国王の愛妾
天蓋付きの大きなベッドの上で、事を済ませた男女が身を寄せ合っている。
「陛下、今日もとっても素敵でしたわ」
「ああ、アデリーヌ。何度抱いても飽きないなお前の体は」
再び体を弄り始めた男の手を女は押し退けた。
「ふふっ、今日はもうおしまいですよ陛下。少しは休まないとお体に障りますわ」
男の胸に頬を寄せ、妖艶に笑うアデリーヌに国王は恍惚な表情を浮かべる。
「ところで陛下・・・、魔道具は今どのくらいできましたの?もう実験は終わって実用可能なのですよね?」
「そうだな、やっと5000くらいに達したところか。今作らせている魔石のストックが出来れば開戦だな」
「ふふふっ、もうすぐ陛下の念願が叶ってジュスティーノの土地を手に入れられますわね」
「ああ、これで我が国は実り豊かな魔法国家となるだろう」
「ジュスティーノにいる移民達はどうしますの?」
「アイツらは奴隷にして労働させれば良い。そしてジュスティーノの王族も、アーレンス一族も連座で処刑だ」
アデリーヌの髪を一房取り、指を絡めて遊びながら国王は愉悦の笑みを浮かべた。
あの夫婦は昔から自分を見下した目をしていてずっと気に入らなかった。
スカーレットを通して隣国に食糧支援の打診をした時も、前国王の農地改革を凍結させた結果であり、自業自得だと遠回しに言われたのは屈辱でしかない。
移民を受け入れる野蛮な国の第三王女の分際で。
挙句に療養に行きたいという願いを聞いてやったにも関わらず、自分に気づかれないよう用意周到に隣国に亡命し、気づいた時にはアーレンス一族が国から姿を消していた。
そして期間限定の食糧支援契約書の紙切れを送りつけてきたのだ。
期限までに自国の収穫量を増やす努力をせよ。という内政干渉とも取られかねない条件を突きつけてきた。
期限を越えれば支援は打ち切り、通常の貿易に切り替えて関税をかけると告げられた。
格下の国が、完全に国王の自分を愚弄している。
それは決して許せる事ではなかった。
だが自分には切り札がある。
どういう経路でその情報を手に入れたのかは未だ曖昧だが、指名手配していたレティシアがガウデンツィオにいる事をアデリーヌが突き止めた。
ガウデンツィオは魔王のいる国だ。
やはり巫女が女神のお告げを聞いたというのは本当だったのだ。レティシアが魔族と通じて災いを起こすつもりなのだろう。
ルイスを巫女に奪われた恨みで───。
「レティシアさんなら、もうすぐこちらに来ると思いますよ。だってあの子供がいるんですもの」
「そうだな。まさかレティシアが子を産んでいるとは思わなかった。しかもあの顔はルイスの子だろう」
「裏切り者が王家の子を産むなど許されないことですわ。彼女が子供を取り返しにオレガリオに来たら親子ごと消せばよいのです」
「そうだな。魔族と通じるなど愚かな娘だ。ジュスティーノにもレティシアの所業を突き付けてやる」
「・・・ホントに、そうですわね」
◇◇◇◇
後宮の地下牢で、一人の女が天井からぶら下がる鎖に両手首を繋がれている。
「はあっ、はあ・・・っ、外せ・・・っ、外しなさいよこれ!約束が違うじゃない!」
体の自由を奪われたロジーナは、目の前でニッコリと笑みを浮かべている女を睨みつけた。
「あら、心外ね。約束を守ってレティシアの子供を誘拐する手助けをしてあげたじゃない。これであの女は貴女のお望み通り、子供を取り返しにガウデンツィオから離れるわよ」
「子供を引き渡したら賊に襲われた事にして、私はまた城に戻る予定だったじゃない・・・っ。その後あの女が1人でガウデンツィオを出るように誘導し、親子を始末する計画だったでしょ!?早く城に戻らないと、私がただの誘拐犯になるじゃないの!」
「だって本当にただの誘拐犯じゃない。何が違うの?」
「なっ」
無邪気ぶって首を傾げる女に激しい怒りを感じ、魔力が膨れ上がる。
しかし、魔力を放出した途端に自分の首に掛けられた魔石のネックレスに魔力を吸い取られ、力も魔法も使えなくなってしまう。
「あ・・・っ、くっ・・・、もう!何なのよこれっ」
昨日からこの魔石のネックレスを何本も付けられ、ずっと魔力を吸い取られ続けている。
「やっぱり貴女を引き入れて正解ね!燃料作りが捗るわぁ。ずーっと高魔力保持者の魔族を捕まえたかったのよ。貴女が素直な娘で本当に良かった。すぐこちらの提案に飛びついてくれるんだもの」
クスクスと笑い声を上げながら、箱の中からいくつも魔石のネックレスを出して並べている。
「貴女のおかげで計画が早く実行出来そうだわ」
「け・・・いかく?」
「レティシアは魔王様の寵姫なんでしょう?それならきっと、魔王様もレティシアと一緒に子供を取り返しにオレガリオに来るはずよ。寵姫が国際指名手配されているんですもの。彼女を守る為に魔王軍の精鋭陣も連れて行くはずだわ。そしたらガウデンツィオは手薄になるわよね?」
「───貴女・・・何者なの?」
目の前の女の話に顔面蒼白になったロジーナは、相手の正体を探る。
魔王城では見た事のない顔だった。自分の一族の関係者でもない。そもそもこの女は魔力が弱く、どう見ても人間族にしか見えない。
なのに、目の前の女の瞳に見える狂気に体が震える。
「あら~?私の事ホントに知らないの?貴女って箱入り娘だったのね~。それとも私の存在感が薄いのかしら?それはそれで傷ついちゃうわぁ」
全く傷ついている様子は見られず、クスクスと笑っている女。
一族の配偶者に声をかけられた所から、既に自分がこの女の策略に利用されていたのだと気づく。
自分がとんでもない事に加担してしまった気がして、ロジーナの体は先程よりも大きく震え出した。
「誰・・・っ、誰なのアンタ!魔王様に何をする気!?」
目の前の女はにっこりと三日月型に目を細める。
「人間と淫魔のハーフ。と言えばわかるかしら?」
ロジーナの目が見開き、口をはくはくと動かすが中々言葉が出てこない。
頭の中に浮かぶのは一つの名前。
アデリーヌ。
それは、クーデターを起こして魔王を瀕死に追いやった主犯の男、王弟の妻の名だった。
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