あの瞳に浮かぶのは side ルイス
「水圧獄」
複数の魔物をまとめて球体の水の中に閉じ込め、水圧で圧死させる。早く後宮に行きたいのに前に進むたびに魔物が襲い掛かってきてキリがない。
「一体どうなっているんだ!なんで王宮内でスタンピードが起きているんだ!?」
◇◇◇◇
離宮の隠し通路から母を王宮外に避難させた後、後宮に向かう途中で結界内に閉じ込められているユリカと、気絶している数人の騎士達を見つけた。
『何故ユリカがここにいる!?』
どういう状況なのかユリカ本人に聞いても声を消す魔法をかけられているようで詳細を聞き出せない。
近くにいた者達に聞くと、巫女が突然一人で喚きだし、誰もいないのにレティシアの名前を叫んで騎士達に捕縛するよう命令したという。
『・・・・・・っ』
さっきレティシアに再会した時、何の気配もなく突然目の前に現れてアレクに駆け寄った。
多分認識阻害の魔法か魔道具を身に纏っていたのだろう。
ユリカが1人で喚いているように見えたのはそのせいだ。
だが巫女のユリカにはレティシアが見えていて、騎士に捕縛を命じた。
ドン!と怒りのままに結界を叩くと、ビクッと体を震わせて青い顔をしたユリカが僕を見上げていた。
『捕縛されたら指名手配犯にされたレティシアは処刑される。それを知っていて命じたんだよな?巫女のクセに人を殺す事に何のためらいもないか』
あの女神のお告げだってユリカの狂言の可能性が高い。
執拗にレティシアを排除しようとするユリカに対して激しい怒りが込み上げる。
彼女はどこまでも僕の大事なモノを壊そうとする。ユリカが騎士に捕縛を命じた時、レティシアの腕の中にはアレクもいたはずだ。
レティシアだけじゃなく、僕の子であるアレクまで傷つけるのか・・・っ、
『もうお前は一切動くな。処罰が決まるまでここで待っていろ。これ以上余計な事をしたら問答無用でその首輪の毒を放つからな』
殺気を込めてそう言い放つと、ユリカはガクガクと震えてその場にへたり込んだ。僕はそんな彼女を放置して後宮に向かう。
結界がある限りユリカは安全だが、万が一魔物に襲われても、もうどうでもいい。
本当に何故女神はあんな女を巫女に選んだのだ。
しかも後宮にいるはずのユリカが離宮にいるということは、愛妾暗殺の任務が失敗してこちらに逃げて来たということだろう。
ユリカの弱い神力ではこの魔物達を浄化するのは無理だ。
前方に見える半壊した後宮を見る限り、エバンス達ももう死んでいるかもしれない。
◇◇◇◇
「この魔物達は混血魔族の仕業か?くそっ!道を開けろ!邪魔だ!!」
絶え間なく襲い掛かる魔物達を剣と魔法で蹴散らしながら後宮に向う。
「殿下!もうここは危険です!王宮内にいる騎士達と一旦合流しましょう!医務室に行けば回復薬もあります!」
一緒に来ていた護衛達が一時撤退を促す。
正直ここまで魔物の量が多いとは思わなかった。離宮より倍の数だ。流石に魔力残量と体力がヤバい。
このままだと自分も喰われるかもしれない。
そんな諦めの気持ちが芽生えそうになったその時、前方から強い光が視界を覆う。
「くっ」
戦闘中だというのに眩しくて思わず目を瞑ってしまった。
「「殿下!!」」
護衛達の声に薄目を開けて剣を構えると、今まさに自分に飛び掛かろうとしていた魔物達が、目の前で光に飲まれ、蒸発するかのように黒い煙となって消えた。
「……浄化魔法?」
弱まった光の発生源を目で追うと、半壊した後宮から浄化の光が漏れ出ていた。
魔物が消える光景なら先程離宮でも見た。
「レティシアだ…。理由はわからないけど、レティシアが神聖魔法で魔物を浄化してるんだ」
建物の損傷が一番激しい後宮が浄化されているという事は、このスタンピードはやはり愛妾が関係しているのかもしれない。
「レティシア!アレク!!」
「「殿下!お待ちください!!」」
居ても立ってもいられずに、僕は後宮を目指して駆けだした。
◇◇◇◇
酸欠状態で後宮に辿り着くと、積み上げられた瓦礫の奥から黒いローブを着た男達と、囚人のような薄汚れた服装の集団が現れ、その中にレティシアの姿を見つける。
「レティシア!!」
僕の声に反応してレティシアの周りにいた男達が、彼女を庇うようにして武器を構えた。
僕の護衛達も同じく剣を構え、緊迫した空気が流れる。
今はフードをかぶっていないからか、全員の顔が認識できた。皆が人外のような美貌を持ち、彼らから圧倒的強者のオーラを感じる。
その証拠に、僕らは今いる位置から一歩も動けない。
よく見ると、レティシアを守るように囲っている者達の耳が尖っている。あれは魔族か・・・・・・?
どういうことだ?
ジュスティーノの使者と来たのではないのか?
「ルイス……」
「何故…?何故君が魔族と通じているんだ…?」
「・・・人を間者みたいに言うのはやめてちょうだい。アレクが誘拐されなければ二度とこの国に足を踏み入れなかったわ」
冷たいスカイブルーの瞳が僕を睨みつける。
ズキンと胸が痛み、視界が滲みそうになる。
「アレクセイは…、アレクは無事なのか?」
「……無事よ。今は寝てるわ」
そう言ってレティシアは、隣に立っている男の腕の中で眠るアレクの頭を優しく撫でた。
知らない男が、アレクを大事そうに抱え、レティシアがその寝顔を微笑みながら眺めている様は、一見すると夫婦のようにも見えて、その瞬間、身を焦がすような嫉妬が胸の中で渦巻いた。
あの男は、魔王か───?
そう疑問を抱いた時、その男と目が合った。
ヒュッと無意識に息を飲み込む。
目線が合っただけで、体が金縛りにあったかのように指先一つ動かせない。
動かしたら、殺される。
そんな恐怖心を本能的に感じ、全身から血を抜き取られたかのように体温が下がっていく。
あの男に、威圧を放たれている。
「ヴォルフガング」
恐怖に慄いていると、レティシアがその男に一声かけ、威圧が消えた。
無意識に止めていた呼吸を再開する。
ドクンドクンと心拍音が耳のすぐ側で鳴っているかのように鼓動し、全身冷や汗をかいていた。
震えが止まらない。
敵うわけがない。
なぜ王家は魔王討伐など無理難題を掲げていたのか。
魔王がその気になれば視線だけで人間を殺せる。
それほどに圧倒的な力の差を見せつけられた。
そして、男の瞳に見えている感情に気づく。
あの瞳に浮かぶのは、強い嫉妬の感情だ。
あの男は、レティシアを愛している――――。
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