理不尽な王命 side ルイス
間違いない。
この子は僕の子だ。
とても小さい。
まだ少し残っていた涙を拭うと身じろいだ。
寝かしつけるように優しく頭をなでると、またスヤスヤと寝息を立て始める。
なんて可愛いんだろうか。
「やっぱり、どう見ても貴方の子よね…」
「母上・・・この子をどこで?レティシアは!?」
「静かに。この子が起きてしまうから小声で話しなさい。…この子がどうやってここに来たのかわからないけれど、私は愛妾経由だと思ってる。あの女は以前から得体が知れないもの。──────ところで、やっぱりこの子の髪の色はレティシアよね。つまり貴方達は、婚前交渉していたってこと?」
「──────はい・・・」
「呆れた。それで巫女にも手を出していたの?我が息子ながら最低ね」
「──────ユリカとは体の関係はありません」
「恋人宣言しておいて何を言っているの?その手前までは手を出したんでしょう?レティシアを妊娠させるような事をしておきながら目の前で巫女といちゃついて、貴方ただのクズじゃないの。レティシアに捨てられて当然だわ」
「・・・・・・・・・」
母の言葉に心を抉られる。
母の言う事は事実だ。僕に傷つく資格なんかない。
今ではユリカに何らかの方法で洗脳されたのだと思っているけれど、証明するのは難しい。
全員が洗脳されているわけではないからだ。
2年以上修行してきた仲間のうち、僕ら以外の騎士達の中でユリカを崇めるようになった者と、嫌悪を隠しきれていない者とがいた。
きっとある条件のもとに洗脳されるんだろう。
「レティシアの心身喪失による体調不良というのは嘘だったのね。どうりで頑なに私達に会わなかったはずだわ。妊娠していたのね。ルイスの婚約者を巫女に変更する声が大きくなっている時に妊娠がバレたら、巫女を崇拝する者達に排除される可能性があるもの。だからアーレンス公爵夫妻も爵位譲渡して逃げたのね。この子を守るために…」
母が子供を見つめながら納得したように呟いた。
レティシア…、
君はあの時、ずっと一人でこの子を守っていたのか。
なのに僕は、ユリカなんかに──────。
怒りで握りしめた拳の内側に爪が食い込む。
あの女はレティシアを魔女だと言って討伐対象とした。
教会の神官達の前で神のお告げだと宣言してしまった為に、あっという間に情報が中央にまで届き、父から帰還命令が出た。
まだ瘴気が残っているのにだ。
それに1番の難関である迷いの森の瘴気は全くの手付かずで、修行の3年間で国境沿いの瘴気を全て払う予定だったのが、ユリカのレベル上げが上手くいかなくて3分の2くらいしか浄化できていないのだ。
つまりユリカの修行も浄化も失敗に終わっている。
父の帰還命令を受けた時には廃太子されるものだとばかり思っていたが、再度下された命令はそれよりも残酷なものだった。
◇◇◇◇
『レティシアを国際指名手配した。見つけ次第、お前がレティシアを討て』
もちろん、断固拒否した。
魔女というのはむしろユリカの方だと。
だが父は一切聞き入れなかった。
『ならばお前を今すぐ廃太子にして巫女と婚姻させ、レティシア討伐は他の者にさせる。お前は巫女と王家の血を継ぐ子を成せ。もう国中の教会にレティシアが魔女だと知れ渡り、国民にも情報が出回っているのだ。お前がレティシアを討てば王家の信をまた取り戻す事ができるというのに、お前はそれを拒否するか』
『レティシアを討てばジュスティーノ王国が黙っていませんよ!?指名手配した時点で既に戦争になってもおかしくないというのに!』
『そうなっても迎え撃てるように魔道具開発を進めてきたのだ。私の愛妾は身分は低いがとても優秀な女でな、ジュスティーノ侵攻に協力してくれる国を見つけてきてくれたのだ』
父の言葉が信じられなかった。
レティシアを討伐し、魔女を生み出した元アーレンス公爵夫妻も罪に問うと言っているのだ。
聞けば公爵領は既に国に返還され、アーレンス一族は国外に出たという。それは全てレティシアが魔女だという事を知っていたからだと無茶苦茶な理論を展開してきた。
目の前にいる男が、意味のわからない生き物に見える。
この時、以前母が呟いた言葉を思い出した。
『───あの人は愛妾が出来てから悪い方へ変わってしまった・・・。私は昔からあの人の過ちを諌められなかったから、・・・──だからきっと神罰が下るわ・・・』
愛妾が父をここまで狂わせたのだろうか。
◇◇◇◇
「母上・・・僕は父の命令には従えない。レティシアを殺す事なんてできない。でも誰かに討伐させるのも嫌だ。彼女は何もしてないじゃないか・・・っ。この子を守る為に国を出ただけだ。僕にはレティシアよりユリカの方が災いの魔女に見えるよ」
「───ならユリカを殺す?」
「───え?」
「私も、あの女はこの国に災いしか呼ばないと思うわ。神のお告げとやらも、またあの子の狂言だと思ってる。愛と豊穣の女神が個人を殺せなどと命令するとは思えない。神を冒涜してるわ」
「でも・・・ユリカの神力を見た教会は信じていますよ」
「神力を使えるのは事実なのでしょう。でも結局力が足りずに瘴気を祓いきれていないじゃない。それって神の使いとして力不足という事でしょう?力がないのに、神と対話出来るの?それほど神力が高いなら、瘴気を全て祓えるのではなくて?───あの女の話はいつも矛盾してるのよ」
神のお告げが・・・ユリカの狂言・・・?
それがもし事実だとしたら───
「───許せない・・・」
「それよりも一番の問題はこの子よ。間違いなく誘拐してきた子よね。さっき影に調べるように指示を出したから、報告を待ちましょう」
「誘拐・・・それはつまり、レティシアから奪ってきたという事ですよね!?まさかレティシアの身に何か!?」
「わからないわ。でも指名手配されている以上、捕まったら今頃騒ぎになっているはず。何も変わりないという事は、ここにはいないのでしょう」
「・・・・・・・・・」
再び小さな子供に視線を移す。
泣き腫らした目元を見れば、無理矢理連れてこられたのが容易に判断できる。
・・・レティシアがこの状況を見たら、
どう思うだろうか。
大事な子供を奪ったと、
僕を恨むのだろうか。
共犯だと疑われても仕方ない状況なのに、
それでも僕は、
この子に出会えた事が嬉しくて仕方ない。
そして、君に会えるかもしれない事が嬉しくて仕方ない。
だって僕の知っているレティシアなら、必ずこの子を取り戻しに来るだろう?
愛する君に、もうすぐ会える。
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