強制送還 side ユリカ
「お前はスタンピードで負傷し、治療の甲斐なく死んだ事にする」
「は・・・・・・?」
「議会で満場一致だった。お前が今まで重ねてきた罪が国民にまで知られたら、民の不満が爆発して暴動が起きかねない。だから公には名誉の死とする」
「ちょっと待って、何を言っているの!?」
「お前の処刑が決定したと言っている。毒杯だ」
目の前の元巫女に、ルイスは冷徹に処刑宣告をした。
◇◇◇◇
離宮でレティシアの結界に閉じ込められていたユリカは、後宮から漏れ出る馴染み深い浄化の光を見て、レティシアの言っていた事が本当なのだと理解した。
自分よりも遥かに強い浄化の光だった。
「何で・・・嘘よ・・・っ、うそ!!どうして!?私がヒロインよ!私が神の巫女なの!!なのに何であの女が神聖魔法を使ってるの!?どうしてよぉぉ!!」
ユリカは発狂した。
目の前の事実を受け入れられなかった。
神聖魔法がなければ魔王ルートに行けない。戦争を止められない。
神聖魔法で神の裁きを下さないと混血魔族の武器で魔王軍が全滅してしまうのだ。
その窮地を救うのが神の巫女の役目だったのに、現実は巫女じゃなくて悪役令嬢が神聖魔法を使っている。
「何なのよあの女!!どこまで私の邪魔をするのよぉぉ!」
先程ヴォルフガングとレティシアが親しげに話していたのは神聖魔法を授かったから?
まさかあの女がガウデンツィオに行くつもりなのだろうか?
ユリカは怒りで我を忘れた。
周りの騎士や魔法士達は、初めて見る巫女の発狂ぶりに恐れをなす。
結界に遮られていて巫女の声は全く聞こえていなかったが、怒りをむき出しにして何かを叫び、暴れ続けていた。
結界から解放されたのは、あの忌々しいレティシアの姿が消えた後だった。
無表情で目の前に立ったルイスが騎士に捕縛を命じ、地下牢に入れられた。
何故ヒロインの自分がこんな目に遭わなければならないのだ。この世界の主役は自分なのに何故───。
どんなに考えても、ユリカは自分の行いのせいだと気付けない。
日本にいた時から可愛らしい容姿でチヤホヤされて育ってきた。どこから見てもヒロインに相応しい自分。
少し微笑めば周りが思いのままに動いてくれたのに、この世界に来てからうまくいかない事ばかりだ。
巫女の役目は、ゲームでは気づかなかったが、実際にやると思いのほか大変で面倒だった。
巡礼も面倒だったし、毎日の祈りの時間もただ面倒で苦痛なだけ。だから適当な言い訳をしていつも数分祈って終わりにした。
最近は王宮内の聖堂ではなく、朝起きて私室のベッドの上でチャチャッと祈りのポーズを取って終わりにしていた。
3年間の修行も地獄でしかなかった。
野営も、魔物も、飛び散る血も、匂いも、全部大嫌いなのに耐えて、ただヴォルフガングと結ばれる為に耐えて、
頑張ってきたのに・・・。
『女神様は貴女から加護を取り上げたそうよ。貴女にはもう巫女の資格はないんですって。代わりに私が神聖魔法を引き継いだわ。これからこの国の浄化を行うから、これ以上私の邪魔をしないでね。私は凡人の貴女に付き合っている暇はないのよ。大人しくここで指を咥えて見てなさい。役立たずさん』
「うああああああああ!!」
何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で!!!!
