運命の出会い① side ユリカ
ユリカは後宮から逃げ出し、安全な場所を求めて走り続けた。
後宮からほど近い王宮に逃げても、きっとすぐに魔物で溢れかえるだろう。なるべくこの場所から離れる必要がある。
だからといって王宮の外に出る事は叶わない。
自分の首元に手をあてると、冷たい金属の感触がする。
この首輪がある限り、ユリカは遠くへ逃げる事は許されない。
「どうしよう・・・っ、どこへ逃げればいいの!?こんな所で魔物に食われて死ぬなんて絶対イヤ!」
王宮内で魔物が大量発生するイベントなどなかったはずなのに、何故こんな事態になっているのか。
そして今まさに命が脅かされている非常事態だというのに、何故女神は自分に力を貸さないのか、ユリカは混乱して現状を受け止めきれていなかった。
この時既にユリカは巫女の資格を失い、加護を取り上げられていたのだが、本人がそれを知る術はない。
「もう!!女神は何してんのよ!巫女がピンチなんだからちゃんと仕事しなさいよ!!」
イライラして地団駄を踏むと、背後で獣のような鳴き声と建物が爆破されたような音が聞こえる。
振り向くと後宮からいくつも狼煙のような煙が立ち上っていた。
「嘘・・・、エバンス達、生きてるよね?」
そう思いながらも、どんどん血の気が引いていく。
ユリカが逃げ出した時、既に後宮の一階は絶望的な魔物の数だった。
いくら彼らが強いとはいえ、あの状況では生き残る方が難しいだろう。
こんな時サイモンがいれば自分を守ってくれるのに・・・と悔やむが、サイモンは修行から王都に戻った後、巫女に手を出したとして国境警備隊に飛ばされた。
自分の積み上げて来たものがことごとく潰されていき、苛立ちを隠せない。
なぜ自分の思い通りに動かないのか。
自分は皆に愛されるヒロインのはずなのに、今ユリカを守る者は1人もいない。
この世界は自分が幸せになる為の舞台なのに何故───。
再び獣の鳴き声が響き、人々の悲鳴も聞こえてきた。
「ひ・・・っ」
悲鳴の中に女性の声が混じっているということは、きっと後宮の魔物が外に出たのだ。
早く、早くここから離れなくては!
「そ、そうだ!敷地の奥に王妃の離宮があったはず!あそこなら護衛が沢山いて守ってもらえるかも!」
背後の魔物達の気配が早くも迫ってくる。
ユリカは残り少ない神力で自分の体を包み、魔物が近寄れないよう防御を固める。
このまま離宮へ直行したいが、外の道を通れば自分の姿が魔物に丸見え状態で狙われやすい為、遠回りだとしても王宮の中を通る事にした。
人の多い場所を通ればそれだけ自分が魔物に狙われる可能性が下がるからだ。
王宮で働く人間達がどうなろうとユリカにはどうでも良かった。自分が生き残る事しか考えていなかった。
阿鼻叫喚の中、何度も身を隠して危険を回避しながらやっと辿り着いた離宮の前で、ユリカは一つの集団に目が釘付けになった。
ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。
見覚えのある黒いローブ。スチル絵にあった魔道着そのもの。
何故離宮前に集団でいるのかはわからないが、あの中に待ち焦がれていた人物がいるのを確信したユリカは、居ても立っても居られずに走り出した。
そして───、
「ヴォルフガング!!」
ユリカの声に全員が驚いたように振り返り、ザガン達はヴォルフガングを背に庇って武器を構えた。
ザガンがユリカを凝視する。
「何者です」
「その声・・・貴方はザガンね!それなら隣にいるのがヴォルフガング!?ああ・・・っ、フードを取って顔を見せて?」
ユリカは恍惚とした表情を浮かべてジリジリと距離を詰める。
ずっと会いたかった、焦がれてやまなかった男が目の前にいる。その嬉しさで涙まで込み上げて来た。
ようやく、運命の出会いを果たしたのだ。
一方ヴォルフガング達は、見た目はただの人間なのに、得体の知れない空気を身に纏った女に全員が警戒態勢を取った。
よくわからないが、目の前の女がヴォルフガングに発情している事だけは理解する。
「全く・・・、ローブを着てるのにところ構わず女を引っかけないで下さいよ」
ザガンが呆れた顔で小声で呟く。
「引っかけてねぇよ。そもそも何で認識阻害のローブを着てるのに人間の女に見つかってんだ?失敗作なんじゃねぇのか?」
「失礼な!この女がおかしいんですよ!何故僕の名前まで知っているんだ。間者か?」
「──────・・・あの女の身に纏っている力、魔力じゃないな。・・・・・・もしかしてあれがレティシアの言ってた神の巫女か?」
「───つまり、神力を扱う者ですか。それで僕達の姿が見えているとか?・・・これはますます用心しないとですね」
「ねえ、ヴォルフガング。私を攫いに来たのでしょう?いいわ、貴方と一緒に行く。貴方について行くわ」
「───何の話だ?俺はお前の事など知らん」
「私は神の巫女よ!私の力を欲してオレガリオまで会いに来たんでしょう?」
「知らん。お前など必要ない。失せろ」
ヴォルフガングに拒否され、ユリカは目を見開いて固まる。指先が震え、今起こった現実が受け止めきれない。
「───・・・嘘、・・・嘘よ。嘘!あり得ない!!あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!!!」
2人の出会いはこんな会話ではなかった。
ヴォルフは一目見て異世界人のヒロインを気に入り、興味深そうに自分に触れ、妖艶に微笑むのだ。
そうやって言外にユリカが欲しいと伝えてくるはずなのに、目の前にいる男は自分を拒否している。
こんな事が許されていいはずがない。
「私は神の巫女なのよ!?神聖魔法を授かる事ができる唯一の存在なのよ!?私がいなきゃ貴方の国は混血魔族に滅ぼされるのよ!?絶対私が必要でしょ!?」
自分とヴォルフガングは次元を超えた運命の恋人であり、唯一無二の伴侶なのだ。
「貴方の孤独を救えるのは私だけなのよ?貴方は私の前でだけ本当の自分でいられるの。孤独に生きた1000年の時を、私だけが癒やしてあげられる。貴方には私が必要よ。だから欲して?貴方の側にいさせて」
手を伸ばし、熱の篭った瞳でヴォルフガングを見つめる。
だが─────、
「頭のイカれた気持ち悪い女だな。失せろと言っているだろうが。死にたいのか」
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