ゲームとは似て非なる世界
抱っこ紐で揺られること数十分、ルイスと思う存分遊んだアレクは、疲れたのか割とすんなりお昼寝してくれた。
これからルイスも含めての会議なので、国王の執務室へ向かう。
抱っこ紐のおかげでアレクの赤ちゃん返りは大分落ち着いてきている。母子の密着時間が増えたので、徐々に以前の明るいアレクに戻りつつある。
もっと長引くかと思ってたから、本当に良かった。
抱っこ紐万歳。ただ、商品化するにはまだまだ改良が必要。私は強化魔法が使えるので全身にかければ2歳のアレクでもずっと抱っこしていられるけど、属性の問題で強化魔法が使えない人には厳しいと思う。
商品化するには魔法陣を付与して風魔法とかで重力を調整するか、強化魔法を仕込んでおくとか、何かしら長時間の抱っこに耐えうる対策は必要になると思う。
その辺を早くアドラやザガンに相談したいな。
「――――魔王も、皆も…大丈夫かな…?」
窓から遠くの景色を眺めて小さく呟いた。
魔王達がガウデンツィオに戻ってからまだなんの連絡もない。戦っているのだからそんな暇などないのはわかってるけれど、それでもどうしても気になってしまう。
私が残した結界と、治癒の魔石は役に立っているだろうか?
治癒の魔石は民の分まで賄えるくらいの量を作った。
オレガリオでは魔石は輸入品で高級なモノだったけど、山岳地帯の中にあるガウデンツィオでは身近で採れる産業品だった。
あの国に亡命してから、魔王軍の魔族達に自分の有益性を認めてもらう手段として取ったのが、治癒の魔石作りだった。
魔族の国に光属性の魔法を使える者はいない。
だから毎日コツコツ作って、国の有事に使えるようアドラ達に効果を見せてアピールしたのだ。
異世界での知識と国防に関わる事で、私は魔王軍での居場所を確立した。それには魔王とヴォルフの支えがあったからだけど。
私がオレガリオから逃げ、ユリカが巫女を下ろされた。そして元国王に捕らえられていた魔族達も解放された。
あとは平穏な暮らしに戻れると思ったのに、まさかの魔王ルートの内乱イベント発生。
あの怖い女神が言っていた通り、この世界観自体が統治するのに向いていないのだろう。多分お花畑なポンコツ女神は、あの怖い女神が統治する世界を見て、乙女ゲームを見つけたのかもしれない。
それを深く考えず、自分の能力を過信して世界を再現してしまったのではないだろうか。
もう確認の取りようがないけれど。
ここから先はもうゲームとは関係ない。
二次元から生身の人間になった以上、シナリオ通りに話が進むわけないのだ。
顔と立場と性格が似ているだけで、それぞれが自分の意思のもとに行動している。プレイヤー関係なく、それぞれの人生を歩いている。
それを考えると魔王ルートの内乱も、彼らが歩いてきた人生の中で起こるのは必然だったのかもしれない。
本来なら女神と巫女が連携を取ってハッピーエンドに持っていけるはずだったのに、召喚した巫女が恋愛に溺れて役立たずだったために、世界滅亡を防ぐフラグを一つも回収できず、魔族の人身売買と迫害でブチ切れた魔王に敗れた。
それが、ゲームとは違うこの世界での真実なんだろう。
外側から見れば、オレガリオが悪だったのだ。
それくらい元国王の犯罪は残酷で、許されるものじゃない。だから厳しく裁かれた。
この現実の世界で、巫女がゲームヒロインのように役目をちゃんとこなしていれば、恋愛に溺れなければ、もっと早く、元国王の悪事を止められたのかもしれない。
女神も消えず、魔王が切れて皆が死ぬ事もなく、消滅の危機に晒される事も無かったのかもしれない。
でもポンコツ女神の失敗が無ければ、私や御曹司の魂はこの世界に転生していない。
今の私達はいなかった。
そして、アレクも存在しなかった。
───それを考えると複雑だ。
そしてキリがない。
一体、何が正解だったのだろう。
◇◇◇◇
「よく眠っているね」
「ええ。陛下と沢山遊んで満足したみたいですよ」
「それは良かった」
国王の執務室の一角に、アレクが大の字で眠れるくらいの3人掛けソファをセッティングしてくれていたので、その上に寝かせて寝顔を眺めた。
口を開け、ヨダレを垂らして寝ている我が子の寝顔に、思わず二人でクスクスと笑ってしまう。
話合いの声でアレクが起きてしまわないよう、アレクの周辺に遮断魔法をかけた。
「では陛下、お話を聞いていただけますか?」
「ああ。私からも伝えなくてはならない事がある」
国王の執務室にある応接セットは重鎮達が会議を行えるように、長い机と椅子が並んでいる。
そこに私と両親、ジュスティーノ第二王子。向かいの席にルイスと王太后様が座っている。
あの側近達はどうしたのだろうか?
