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レティシアが消えた王都では① side 公爵家



時は遡り、同日の昼。



アーレンス公爵家のレティシア付きの侍女が、公爵夫人であるスカーレットの部屋に飛び込んで来た。



「何ですメリッサ!ノックも無しに!無礼ですよ!」


「すすすすみません!奥様!でっ、でもお嬢様が!!お嬢様が部屋に居ないんです!!」



「何ですって?レティシアは昨日の夕方倒れたばかりなのよ!?つわりもあって動ける状態ではないわ。朝はまだベッドで寝ていたじゃない!」



スカーレットは急いで廊下に出てレティシアの部屋へと向かう。その後ろに侍女も付き従った。



「朝食も部屋でお取りになられました!その時まではお部屋にいたんです!でも先程お茶をお待ちした時にはもう部屋にいなくて・・・っ」



目的の娘の部屋に着いたスカーレットは勢いよく扉を開けて中に入る。


侍女の言う通り部屋はもぬけの殻だった。



「あんな酷い顔色で一体どこに行ったっていうの・・・っ」



レティシアほどの魔法使いなら侍女を欺いて邸を抜け出すなどお手のものだろう。まさか倒れた翌日に娘が姿を消すなんて誰が思うのか。



「どうして・・・っ、一体レティに何があったのっ」



昨日の夕方、帰って来た時から様子がおかしかった。



真っ青な顔で体を震わせて、どうしたのかと声をかけたら泣きそうな顔で自分に縋ろうとしてきた。


その手を自分も取ろうとした所で娘は気を失ってしまったのだ。


体が床に打ちつけられる前に何とか娘の体を抱きかかえ、使用人に命じて部屋に運ばせた。



落ち着いたら話を聞こうと待っていたのに、その前に娘が消えた。体調不良だから動ける訳がないと甘く見て油断していたのだ。



「レティシア・・・っ」


「奥様!机の上にコレが・・・っ」




それはレティシアが両親に宛てた手紙だった。




中身を読み、スカーレットの表情が抜け落ちる。無表情で手紙を握りしめる公爵夫人に、近くにいた侍女は恐怖で体が震えた。







◇◇◇◇




「何てことだ・・・っ、恐れていた事が起きたか・・・っ」




アーレンス公爵───フランツは妻からレティシアの手紙を受け取り、執務机に肘をついて頭を抱えた。



「早く捜索せねば!ジャック!騎士達を呼べ!」



そばにいた家令に命じるが、それをスカーレットが手で制した。



「なりません、旦那様!」


「スカーレット・・・?何を言っている?レティが居なくなったのだぞ!?」



思わぬ制止にフランツは信じられないという表情で妻を見た。




「捜索は既に私付きの影に向かわせましたわ。下手に騒いだら王家に気取られます。レティシアの望みを汲んで下さい」


「・・・・お前・・・影を動かしたのか・・・っ、まさか・・・っ」



「ええ。旦那様。私、もう堪忍袋の緒が切れましたの。王家にはほとほと愛想が尽きましたわ。今まで我慢に我慢を重ねていたのは貴方に惚れた弱みと、娘の幸せを思っての事でしたのに、全てが泡となって消えました」



スカーレットはレティシアの絶望を思い、涙を流した。その絶望の一端を自分も負っている事を知ったからだ。



レティシアの手紙には、急いで妊娠をルイスに告げようと先触れなく王宮に参内した時に、ルイスと巫女の逢瀬を目撃し、ルイスが巫女を妻に欲している事を知ったそうだ。


いくら妃教育を受けたとはいえ、実際にルイスの不貞を目の当たりにし、自分は側妃になる覚悟も、愛妾を認める器もなかった事を思い知った。自分は王家に嫁ぐに相応しくない。病気療養として婚約を解消して欲しいと書いてあった。


また、妊娠の事は言わないでほしい。子供を守る為に国を出るとも──。 



そして最後の言葉がスカーレットの心を抉った。




『役立たずの娘でごめんなさい』




この言葉で、娘に自分の愛情は1ミリも伝わっていなかった事を知った。レティシアにとって親は、娘を政治の駒にするような人間だったのだ。


王妃になる者だからと厳しく育てたせいだろう。そんなつもりはなかった。愛していたのだと伝えたくても、もう娘はいない。


影なら娘の魔力残滓を追っていける。間に合う事を願いながら、スカーレットは自分の夫を見据えた。




「旦那様、爵位を返上して私の母国に共に来るか、今すぐ離縁するか、どうぞお好きな方をお選び下さい」


「スカーレット!何故だ!」



「私は妻である事より、母である事を選びます。神の巫女がなんですか!あんな後ろ盾もなければ未だに功績だって残していない、何の役にも立っていない女に大勢が媚びへつらって!報告によれば学園中の男を侍らせていい気になっているらしいではないですか!王家はそれを一切咎めず、巫女に刃向かった令嬢令息達を罰して今や貴族達の中で王家の求心力は落ちぶれています!」


「やめないか!不敬な事を言うな!誰が聞いてるかわからないのだぞ!」



「私と母国はルイス殿下、いえ──この国を支持しません。私から愛する娘を・・・まだ幼いうちから王命で奪い取っておきながら、神の巫女が現れた途端に遠回しにレティシアに側妃になる事を匂わせてきた王家を恨む事はあれど、支援など死んでも致しません!!」



天まで届く光柱と共に舞い降りた神の巫女は、今や国民の希望の象徴として崇められている。そのような者を妃として囲いたいのは王家としては自然な成り行きだろう。


それでもスカーレットは王家の手のひら返しが許せなかった。だから側妃の件は拒否した。それはレティシアとルイスが愛し合っているのを知っていたからだ。


でもルイスが裏切ったのなら話は別であり、そっちがその気ならこちらもそれ相応の対応をさせていただく。




娘は愛する男の裏切りを許せなかったのだろう。


巫女を正妃にする場合、お腹の子の立場と安全が脅かされるのは必然だ。



仮に予定通りレティシアが正妃で巫女が側妃になったとしても、ルイスの心が巫女に移ってしまった今、お飾り妃として公務だけをやらされ、寵愛は巫女に注がれるという惨めな人生を送らされる可能性が高い。


そしてその場合も娘と巫女が産んだ子供を巡って王位継承争いが起こる事は容易に想像できる。



いずれにしても、現状でレティシアが王家に嫁ぐのはデメリットしかないのだ。




だから娘は消えた。


子供を守る為に。




スカーレットは娘を誇りに思った。もう既に娘は母親なのだ。だったら自分も負けてはいられない。


母として、娘を愛するのはスカーレットも同じなのだ。



絶対に見つけて、今度は間違えない。

愛していると伝える。





「さあ、旦那様。私はこれからすぐに王宮に参ります。早馬を出したので陛下はすぐにお会い下さるでしょう。何せ巫女を正妃にするという陛下の願いがついに成されるのですからね」


「私に知らせる前に早馬を出したのか!公爵家当主は私だぞ!」



「気に入らないなら離縁して下さいませ。私はこれより娘を守る為に生きると決めたのです。もうこの国に用はありません。貴方もどうするのか早く決めて下さいまし」





スカーレットは、娘を軽んじたこの国を捨てる決断をした。

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