封じ込めた想い② side 御曹司
アレクが生まれて、皆で可愛がった。
小さくて、綺麗な顔のアレク。
レティシアと同じ水色の髪に、琥珀色の瞳。
顔はレティシアじゃなく、彼女の元婚約者に瓜二つらしい。
その事実に少しだけ胸が痛んだ。
でも───、
『ヴォーフ!ブアンコ乗ろう?』
まだ滑舌悪くて舌たらずな所も、僕を見つけると小さな体で僕に駆け寄り、足に抱きついてくれるのも、全部可愛い。
それに、アレクは何故か僕と魔王の区別がついている。
何も説明してないのにすんなり受け入れて、人格が魔王の時は『まおーしゃま』ってちゃんと呼ぶんだよ。
アレクは魔王にも懐いている。
魔王もアレクとレティシアの前では表情を出すようになった。
今まで人格交代してる時に、僕のやらかしに爆笑してることはよくあったけど、今までそれを知るのは僕だけだった。
でも今は皆にもわかるほど、魔王の表情は豊かだ。
それがレティシア達の前でだけなんだから、誰もがわかる。
レティシアとアレクが、魔王にとって特別なんだってこと。
僕も同じだからわかるんだ。
魔王もレティシア達に救われてる。
手放せなくなっている。
『愛している、レティシア』
知ってたよ。
そしてきっと、魔王も気づいている。
僕もレティシアを愛してるって事。
そしてレティシアの心は、未だオレガリオの王太子に縛られていることも───。
レティシアの魔力暴走が落ち着いた後、四天王達も集まってアレクが攫われた経緯について話し合われた。
「アレクを攫ったのはロジーナだよ。過去見の水鏡でアレクを抱えて転移する所が映ってた」
ザガンが魔道具でその場面を映し出す。
「何でアイツが?アレクの世話係だろ?何でだよ!」
「間者だったという事でしょう」
「そんな・・・っ」
ケンタウロスの問いにアドラが悩ましげに答えると、部屋の隅にいたエマがガタガタと震え出した。
「も、申し訳ありません!!私のせいです!あの娘が魔王城で働いて、キャリアを積みたいという願いを聞き入れたばかりに・・・っ、身内だからと疑いもせずに引き入れてしまいました・・・っ、申し訳ありません!どんな罰でもお受けしますので、どうかっ、どうか夫と子供達だけはお助け下さいませ!」
気の毒なくらい震えて土下座をするエマに、ネルガルが厳しい言葉を投げる。
「長年魔王軍に貢献してくれたお前を疑いたくはないが、こうなった以上お前達一族を取り調べる必要がある。疑いを晴らしたいなら素直に応じろ」
「わかりました・・・」
「魔王様、あまり時間を置きたくないんで俺は直ぐにコイツらを取り調べます。後の事はよろしく」
「ああ、頼んだ」
そう言ってネルガルはエマを連れて部屋を出て行った。
何でロジーナは誘拐なんか───、
「大方、レティシアに嫉妬して排除しようっていう魂胆でしょ。レティシアの弱みはアレクだからね」
ザガンがウンザリした表情で呟く。
「そういう面倒なのを避ける為にエマの親族を付けたんですけどね。ちょっと信用しすぎたようです」
「頭悪すぎないか?こんなん直ぐにバレるのに、死にたがりか?」
「ロジーナは上位魔族で魔力も高い。女魔族では優秀な方です。そんな自分を差し置いて、人間族のレティシアとアレクが我々に庇護されているのが気に入らないのでは?上位魔族の女はプライド高いですし、中には人間が嫌いな魔族もいますから」
「くだらねぇ理由だな・・・」
アドラもケンタウロスも険しい顔をしている。
これからどうするんだ?
早く、早くアレクを探しに行かないと!
『わかっている』
魔王が僕に答えた。
そして四天王達を見て告げる。
「いくらロジーナが優秀な魔族だとしても、俺達には敵わない。それにも関わらず魔力の異変も残滓も残さずに消えた。つまり裏に協力者がいるという事だ」
「有力なのは混血魔族ですかね・・・」
「ああ。ロジーナの消え方が魔族と獣人を攫った時の状況と似ている。レティシアを国際指名手配した事といい、アレクを狙った事といい、ロジーナの裏にいるのは混血魔族とオレガリオで間違いないだろう」
「やはり潰しますか?」
「いや・・・むしろそれが奴らの狙いのような気がする」
「オレガリオとの戦争が?」
「ああ」
「なるほど。では間者を炙り出す為にも、我々が策にハマっているように見せかけますか」
「いいな。楽しそうだな!久しぶりの狩りだぜ」
「見つけたら拷問だね。ネルガルが喜びそう。罪人なら新しい魔道具の実験台にしても良いよね?」
「ええ、いいですよ。発売前の検査は大事ですからね」
ピリピリとした緊張感漂う空気の中で、アレク救出と間者を炙り出す作戦が立てられた。
そして僕達は、また迷いの森に行く事になる。
それはレティシアにとって、とても危険な事だ。指名手配されている以上、見つかれば捕縛されて処刑される。
それでも、アレクの居場所を感じ取れるのはレティシアしかいないから、連れて行かない選択肢はない。
何も出来ない自分がもどかしい。
僕は魔王の中にいるけれど、魔王が持っている知識や力を全部使えるわけじゃない。
ただの居候みたいなもんだ。
魔王に生かされてるだけの存在。
いつか、消えるかもしれない人格。
そんな自分が、レティシアを望むなんて無理な話だ。
魔王だってレティシアが好きなんだから・・・。
僕の出る幕なんて、ない───。
だから、この想いは封じ込めなくちゃ。
◇◇◇◇
目覚めたレティシアを見て、心から安堵する。
本当に、無事で良かった。
でも───、
『ありがとう、ヴォルフガング』
悲しげにお礼を言うレティシアに、胸が締め付けられる。
この胸の痛みは、きっと魔王も感じている痛み。
レティシアには、いつも笑っていて欲しい。
そして、魔王にも───。
二人は僕の恩人だから。
たとえ僕の気持ちが報われなくても、
それでもいいんだ。
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