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レティシアが消えた王都では③ side 公爵家



「しかし、婚約解消と言ってもレティシアは既に妃教育を終えて王族と同等の身分なんだぞ。そんな簡単に解消など出来ない。側妃ではダメなのか?」


「廃人に側妃は務まりません。それに、異世界人である巫女様の世界では一夫一妻制であると聞きました。でしたら側妃の存在は神の使いである巫女様の意にそぐわないのではないですか?我が公爵家はそんな罰当たりな役割は辞退させていただきます」



「ぐっ・・・」




フランツに神の巫女の立場を逆手に取られ、国王は言葉に詰まった。だがこれで簡単に引き下がるわけにはいかない。


妃教育により、レティシアは王家の全てを知ってしまっている。情報漏洩は王家にとって何としても避けねばならない。



王家で囲えないならいっその事───、




国王が最終手段を頭に思い浮かべた時、強い視線を感じてそちらに目を向けると、無表情のスカーレットが瞬きもせず、こちらを見透かすように見ていた。



「・・・・・・っ」




国王がレティシアを手放したくない理由は他にもあった。


この国はレティシアを介してスカーレットの母国から食料支援を受けている。



この国は土壌に恵まれない為に食物の育ちが悪い。




土属性の魔法を使える者が領地にいれば成長促進魔法をかけられるのだが、品質については魔法使いの力量によるので国内生産と品質が安定しないのだ。


魔法至上主義の国王は、地道に人の手で畑を耕し、肥料をまき、良質な土壌を育てるという発想がなかった。



前国王時代は農地改革が施行されていたが、現国王になってからは魔道具開発などの軍事費に予算を投じ、農地改革は実質凍結となっていた。


そのツケが何年かの時を経て、食糧難という問題を抱える事になったのだ。



スカーレットの母国は気候に恵まれた土地で農業が盛んな国であり、移民を受け入れて仕事と住民票を与え、産業の労働力として取り込んできた。


その施策により働き手が倍増し、経済成長は常に右肩上がりの線をなぞっている。



今では移民受け入れ制度の成功例として国王の手腕は周辺諸国に一目置かれている。


その国王の妹と姪がこの国にいることで、二人を介して好条件で食料支援を受けることができていたのだ。



それがレティシアを失えばどうなるのか、国王と王妃はスカーレットの反応に恐れを抱いた。



スカーレットと国王の間には未だ消えない確執があり、レティシアを王家に取り込むことでスカーレットの忠心を無理やり得ていたにすぎない。


しかしアーレンス公爵夫妻の弱みであるレティシアが王家を去る可能性がある今、国の食糧供給バランスが崩れる事は容易に想像できた。



レティシアに下手に手を出せばスカーレットの怒りを買い、隣国が動くのは必定。かといって妃教育を受けたレティシアをみすみす野放しにする事も出来ない。


婚約解消を申し出ている以上、アーレンス公爵夫妻もレティシア本人も側妃になることは望んでいないのだろう。現に以前打診した時にはっきり断られている。



そしてフランツの言う通り、神の巫女が一夫一妻制をルイスに望んでいるのも事実だった。



国王と王妃は八方塞がりになり、フランツの婚約解消の申し出に返事ができない。


何か言わねばと口を開くが言葉が出てこず、近くの宰相に視線を送れば俯いたままこちらを見もしなかった。



両者沈黙が流れる中、ルイスの嗚咽だけが広間に響き渡る。


そしてようやく口を開いたのは、国王ではなくスカーレットだった。




「もし今婚約を解消していただけるなら、母国による食料支援はこのまま続行しても構いませんわ。私が責任を持って兄である国王に掛け合いましょう。私共はレティシアの心の病が治るまで、王都の喧騒から逃れてゆっくり療養させたいだけです。王都では巫女の信者が心無い情報をレティシアに植え付けて来る者が多いので」



