束の間の平穏
「ははうえ~!」
「アレク!」
走り寄って来た愛しい我が子を抱き止める。
「おかえりアレク。今日はどこに行ってたの?」
「あのね~、えっとね~、ジャガンとね~、ドワーシュのおうち行ってたの!ドワーシュがね、オモチャ作ってくれたの!」
アレクがそう言って、バッグの中から木製フィギュアを差し出してきた。
それはケンタウロスを正確に彫り出した物で、躍動感に溢れたフィギュアとなっていた。
「すごいわね!ケンタウロスそっくり!アレクはケンタウロス大好きなのね」
「うん!いちゅも背中乗ちてくれりゅからね、大ちゅき!」
「そっか!それケンタウロスにも言ってあげてね」
「うん!あとジャガンと、ネりゅと、アドも大ちゅき!だからみんなのも作ってくれりゅって言ってた!ね~、ジャガン~」
後ろを振り返り、短い首を傾げて「ね~」と同意を求める小さなアレクセイに、護衛としてついていたザガンが「そうだね」とアレクの可愛さに悶えていた。
そうだろう、そうだろう!アレクは天使だろう!
早いもので、赤ちゃんだったアレクも2歳になり、まだ滑舌悪いけどよく喋るようになった。
ヴォルフをはじめ、魔王軍四天王の4人や魔王城の皆がよく話しかけてくれるので、発語は早かったんだよね。
私と同じ水色の髪に、アンバーの瞳はルイスの色。
綺麗な顔立ちをしたルイスをそのままミニチュア化したのがアレクセイだった。
きっとオレガリオ王国に行けばすぐにルイスの子だとわかってしまうだろう。絶対にオレガリオにも周辺諸国にも近づけない。
「アレクを連れて行ってくれてありがとうザガン。ドワーフ達にも今度お礼にスイーツの差し入れしておくわ」
「うん。奴らも喜ぶよ」
「それにしても、相変わらずドワーフはいい仕事するなぁ。さすが職人。ただのオモチャにしとくのもったいない。これ売れるんじゃないの?アドラに提案してみようかしら」
「こんなのが売れるの?ケンタウロスだよ?」
「オタク心をわかってないわね~。フィギュアはコレクション好きにはたまらない商品なのよ?魔王軍は民にとっては自分達を守ってくれるヒーローなの。その彼らを間近で拝める事はファンにとっては幸せなのよ!」
「ちあわせなの?」
「そうよ~。アレクと同じオモチャを欲しい!っていう人がいっぱいいると思うの。同じ物を作ってあげたら皆喜ぶと思うわ」
「しょーなの?じゃあ皆にもあげりゅ!」
「よし!アドラにお願いしに行こー!」
「おー!」
可愛い息子と2人で拳を空に掲げ、魔王の執務室を目指す。
「すっかりレティシアも守銭奴だな」
「商人と言って!」
◇◇◇◇
「たのもーーーーー!!」
「ちゃのもーーー!」
バン!と勢いよく扉を開け、執務室の中に入る。
「レティシア!?・・・とアレク!びっくりした~っ、どうしたの?」
「レティシア嬢、貴女何度言えばわかるのです?ここは魔王様の執務室で、本来なら貴女が軽々しく踏み込んでいい場所ではな───」
「アドラ様に儲け話を持ってきました!」
「きまちた!」
「聞きましょう」
アドラの嫌味を儲け話で躱すのはもう定番化しつつある。
人格がヴォルフだったので、早速アレクのオモチャを彼に見せた。
「ケンタウロスだ!すごい!そっくり!躍動感まで表現されてる!」
案の定、ヴォルフは目を輝かせて木製フィギュアを隅々まで見ている。やっぱりオタク心に火がついたわね。
「あのね~、僕がお願いちたらね~、ドワーシュが作ってくれたの!」
「そうか。良いもの作ってもらったね、アレク」
「えへへ~」
ヴォルフに頭を撫でられてアレクが嬉しそうにしている。
「それで、儲け話とは?」
「それよ。ケンタウロスのフィギュア」
「は?これを売るんですか?」
眉を寄せて明らかに訝しんでいる。この男もオタク心をわかってないわね。これがどれだけすばらしい商品だと思ってるの!
しかも手彫りなのよ?国宝級の職人技だっていうのに!
「漫画が売れたのよ!フィギュアだって売れるに決まってるわ!魔王軍は民の正義のヒーローなんだから、グッズ販売したら絶対売れるはず!私の見込みでは子供だけでなく大人も買うと思うわ。特に四天王の4人は強いし見目もかなり良いから、老若男女関係なく幅広い層に売れると思うの!」
「こんなオモチャを大人も買いますか?」
「買うわよ!見なさいよヴォルフを!」
ヴォルフの方に視線を向けると、「いいな~、いいな~、アレクはカッコいいオモチャもらったね~。僕も欲しいな~」と言ってアレクと一緒にフィギュアを見ながら目をキラめかせている。
「ね?オタクはああいうものに心躍らせるんです。まあ試しに四天王のフィギュアを少量作って売ってみて。あとは予約制にして受注生産にすれば良いと思う」
「・・・わかりました」
流石のアドラも自分達のグッズが儲かるという概念がわからないらしい。まあ見てなさい。貴方達がどれだけ人気か今にわかるわよ。
ちなみにヴォルフは民に顔出ししてないから作れないらしい。身を守る為に四天王達が公の場に出さないようにしているのだとか。
──────そして数日後、
「レティシア嬢!あの人形!販売開始してから即完売で予約が殺到しているらしいです!」
アドラがご機嫌で報告にきたのであった。
ちなみにヴォルフの執務机の上には四天王のフィギュアが並べられている。
そして収集欲に刺さったのか、魔人達のフィギュアも欲しいと自らドワーフ達に強請っているらしい。
魔王が部下のフィギュアを集めてうっとりしてる図はかなり異様で、四天王達は引いてるし、私は可笑しくてつい笑ってしまう。
以前は乙女ゲームクラッシャーだ!とキャラ崩壊に過敏に反応していたけど、今は何気ないこのやり取りが、楽しいと思ってしまっている。
もう私にとって彼らはゲームのキャラクターではなく、現実に目の前にいる、血の通った仲間達なのだ。
穏やかな日々に、心が癒されていく。
でもそれは、束の間の平穏だった。
───ガウデンツィオにいれば、この国から出なければ、こんな穏やかな日々ずっと続くと思ってたのに、
ゲームのしがらみは、簡単には悪役令嬢を解放してくれないのだと、後で嫌というほど思い知った。
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