疑問が顔に出ていたのか、ルイスが苦笑する。
「まだ後処理に追われていて新しい宰相や側近達が決まっていないんだ」
「エバンス達はどうされたのです?」
「ああ・・・、彼らには雑務を片付けてもらっているよ。スタンピードの時の彼らは本当に役に立たなかったからね。挙句に君に無礼を働いたそうじゃないか。せっかくユリカの術が解けたというのに、未だに正しい状況判断が出来ていないんでね。側近から外したんだ。今は代わりとして彼らの父親達に頑張ってもらっている所だよ」
え、あの幼馴染達を切ったの?
ルイスにしては厳しい判断だけど、先日の彼らを思い出すとムカムカするので自業自得だとも思う。
これから国を立て直そうという時に、先入観でしかものを見れない者は内政を乱すだけだ。
ルイスは恩赦を与えられたに過ぎず、罪人の血縁者である事は変わらない。この国の存続の為に、失敗は許されないのだ。
今後は為政者として、非情と言われようが不安材料は取り払わなければならなくなるだろう。
「まず私からいいだろうか。前アーレンス公爵夫妻やレティシア嬢にとっては不快な話になってしまうと思うけど・・・」
ルイスは困ったように眉尻を下げながら前置きをし、再び私達に視線を合わせる。
「昨夜、ユリカが地下牢から脱走した」
「「「は?」」」
両親と従兄弟の眉間に皺が寄る。
私は早朝に女神に聞いていたので驚かなかった。
「君達に散々危害を加えた者にも関わらず、こんな事になって申し訳ない。今全力で探しているんだが、手がかりが何もないんだ」
「どういう事です?」
父が険しい顔でルイスに問う。
「忽然と姿を消したんだよ。牢を抜け出した痕跡も、魔力残滓もなく、ユリカだけ消えたんだ」
「転移したなら魔力残滓があるはずだよな。見張りの者が嘘をついている可能性は?」
従兄弟がルイスに問うと首を横にふる。
「最初にそれを疑って見張りの者に自白魔法をかけたが本当に何も知らなかった」
「当たり前よ。ユリカは女神に連れ去られたんだもの。神力を使ったのだから魔力残滓なんか残るはずがない」
「「「「「え!?」」」」」
「ユリカは女神によって元いた世界に戻されたわ。もうこの世界にはいない」
「レティ?何を言っているんだ?」
父がわけが分からないという顔をして私を見た。実は神聖魔法の件はまだ話していなかった。
裁判前で皆忙しそうにしていたし、アレクの精神的ケアで私もそれどころじゃなかった。
魔王達にも、オレガリオに狙われるかもしれないから落ち着くまで黙ってろと言われたしね。
でも、あの力を目撃したはずのルイスや王太后様は私の力を取り込もうとする動きは見られなかった。
それに、ルイスはアレクが悲しむ事は絶対にしないと約束してくれたから、私に危害は加えないはず。
2人を、信じてみてもいいと思っている。
そして私は、その場にいる皆に2人の女神とのやり取りを全て話した。
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◆魔力なしの愛されない伯爵令嬢は、女神と精霊の加護を受けて帝国の王弟に溺愛される。
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