女神のお告げ① side ユリカ
「ユリカ!早く浄化を!」
ルイスが炎を纏った剣で魔物を切り裂き、血飛沫が舞う。この錆びた鉄のような臭いがユリカは嫌いでたまらなかった。
「もう疲れたのよ!ルイス達で何とかして!」
「何言ってるんだ!ユリカが瘴気を浄化しなければ魔物が湧き続けるんだぞ!殺すだけじゃキリがない!」
そんな事言われても、ユリカは本当に疲れていた。神力を高める修行はゲームとは違って血生臭くて酷いものだった。
旅の初めの頃は、魔物の死体を見て嘔吐してしまったほどだ。
修行の旅がこんなに辛いものだとは思わなかった。
ゲーム画面ではカンタンに敵を倒してレベルを上げることができた。魔物のグロテスクな死体なんて出てこなかったし、吐き気がするような異臭だってしない。
ゲームのように、イベントが終わったらヒロインの部屋に画面が切り替わってくれるわけではないので、野営だってしなきゃいけないし、虫まみれの所で睡眠をとらなくてはならない。
食事だって全部現地調達だ。
魔物の巣は大抵森の中にあるので辺りは人気がない。
当然周りに宿や飲食店どころか、民家もないのだ。
ユリカは早々に挫折していた。
修行なんてやめたかった。
やる気がなくなってしまったので当然レベル上げはうまく行かず、予定の半分ほどしか神力レベルが上がっていなかった。
そのせいでユリカの護衛として旅に同行しているルイスやエバンス、サイモンやトリスタン、他の騎士達の負担がかなり増え、彼らの戦闘レベルの方が上がってしまったくらいだ。
「ユリカ、頼むから浄化してくれ!ここまで来て無駄足踏みたくない。今ちゃんとやらないとまた明日ここに来なければならないんだぞ!」
「わかったわよ!やればいいんでしょ!やれば!」
ユリカは残りの神力を使って祈りの体勢を取り、浄化の光を拡散する。
至近距離にいる弱小の魔物は消えたものの、中級レベルの魔物は未だこちらに敵意を剥き出しにしていた。
瘴気も濃度が薄くはなったが、消えるまでには至っておらず、ユリカの力不足が露見するばかりだった。
「───これでは埒が明かない。3年で修行を終えるなんて無理じゃないか・・・───」
ルイスの呟きに、その場にいる全員が呆然とした。
◇◇◇◇
「何よ・・・っ、何なのよ!!何でうまくいかないのよ!!」
ユリカは川のほとりで一人、苛立ちをこぼした。
この2年で、清純の顔をかぶる余裕などなくなってしまった。
これで本当にヴォルフに会えるのか、不安がどんどん募っていく。
彼に会えなければ今までの自分の努力が無駄に終わるのだ。
何のために推しでもない王太子の側近達を誘惑したと思っているのか。全ては愛するヴォルフに会うためだ。
修行が残り1年を切ったというのに、なかなか思うように浄化の力を使いこなせない。神力がなかなか高まらない。
そして、レティシアがそろそろ自分の命を狙っていろいろ仕掛けてくる頃なのに、一向に何も起きないのだ。それが一番不安で仕方ない。
ただでさえルイスと上手くいっていないのに───。
旅が始まってからもルイスは香水をつけているときだけしかユリカを見てくれなかった。
触れてもくれなかった。一緒にいる時間が増えるにつれ、香水をつけていない時の嫌悪する態度がどんどん酷くなっていくように思える。
あんなに愛してくれたのに、その180度違う対応にさすがのユリカも傷ついた。
『しばらく教会に毎日通って女神に祈りを捧げるんだ。神力のレベルが上がらないのは信仰心が薄れているからじゃないのか?もう残り時間は1年を切っている。頼むから真面目にやってくれ』
あの後、結局浄化に失敗して引き返す事になった時、去り際にルイスにそう言われたのだ。
ショックだった。かつて蕩けるような甘い瞳でユリカを見ていた男は、今は冷徹な目しか向けてくれなくなった。
あんなにユリカを愛しいといって何度も口づけをしてくれていたのに、香水をつけている時しか優しい事を言ってくれない。
ユリカはそれもショックだったのだ。
香水がなければルイスは自分を嫌っているということだ。
それは香水で洗脳しているだけで、本当の気持ちはルイスの中に無いのだと証明されているのだから。
自分は何を間違えたのか。ちゃんとルイスの好きなタイプの女を演じたではないか。欲しい言葉を言ってやったではないか。
全部全部、レティシアが消えてから歯車が狂い始めた。
「全部あの女のせいよ・・・っ」
悔しくて涙が出てくる。
修行もイヤだ。魔物の死体も見たくない。神力を使うと酷い疲労感に包まれて体がキツイ。野営もイヤだ。
綺麗な宿で綺麗な寝具で毎日寝たい。この国の平和なんかどうでもいい。
ユリカはただ、ヴォルフと結婚できればそれでいいのだ。
神力のレベルが上がらない原因が、その私欲に塗れた心のせいだということに、ユリカは気づいていない。
面白いと思っていただけたら評価&ブックマークをいただけると励みになります(^^)