悪役令嬢と元婚約者①
「ルイしゅ!」
「え?アレク!」
手をのばしたものの間に合わず、アレクが私の手をすり抜けた。
馬車を降りてルイスの姿を見つけた途端、アレクが彼の元にトコトコと駆け出したのだ。
ルイスはその姿に笑みを溢して両手を広げ、アレクを抱き上げる。
「アレク!よく来たな。元気だったか?」
「あい!」
「ははっ、元気だな」
父と子の微笑ましい触れ合いに、本来なら喜ぶべきシーンなのだろうけど、私はどうしても緊張が走る。
ルイスと従兄弟の挨拶の後に、お母様と私もカーテシーをした。
「国王陛下、この度はお招きいただき恐悦至極に存じます」
「国王陛下、お心遣いありがとうございます」
カーテシーをすると、頭上でヒュッと息を吸い込む音がした。
「・・・・・・面を上げてくれ、スカーレット夫人、レティシア嬢。今は非公式だ。そんな畏まった態度は取らないでくれ。それに、レティシアは元婚約者だろう。以前のように接してくれて構わない」
「ですが───」
「レティシア、頼む」
「・・・・・・わかったわ」
平民が人前で国王の頼み事を断るわけにもいかず、結局私はルイスに押し切られた。
何もわかっていないアレクがキョトン顔で私とルイスの顔を交互に見ている。
「母上、国王代理での公務ありがとうございました」
「いいのよ。報告はまた後でね」
「はい。お願いします。───さあアレク、中に入ってお菓子でも食べるか?」
「食べりゅ!」
ルイスに抱っこされ、ニコニコしているアレクを見てまた緊張が高まり、背中に冷や汗が流れる。
すごい懐いている。
アレクがオレガリオにいたのはたったの数日なのに何で?
顔が似ているから親近感が湧いているのだろうか。
それとも誘拐という緊迫した中で保護してもらっていたから余計に懐いたのだろうか?
「レティシア、行きましょう」
「は、はい。王太后様」
「大丈夫よ、レティシア」
「お母様・・・」
母が背中をさすって不安を和らげてくれる。
大丈夫。私は1人じゃない。お母様もいるし、従兄弟の第二王子だっているもの。
親権奪われたりしないよね?
大丈夫だよね───?
◇◇◇◇
「すまないな、レティシア。夜の面会となってしまって・・・」
「いいえ。こちらもアレクが寝た後でないと動けないので」
「レティシア・・・、前のように接してくれと言っている」
懇願するような瞳で見られ、困惑する。
何なの?ルイスは一体何がしたいの?
さっさと要件を言ってほしい。
現在、私達は国王の執務室にある応接セットで対面している。
晩餐会の後、アレクを寝かしつけた後に会おうと言われ、この場が設けられる事になった。
お母様も同席すると言ってくれたけど、アレクの事が心配なので側についてもらうようお願いした。目を離した隙にまたアレクを取られるかもしれないから、護衛もつけた。
時間が時間なので、2人きりにならないようルイス付きの侍従が部屋の隅に1人、少し開いた扉の外に護衛2人と私の侍女が控え、密室にならないようにしている。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
気まずい・・・。
でも国王と平民なので私から話すわけにはいかない。
チラッとルイスの方に視線を向けると、スタンピードの時よりも痩せて不健康な顔色をしている気がする。
目の下にくっきりと濃いクマが出来てるし。
今の状況じゃ忙しいのも仕方ないだろう。国を立て直さなければならないのだから。
「───改めて、先日のスタンピードの件、収めてくれてありがとう。君達のお陰で魔物が王都に流れずに済んだ。・・・・・・・・・・・・それで、聞いてもいいか?・・・何故君がユリカが継承するはずだった神聖魔法を?」
「──────あの日・・・、アレクを迎えに離宮に行った日、女神に呼ばれて授かったのよ。あの日、ユリカは巫女の役目を放棄し、逃げ出したそうね?そのせいで巫女の資格を失い、急遽私が女神に呼ばれたのよ」
部屋の中にいた侍従が息を呑んだ気配がする。
ルイスは目を見開いてしばらく停止していた。
「神と・・・・・・女神と話したというのか?」
信じられないという反応が返ってくる。
まあ、当然の反応だろう。普通に聞いたら頭がおかしいと言われても仕方ない話だ。
「嘘はついてないわ。スタンピードを収めたのがその証拠よ」
「・・・ああ、すまない。疑っているわけじゃないんだ。私もあの日、実際に君が魔物を浄化するのを見たからね。ただ神の声を聞き、尚且つ力を授かったという事実に驚いただけだ。やはり神は我々を見守って下さっているのだな」
「・・・・・・・・・」
その神がかなりのポンコツで国を乱す元凶になっているとはとても言えない・・・。
日本人の記憶があるから神の存在を客観的に捉えているけれど、信仰者があのポンコツ女神を見たらどんな反応になるのだろう・・・。
そんな疑問を抱いているとルイスに名を呼ばれ、顔を上げると真剣な表情のルイスと目が合った。
ドクン、と動悸が速まっていく。
ついに、言われるのだろうか。
「レティシア、アレクの事だが・・・」
───来た。
思わず体が強張る。
落ち着け。大丈夫。
私の答えは決まってる。
膝の上でギュッと拳を握り締め、まっすぐにルイスの瞳を見た。
「私の子だよな?」
「・・・ええ」
「そうか」
私の答えを聞いて、嬉しそうな、泣き出しそうな、何とも言えない表情でルイスは頷いた。
少なくともアレクの存在を疎まれていないだけ、良かったと思う。
その事に安堵した次の瞬間、ルイスの言葉で私の心は冷たく凍った。
「何故、言ってくれなかったんだ?・・・何故、黙って私の前から消えた?」
──────何故?
貴方がそれを言うの・・・・・・?
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【新連載始めました。良かったら読んでみてください(^^)】
◆魔力なしの愛されない伯爵令嬢は、女神と精霊の加護を受けて帝国の王弟に溺愛される。
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