最終決戦① side アデリーヌ
「一体どうなってるのよ!」
アデリーヌは馬を走らせながら苛立ちを露わにする。
ここまで来るのに、長い時をかけた。
好きでもない男と寝て魔力を吸収し、ひたすら力を溜めてきた。それだけ綿密に計画を練ってきた甲斐あって、あの四天王を相手に互角の戦力を見せることが出来た。
いや、初めは魔道具のおかげでこちらの方が優勢だったのだ。
なのに、魔王城に強力な結界が張ってあり、城内に攻め入る事ができなかった。
優勢だった戦況は、戦慣れした魔王軍を前に、徐々にこちらの体力と気力が目減りして劣勢に傾いた。
仕方なく、とっておきの生物兵器を使用した所、何故か魔王軍には効かず、アデリーヌ側の末端の兵士達が感染して倒れた。
一体どういうことなのかと魔法士達に聞くと、アデリーヌ達が施している感染防止対策と同じように、魔王軍の一人一人の体にも結界が張られていると言われたのだ。
どういうことだろう。
まるでこの兵器が使われる事を知っていたかのような用意周到ぶりである。その武器の開発と用途を知っている者はアデリーヌを含め数人しかいない。
しかも全員亡き夫の忠臣だった。
誰かが裏切ったということだろうか?
それ以前に、この国には結界が張れる光属性の魔力を持つ者なんていなかったはず。
一体誰がこんな強力な結界を張ったのか。
「…私の予想ですが、あの結界を張ったのは魔王が保護して寵愛してたとかいう人間の女では?」
キースが険しい顔をしながらアデリーヌに見解を述べる。
「ああ、魔王の寵姫だった小娘…?あのレティシアって子の情報は魔王達の守りで最低限しか調べられなかったわね。まさかこれほどの高魔力保持者だったなんて…っ」
許せない。
あのレティシアとかいう女のせいで、長い時をかけて練り上げた計画か頓挫してしまう。
亡き夫と子供の無念を晴らす機会をなくしてしまう。
先程、諜報の者からスタンピードを起こした森で魔王を見かけたという知らせを受け、アデリーヌは呆然とした。
確実に殺す為に部下を使って隠密に動いたのに。
魔王が吐血して倒れる所を、アデリーヌは部下の目を通してちゃんと映像で見たのだ。
あの兵器は感染後、5日以内に死亡する。
魔力が高ければ高いほど細菌の餌となり、進行が早くなる。だから魔王はもう死んでいるはずなのだ。
なのに、何故生きている?
あの細菌は光魔法では治せない。そもそも病は魔法では治せないのではないのか?
それなのに何故あの男が生きている!
あまりの苛立ちと湧き上がる憎悪に、アデリーヌの噛み締めた唇から血が流れていた。
「アデリーヌ様!前方の様子がおかしいです!」
キースが慌てたように馬の速度を下げ、アデリーヌもそれに合わせた。
ドン!!という激しい爆発音と共に、仲間の兵士達が空に舞っている姿が見える。
それを合図にあちこちで火柱や衝撃波などが飛び交い、剣を交わす音や馬の鳴き声、怒号や悲鳴などが聞こえて来る。
「奇襲!?」
「アデリーヌ様!迂回していきましょう。森を右手に抜ければ草原に出られます。そこから一気に馬で飛ばして魔王城に行けばスタンピードと奇襲隊のせいで今は守りが手薄になっているはずです!魔法士達に殿を任せましょう」
「分かったわ。皆に伝達お願い」
絶対に、最期まで諦めない。
イグレシアスと子供の仇を取る。
アデリーヌの脳裏に、愛する夫の面影が浮かぶ。
王弟という高貴な身分でありながら、アデリーヌと同じように愛を知らなかった男。
上級魔族と下級魔族。
本来なら結ばれることのない2人。
たまたまアデリーヌが住んでいた町に視察で来ていたイグレシアスが、道で大怪我をして死にかけている女を拾った。
それがアデリーヌだった。
人間の母からも、魔族の父からも疎まれたアデリーヌにとって、イグレシアスは初めての優しさと、誰かを愛する気持ちと、愛される喜びを教えてくれた男だった。
彼はアデリーヌの全てだった。
この世で一番大事な男を、ヴォルフガングが奪った。
彼から何もかも奪い、命までも奪った憎き男。
ホントなら・・・血筋でいうならイグレシアスが魔王だったのだ───。
本来なら前魔王と前王妃の息子である正統な血筋のイグレシアスが王座に座るべきだったのに、魔力量が僅かに及ばなかっただけで庶子のヴォルフガングが魔王になった。
イグレシアスは王位争いで負けたのだ。
そして最後に、憎しみに飲まれて散ってしまい、アデリーヌはそのショックで、お腹の子を失った。
処刑されてしまった彼の悲しみを、
無念を思うと、アデリーヌの瞳に涙が滲む。
「イグレシアス・・・」
自分に愛を教えてくれた男。
混血魔族の不遇な環境を救ってくれた男。
彼とお腹の子さえアデリーヌの側にいてくれたなら、他に何もいらなかった。2人を死ぬほど愛してたのだ。
ヴォルフガングだけはどうしても、
許すことができない───。