「誠か!?支援を継続してもらえるのか!?」



レティシアへの配慮が微塵も感じられない国王の返答に、スカーレットは沸き起こる殺意を必死で抑える。



感情的になって今この瞬間、間違えてはならない。


娘と今後生まれてくる孫の為にも、この腐った王家から娘を解放してやらねばならないのだ。




「ええ。婚約解消して公式に情報開示していただけるのであれば、同条件でそのまま支援を継続させていただきます」



「─────わかった。民が守れるのであれば仕方ない。婚約解消の件、受け入れ──」


「嫌です!!婚約解消はしない!!レティは僕の妻になるんだ!!」




今まで啜り泣いているだけだったルイスが目を剥いて叫び出す。



「絶対に嫌だ!!僕はレティとしか結婚しない!僕が愛してるのはレティだけだ・・・っ」


「ルイス・・・?何を言っているのだ?お前は巫女を愛しているのだろう?ユリカと恋仲になったと2人で私達に報告しに来たではないか」



国王が巫女の名を出すとルイスの目が虚ろに変わる。



「そう・・・僕は・・・ユリカを愛して・・・・・・ちが・・・っ、違う!!僕はレティを愛して・・・ちが・・・っ、巫女が・・・・・・うあっ、うああああああ!!」




ルイスは頭を掻きむしり、床の上でのたうち回った。



「殿下!!」



護衛がルイスに駆け寄るが、彼は抱き起こそうとする護衛の手をものすごい力で振り払う。



「うああああああっ、違う!!違う!!レティ!!レティ!!あああああ嫌だ嫌だ嫌だ、ユリカじゃない!!ちがっ、やめろ!うあああああああああ!!」



狂ったような奇声をあげているルイスに周りは息を呑んだ。



まるで悪魔が取り憑いたかのような形相で暴れているルイスに誰もが戸惑い、困惑する。


護衛が2人がかりで押さえ込もうとしてもそれを上回る力で押し退けているのだ。



だが、けたたましく響いていた奇声は唐突に途切れる。



急いで護衛がルイスに駆け寄ると、彼は白目をむいてひきつけを起こし、泡を吹いて気絶していた。



「すぐに侍医を呼べ!!」



国王が護衛に命じてルイスを部屋に運ばせ、王妃も息子について共に謁見の間を出て行く。



広間には国王と宰相、アーレンス公爵夫妻だけが残っていた。ルイスの異変にフランツ達も流石に動揺を隠せない。


一体王太子の身に何が起こっているのか。



気にはなるが、それでも自分達には今日中に成し得ねばならない事がある。




「一体どういう事なんだ?何が起こった・・・・・・。すまないフランツ、婚約解消の話は後日改めて──」


「いいえ、2人の婚約は王家と公爵家によるもの。役者は揃っています。今この場で解消して下さい」



スカーレットは不敬だと知りながらも国王の言葉を遮って話を切り出す。


この男は傲慢で狡猾な男だ。時間を与えれば自分に有利になるよう駒を動かすはず。そんな暇を与えてはならない。



「しかしルイスが・・・」



「そのルイス殿下が巫女を愛していると陛下達にご報告されたんですよね?私共は娘を側妃にするつもりはない。巫女も一夫一妻を望んでいる。お互い希望が一致しております。今この場で手続き可能かと」


「せめてルイスが目覚めるまで時間をもらえないか?」



「殿下が目覚めた所で結論は変わりませんよ?解消していただけないなら支援続行の話はなくなりますが良いのですか?」



「なっ、お前は国王を脅す気か!」



国王がスカーレットを睨みつけるとフランツが間に入り、妻を己の背中に隠す。



「婚前の契約を破ったのはそちらです。こちらは譲歩している側ですよ。我々は破棄の意向を教会に申請できる立場なのですから」




今しがた国王自ら王太子と巫女が恋仲であると認めたのだ。


教会に申請されれば神の前で神聖裁判を行う事になり、その場で真実が明かされることになる。独立勢力である教会には王家といえど、口を出す事はできない。



つまりは神の前で王太子の不貞を晒す事になるのだ。破棄と解消では受け取る印象がまるで違う。


巫女を崇拝している国民は騙せても、周辺諸国には醜聞として伝わるだろう。



国力として誇れるのが魔法しかない今、外交で亀裂を生むのはこの国にとって死活問題になる。



国王は縋るような目で公爵を見たが、温和なフランツの今までにない刺すような視線に、国王は諦めたように視線を逸らし、項垂れた。





こうしてルイスとレティシア不在の中、2人の婚約は解消され、半年後の結婚式は中止となった。



その前代未聞のスキャンダルは国中で話題となり、国民は巫女が正妃となって国を守ってくれるのでは?と噂をしては喜び、貴族達の中では意見が割れた。



学園で巫女に不敬を働いたとして国王に罰せられた名高い貴族達は、アーレンス公爵家に今後の動きについて探りを入れる。


フランツ達はその中でも信用出来る者にだけ亡命する事を話し、ついてくるなら受け入れるとして徐々に仲間を増やしていった。






──レティシアはこの事実をまだ知らない。



自分が家出をした事により、ゲームのシナリオどころかゲームに関係ない貴族達の未来までも変えてしまった事を、現在魔王に振り回され中のレティシアには知る由もなかった。

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