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通じ合うオタクの心




婚約解消がなされた同日、深夜────。




「あ~美味しかった!ありがとうレティシア。元気出たよ。今日はもう遅いから泊まって行きなよ。僕は徹夜で仕事しなきゃいけないからもてなせないけど、この邸ムダに広いから好きな客室使っていいよ」



今日会ったばかりの男の家に泊まるなんて淑女としてはしたないけれど、こんなんでも推しキャラで情報は網羅しているから知らない男な気がしないのよね・・・。


それに中身はトラバサミに引っかかってベソかくような軟弱な男だから襲われる心配はないだろう。



無理に外に出て夜の森を抜けるのは危険だ。魔王が一緒じゃないとまた魔物に襲われて体力を消耗する。


既に魔力を半分以上使ってしまったし、ここはお言葉に甘えて体を休めた方が得策だろう。万が一襲われても返り討ちにできるしね。



「ありがとう。じゃあ客室使わせてもらうわね」


「うん。ゆっくり休んでって」




そう言うと魔王は食器を片して再び作業机に向かった。


何となく好奇心で彼の原稿を覗くと、かなりレベルの高い画力で驚いた。背景までキッチリ描き込んであってプロ意識を感じる。



「すごい上手・・・前世ではプロの漫画家だったの?」


「あ・・・ううん。引き篭もりの時に趣味で描いてただけ」




一瞬彼の表情が曇った。


あまり踏み込んではいけない領域なのだろうと察して話題を変える。



「明日の朝までって言ってたけど、あとどのくらいで終わるの?」


「あと30枚くらいかな・・・」




魔王が死んだ魚のような目をして未処理の原稿を見つめる。時計を見ると、時刻は日付を跨ごうとしている所だった。




「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」




しーーん。と部屋が沈黙に包まれる。






「───絶対間に合わないじゃん!!」



「うう~っ、コイツらが・・・っ、コイツらが禿げないのが悪いんだ!!」


「魔王の癖にワケのわからん事言って泣いてんじゃないわよ!自分の計画性の問題でしょうがっ。半分貸しなさい!私も手伝ってあげるわよ」



もうあんなケンタウロスを見せないで欲しい!

彼は勇敢な戦士なのだから!



「え?レティシア漫画描けるの?」


「描けない。でも前世がコミケ常連サークルの原作担当だったから、締切前によく作画担当の子の手伝いやってたのよ」


「え!?コミケ常連サークル!?僕もだよ!僕もコミケ参加してたよ!何ていうサークル!?」




興奮した魔王が曇りなき眼をキラキラさせてこちらを見てくるのが眩しくて、私は思わずウッと目を細めてしまう。



「・・・いや、自分の名前とか、サークル名とか、そういう細かいのは思い出せないのよね。貴方は?」


「・・・・・・・・・僕も覚えてないんだよね・・・」



「でも二次創作してた作品は覚えてるわよ。当時流行ってた携帯ゲームで『レアンカルナシオン ルジストル』っていうファンタジーRPGと、『イケメン恋愛RPG~悠久なる愛を君に~』っていう乙女ゲームの二次創作を死ぬ間際まで制作してた」


「レアルジ!?うそ!!僕もそのゲームの二次創作描いてたよ!!ええ!?じゃあ僕とレティシアは同じ時代で生きてた日本人ってこと?しかもコミケ仲間!?」


「そうみたいね。何なら同じ会場で売ってた可能性高いわね」



私がそう言うと、魔王は両手で口を押えて目をウルウルさせ、「やだ…運命の出会い?」とか言いながら感極まっている。


ホントいちいちリアクションが乙女なんだけど、まさか前世の御曹司はオネエだったとか言わないわよね・・・?



オネエのヴォルフガングなんて絶対見たくない!!



そんなキャラ崩壊見せられた日には私号泣する自信あるから!!


それだけは絶対やめて!!





「ちなみにレティシアが推してたキャラって誰?」


「レアルジだと帝国騎士のヘルムフリートかなぁ。彼が主役の二次創作描いてたの」



乙女ゲームの方はお前だがな・・・。



ジト目で魔王を見やると、私の答えが刺さったのか更に感極まって周りにキラキラオーラを飛ばしていた。マジなんなの?邪悪オーラどこにしまったよ?



「僕もヘルムフリートファンだったよ!!」


「まぶし!!」



屈託のない満面の笑みで喜ぶ魔王が眩しすぎて直視できない!


それからはオタクトークに突入し、レアルジについて魔王と熱く語り合った。お互い久々の推しキャラ会議に白熱し過ぎたのだろう。



不意に鳴ったボーンボーンという音に2人とも固まった。



「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」




無言になった私達は、ギギギ…と音が鳴りそうな固い動作で時計に視線を移し、時刻を確認して血の気が引く。




「ぎゃーーーーーーー!!深夜1時!!何もせずに気づいたら1時間経ってた!!ダメだ!!もう無理だ!!日の出までに絶対間に合わない!!ケンタウロスに怒られるーーー!!」


「アンタがゲームの話を語りだしたから私まで釣られたでしょうが!!泣いてないでさっさと手を動かしなさいよ!!これからは私語禁止よ!!読者が発売待ってるんでしょ!諦めちゃダメ!絶対間に合わせるのよ!!」



締切に追われるという焦燥感は、前世の私も何度も味わった事がある。だから他人事だとは思えず、つい私は魔王に手を貸してしまった。


「無理だ~」と泣き言ばかり言う魔王の尻を叩きながら、元オタク2人は原稿仕上げに邁進する。



ていうかアナログ原稿しんどい!

ジャージよりパソコンの開発をした方がいいのでは!?

 




急ピッチで進めた作業は途中休憩を挟みつつ朝まで続き、6時を回った頃に漸く完成を迎える。




「やった・・・っ、終わったーー!ありがとうレティシア!これで怒られなくてすむよー!」




魔王は大型の魔鳥を召喚してその体に原稿を括り付け、「ケンタウロスに届けろ」と命じて放った。











─────私の記憶はそこまで。



多分それを見届けた後、私は意識を失うように寝てしまったんだと思う。



油断していたと言われれば、その通りとしか言いようがない。



いくら転生御曹司が纏う空気が純真無垢な箱入り息子だとしても、彼はれっきとした『成人した男』なのだ。





それを私は、目覚めた時に思い知った。

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