レティシアの言葉がどうしても受け入れられなくて、ユリカは何度も神力を使った。
だが使えば使うほど、神力の光は弱まり、
今は念じてもなんの光も出ない。
「何で私が巫女を降ろされるの!」
鉄格子を掴み、ガシャガシャと音を鳴らす。
「これは陰謀よ!!レティシアが私を陥れた!!早く捕まえなさい!!死ぬのは私じゃない!!レティシアよ!!」
ユリカの叫びに誰も答えない。
「あの女は黒い魔女なの!!中ボスなの!!早く殺さないとこの国が滅ぶのよ!?早くあの女を殺して!!」
『もうやめなさい、ユリカ・・・』
「誰!?」
ユリカが振り返ると、光り輝く銀髪に、透き通るサファイアのような蒼眼を持つ、とても綺麗な女の子が立っていた。
「何で子供がここに・・・?貴女誰?」
『愛と豊穣を司る女神。この世界の神です』
「貴女が・・・!?」
『貴女はこの世界に来てから、物事の善悪がわからなくなってしまったのね。ゲームの世界だからと現実を見ず、簡単に罪を重ねた。貴女がいた世界でも、貴女がやった事は立派な犯罪なのですよ。それをわかっているのですか?』
「女神ってこんな子供だったの?何それ。ていう事は貴女が私を巫女の座から降ろしたって事?何でそんな酷い事するの!?何で悪役令嬢に神聖魔法授けてるの!?シナリオ通り動きなさいよ!貴女のせいでヴォルフガングと結婚できないじゃない!!」
『だから───呼んだのに・・・』
「は?」
『貴方がヴォルフガングに、純粋に恋をしていたから、彼の幸せを願っていたから、貴女なら彼を止めてくれると思って呼んだのに・・・、なぜ巫女の役目も果さず、人々を蹴落とし、レティシアに害をなしたのですか。そんな事しなければ・・・、貴女もこの世界も、幸せになれたのに・・・。どうして・・・?何故、法を犯したのですか!』
「ゲームに法とか何言ってるの?レティシアがゲーム通り死なないから悪いんでしょ?シナリオ変えるとか有り得ないでしょうが!ルール違反じゃない!」
もはやユリカに女神の声は届かなかった。
ゲームに固執するあまり、善悪の境界が分からなくなっていた。自分がヒロインである事に、何でも許される全能感さえ持っていた。
『貴方がなぜ処刑されるかわかりますか?法を犯したからです。犯罪者になったから裁かれるのです』
「私はヒロインなのよ?死ぬ前にきっとエバンス達が助けに来てくれるわ。私の事愛してるんだから。ヒロインが死ぬわけない。このゲームにヒロインの死亡エンドなんかなかったじゃない」
この世界はゲームに似た世界なだけであって、夢でも空想世界でもない。ユリカも、この世界の者達も現実に生きている。当然、処刑されれば本当に死ぬ。
それをユリカはわかっていなかった。
『法を犯して処刑を命じられた巫女は・・・貴女が初めてです。ですが、貴女の人生を狂わせたのは私です。私のせいで貴女を死なせてしまうのは忍びない・・・』
命じられた女神がユリカに向かって手をかざすと、ユリカの足元に青白く光る魔法陣が現れる。
「なっ、何これ!?足が動かない!」
『このままでは貴女は毒で本当に死んでしまう。だから、私のせめてもの情けです。処刑の前に、元の世界に帰りなさい』
「え?助けてくれるの?」
青白い光が強まり、ユリカの体を包んでいく。
『さようなら、ユリカ』
子供らしからぬ、哀愁を帯びた女神の笑顔を最後に、ユリカは地下牢から姿を消した。
王宮騎士と魔法士がその行方を探したが、終ぞユリカの姿を誰も見つける事は出来なかった。
◇◇◇◇
ユリカは、元の世界に戻るまでわかっていなかった。
女神は処刑から自分の命を救ってくれたのだと信じて疑っていなかった。
だが、日本に戻ってやっとユリカは現実を知る。
目の前に広がる近未来のような景色に驚き、ガラス張りの高層ビルの壁に映る自分の姿に硬直した。
そこには、巫女の外套を羽織った老婆が映っていたのだ。髪は全て白髪で、顔は皺とシミだらけ、瞼は落ち窪み、まさに自分が醜い魔女のような風貌だった。
「何これ・・・何?どういうこと?」
口から出た声がしわがれていて更に驚く。
急に体が震えて立っていられなくなり、その場にへたり込んだ。
「いや・・・、何コレ・・・、何で?」
ユリカはまだ知らない。
女神に飛ばされた世界が、自分が召喚された日の200年後の世界だという事を、
もうこの世界に、ユリカを知る人間は1人もいない事を、
気が触れた醜い老婆を、優しく助けてくれる人間などいない事を、
これから味わう老い先短い人生が、あの時処刑されていた方が楽だったかもしれないと思うほど、惨めで地獄のような人生になる事を、
「いやあああああああああああああああ!!!」
この時のユリカは、まだ知らない。
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【連載始めました。良かったら読んでみてください(^^)】
◆魔力なしの愛されない伯爵令嬢は、女神と精霊の加護を受けて帝国の王弟に溺愛される。
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