溢れ出る想い side ヴォルフガング
アレクセイがロジーナと共に消えた。
攫われた痕跡も、魔力残滓もなく、忽然と二人だけ消えた。
俺や四天王達が城にいてこの失態。
どういうことだ?俺が城にいて気づけないなんておかしい。
先に部屋を飛び出したレティシアを追いかける。
子供部屋に近づくと、レティシアの悲鳴と共に強烈な衝撃波が放たれ、中の窓ガラスが全て割れた。
人間にしては巨大な魔力だった。
魔王軍の中でも上位の魔族と同レベルだろう。
被害が拡大しないように子供部屋に結界を張る。
「彼女が魔法の練習をしてた時も思いましたけど、人間族にしては魔力が高すぎますね。異世界人だからでしょうか?」
「わからん。だが、これだけの暴走を魔族ならともかく、脆い体の人間が耐え切れるのか疑問だな・・・」
「なら魔王様が止めてください。レティシア嬢とヴォルフ様は我が国に富をもたらせてくれる貴重な存在なんですから、失うわけにはいきませんよ。私は魔王軍に捜索の指示を出してきますので、こちらはよろくお願いします」
「───わかった」
───富をもたらす存在。
初めは俺もそのつもりで国に連れ帰った。
異世界人だという事、初めて俺に靡かない女だったという事、そしてアイツがレティシアを気に入っている事も大いに関係しているが、
俺自身も、この女を欲しいと思った。
レティシアがいれば、しばらく退屈しなさそうだと思ったからだ。
なのに───、
いつの間にこんな執着するようになった?
この久しく感じた事のない不安は、俺のものなのか、アイツのものなのか───、
「落ちついてレティシア!!魔力が枯渇したら貴女が死んでしまうわ!!」
「レティシア!!アレクを探すんだろう!?お前がここでへばってどうする!!」
レティシアの親が必死に呼びかけて娘を止めようとするが、荒れ狂う衝撃波で近づけない。
彼らにはレティシア程の魔力はないらしい。
レティシアの魔力が物凄い勢いですり減っている。
結界を張っていなければ、恐らく城は半壊しているだろう。その結界すらも今、壊そうとする勢いで暴走を起こしている。
「…アレクを…アレクを返して…っ」
悲痛なレティシアの声に、俺の中のアイツが反応した。
『魔王…頼むよ!!レティシアを助けて!!』
言われなくても、わかっている。
高出力された魔力のせいで、レティシアは過呼吸を起こしていた。あれでは体内の魔力回路が焼き切れるのも時間の問題だ。
俺は転移魔法を使い、レティシアを腕に閉じ込め、顔を上げさせる。
涙でぐちゃぐちゃになった表情に胸が痛んだ。
なんなんだお前は。
弱い人間のクセに───、
ただの暇つぶしの玩具だったはずなのに───、
レティシアの顎を掴む手が震えているのに気づき、苦笑する。
どうやら俺は、
─────お前を失う事が怖いらしい。
そのままレティシアの口を塞ぎ、魔力を流し込む。
体内で暴れまわっているレティシアの魔力に俺の魔力を絡めて制御し、魔力回路をこれ以上傷つけないようゆっくりと全身に張り巡らせる。
「ふっ…、んぅ…っ」
酸素を求めて大きく口を開いた所を、更に深く口付け、徐々に流し込む魔力の量を増やした。
そして制御が隅々まで行き届き、レティシアの熱が冷めていく。
レティシアから発せられる衝撃波も急速に弱まり、涙で霞んだ瞳は虚に俺を見つめた後、静かに閉じた。
「レティシア…」
顔にかかっている髪をサイドにかき分けてやり、その寝顔を眺める。
レティシアを抱きしめたのは、初めてだった。
何とも言えない感情が胸に広がる。
お前に触れたくて、
どこにも行くなと縋りつきたくてたまらない。
魔王として一線を引くでもなく、
異世界人のヴォルフでもない、
『ヴォルフガング』という俺を見て、何の含みもなく接してくるお前に、いつのまにか絆され、自然に笑っている自分がいた。
魔王軍の奴らが驚くのも無理はない。
自分が一番驚いているのだから。
『ありがとう、ヴォルフガング』
アレクが生まれた日、お前にあの笑顔を向けられた時に、俺は完全に捕まってしまったのだろう。
レティシアを腕の中に閉じ込め、耳元で小さく囁く。
「愛している、レティシア…」
気を失っているレティシアに伝わらないとわかっていても、肌に伝わる温もりに、気持ちが溢れ出て止められない。
この感情はきっと、俺の中にいるアイツも同じだろう。
「安心しろ、アレクは必ず見つけてやる」
だから泣くな。
お前はいつものように、
元気に笑っていればいい───。
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