悪役令嬢と元婚約者③
「違う…っ、僕が愛してるのはレティシアなんだよ…っ、ユリカじゃないんだ」
目の前で、ルイスが泣きながら感情を吐露している。
ルイスの言う通り、私を愛してくれていたのは本当なのだろう。女神もそう言っていた。だからこそ、自力で魅了を解いたのだと。
「私も、ルイスの事愛してた。―――あの頃の私達はまだ子供だったけど、それでもずっと、本気で愛していたわ」
「レティシア…っ、僕は・・・っ」
「貴方とユリカの逢瀬を見るまでは――――」
「………っ」
あの時、ルイスを愛していたレティシアの心は、壊れてしまった───。
残ったのは、壊れた愛情の残滓。
あの時の、壊れた時の衝撃が、
まだ消えない。
思い出したくない。早く忘れたいのに、
たまに、突発的に思い出す事がある。
あの時の切ない声が、口付けの音が、
耳元に蘇って「やめて」と叫び出したくなる。
もう真っ直ぐにルイスを愛していた頃に戻れない。
そして思い出した前世の記憶。
レティシアとして18年間生きてきた記憶と、前世の記憶が合わさって、私は変わってしまった。
もしかしたら、壊れて欠けてしまった心を埋めるために思い出したのかもしれない。
どこかでレティシアという女性を俯瞰して見ている自分がいる。現実逃避の一種なのだろうか。
今の私は、もうルイスが愛していた頃のレティシアじゃない。
「お願いだよレティ。一生かけて償うから。愛してるんだよ。僕の側にいて…戻って来て…っ」
涙を流し、身を乗り出して私に懇願するルイス。
私も出来る事なら、3人一緒にいたかったよ。
ユリカさえ現れなければって今でも思う。
「───まだ・・・消えて・・・くれないの。貴方の顔を見ると、まだ鮮明に思い出す。ユリカが召喚されてからの辛かった日々を。どんどん、距離が近づいていく貴方達を。・・・少しずつ、ユリカを見る貴方の瞳に熱が灯っていくのを・・・、それをただ耐えて、見ているしかなかった日々を・・・」
本当は王命だとか、神の巫女だとか、そんなの構わずに「私以外の女を見つめないで、触れないで」と言いたかった。
嫉妬で胸が焼き切れそうだった。
まだあの時の痛みを、消化できていない。
まだこんなに苦しい───。
「ルイスが全部悪いとは言わない。女神の加護が貴方を惑わせたのも知ってる。どうしようもなかったのも今は理解している。それでも、ごめんなさい。私は貴方の側にいるのは辛い。貴方とユリカの関係を思い出すたびに、私はきっと貴方を追い詰めるわ」
「それでもいい!」
「私がイヤなの。そんな関係長続きするわけない。それに、そんな私をアレクに見せたくない」
あの子の前では、いつも前を向いて、
笑っていたい。
「レティシア…っ」
私もルイスも、涙で顔がグチャグチャになっていた。
とてもアレクに見せられない。
私達はまだ親として未熟だ。
「最後は悲しくて、辛くて、正直恨んだ事もあったけど、でも今は貴方を愛した事を後悔してない。だって大好きなアレクに会えたもの。アレクはとっても可愛いのよ?」
「・・・ああ・・・っ、知ってる」
過去形で愛を伝える私の言葉に、ルイスは嗚咽をこぼして俯いた。
「貴方はアレクの父親だけれど、まだアレクにそれを伝える事はできない。もし今、王家の血を引いていると公式に知られたら、絶対にアレクが貴族達に狙われる。そしてアレクを担ぎ上げて、貴方と第二王子の身に危害を加える人間が出てくる可能性もある。元国王があんなことになって他国から見ても今の王家は嘲笑の的になってるわ。その渦中にアレクを巻き込みたくない」
「・・・・・・・・・」
「本当は、一生子供を産んだ事を言うつもりはなかった。私が国を出たのはアレクを守るためだし、指名手配犯にされたから、誘拐さえなければ二度とオレガリオの地は踏まなかったと思う」
「・・・すまなかった」
「───でも、貴方達は出会ってしまった。そしてどうやらアレクは貴方が好きみたい・・・。短期間しか一緒にいなかったのに不思議ね。やっぱり親子だから親近感が湧くのかしら?」
「・・・顔が僕にそっくりだからね」
まだ瞳にたくさんの涙を浮かべて、ルイスが優しい笑みを浮かべた。それは誰が見ても父性に溢れるもので──、
「・・・だから、貴方とアレクの交流を断つつもりはないわ。今は非公式でしか会わせられないけれど、貴方とアレクが望むなら会う事を止めたりしない。───・・・男女の復縁は無理だけど、アレクの親としてなら・・・、何があの子にとって幸せか、貴方に相談できたら心強いと思うわ」
「・・・ふっ、・・・うぅっ」
「今は無理だけど、アレクが大きくなって真実を知りたがったら、貴方が父親だと打ち明けると思う、だからお願い。その時までに、貴方が父親で良かったとアレクに思ってもらえるような為政者になってほしい。民を想って王太子教育に励んでいた貴方なら、きっと国を立て直せると信じてるわ」
視察で民と交流し、民が疲弊しているのを見て、国を良くしたいと誰よりも努力していた貴方を知っている。
何度も元国王に意見しては、子供扱いされて相手にされず、悔しがっていたのを知っている。
そんな貴方だから、私は恋をしたの。
貴方の隣に並びたいと、頑張れたの。
ユリカが現れて私達の仲は壊れてしまったけれど、あの頃貴方が持っていた王族としての矜持は忘れないで欲しい。
「──────それから、私がアレクを手放す事は絶対にない。それを踏まえて、貴方はこれからどうしたい?」
真っ直ぐルイスを見つめて、意志を伝える。
ルイスの瞳が揺れて、数秒後に口を開いた。
「──────僕は・・・」
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【新連載始めました。良かったら読んでみてください(^^)】
◆魔力なしの愛されない伯爵令嬢は、女神と精霊の加護を受けて帝国の王弟に溺愛される。
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