大間違いだぞ。おっと、もう行くわ。またな!」


 まんまと長引かされていることに気付いたカケルは、隣に居たシャルロットに挨拶をすると、逃げるようして走り去った。


「私たちもサークルに行きましょうか。午後の練習が終わって忙しくなる頃だし」


 丁度いい頃間と判断したのか、フィオナもアリアに声を掛ける。

 アリアもそれに同意すると、2人は運動場へ向かうため歩き始めた。その時――。


「お待ちください、アリア。2人だけで少しお話ししたいことが。よろしいですか?」


 すると、声を掛けたのはシャルロットだった。アリアが頷いたことを確認すると、シャルロットはフィオナに「すぐに終わりますので」と一言掛ける。そして、アリアを連れて、ベンチから離れて行った。


「シャルロットがアリアに? 珍しいわねぇ。詮索はあまり良くないけど、何の話かしら?」


 仲間内の中でも、それぞれ好みや相性というものは存在してる。仲が悪いというわけではないが、アリアとシャルロットが2人きりになることは少なく、共に行動するときは、女性陣としてフィオナが一緒にいることが多い。

 そういったこともあり、フィオナが不思議そうな反応を示すのは、決しておかしなことではなかった。

 マシューも同じ意見なのか、2人の後ろ姿を珍しそうに見つめていた。


「もしかして、もしかするかもしれない……」


 すると、口に手を当て、深刻な表情をしたマシュー。その口からは、何やら意味深なことが呟やかれていた。




「この辺なら、誰も居ませんわよね」


 あえてみんなが居る場所から離れたシャルロットは、辺りに人影が居ないか確認する。さらに奥へと移動したため、誰の姿も見当たらない。

 いつにも増して、慎重な様子のシャルロットに、アリアは何の話をされるのか見当もつかなかった。


「卒業旅行の件は知っていますわよね? その、残念ながらアリアはご一緒できないですが……」


 仲間内で予定されている卒業旅行の参加者だが、「あと1名」とはフィオナのことである。つまり、アリアは不参加なのだ。出来ることならば、アリアも参加したかった。しかし遠方、かつ長期外泊などの理由から、家の許可が下りなかったのだ。


「家が厳しいから……。でも、シャルロットとフィオナが最後まで頑張ってくれたのは、本当に嬉しかった」


 いつも以上に交渉を粘ったが、最後まで許可を得ることは叶わなかった。こういった時、社長令嬢という肩書きは実に厄介だ。

 参加が出来ないことの辛さは、シャルロットも重々理解している。フィオナと共に女性代表として、何度かアリアの家を訪ねては、説得することに手を貸していたこともある。


「ご存知かと思いますが、わたくしは大学を卒業したら、すぐに実家に戻らなければなりません」


 すると、シャルロットが切り出したのは将来のこと。シャルロットの実家はヨーロッパ圏に位置する。つまり、今までのように気軽に会うことは出来なくなるのだ。


「だから、悔いを残さないよう、自分の気持ちを伝えようと思っていますの」

「え?」


 気持ちとは何か? アリアは驚いた様子で、小さな声を零した。

 すると、シャルロットは体の前で、拳を握りしめた。そして、真剣な眼差しをアリアに向ける。


「わたくし、フロントラリーでカケルに告白します」


 シャルロットは、固く決心したその言葉を、アリアへと言い放った。



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