ちぐはぐな想い① side ルイス
僕が目を覚ました時には、アーレンス公爵夫妻の謁見からまる1日が経過していた。
頭が割れるほどの頭痛でどうやら気を失ったらしい。
目覚めた今もまだ脳内にノイズがかかったような不快感が消えない。
「そうだ・・・。レティシアと僕の婚約はどうなったんだ?」
愛しい婚約者。
彼女との婚約を破棄しようと思ったことなど一度もない。
初めて王宮で彼女を見かけた時から、ずっとレティシアが僕の妻になることを待ち望んでいた。
自分だけの彼女になることを、ずっと願っていた。
それなのに────。
「何で僕は巫女にあんなことを───」
初めは本当に「この世界を救うためだ」と父に言われ、巫女の存在をよく思わない貴族から彼女を守っていただけだった。
なのにいつからかその距離感がおかしくなり、彼女が自分に触れるのが当たり前になった。
最初はさりげなく躱していたはずだったのに、いつから自分に触れることを許したのか覚えていない。
あれだけ渇望するように巫女を求めていたのに、今はそんな気持ちは綺麗さっぱり消えてしまったのだ。
残ったのは深い後悔とレティシアへの愛だけ。
まだ間に合うことを祈って王の執務室へと出向く。
その途中、最も会いたくなかった人物が前方から駆けてきた。
「ルイス様!」
「・・・・・・ユリカ」
自分を見つけて花が咲いたように微笑む彼女が自分の胸に飛び込んで来る。
昨日までは彼女の令嬢らしからぬ行動に新鮮さを覚え、愛しさを感じていた。
でも今は耐えがたいほどの嫌悪感が全身を駆け巡る。
「ユリカ・・・っ」
自分でも顔から血の気が引くのを感じた。
体が拒否反応を起こしているのに、何故かユリカを求める欲求が湧き起こる。
そのちぐはぐな想いに眩暈がした。
早く離れてもらおうと彼女の両腕を掴むと、ユリカは目に涙を溜めて熱い視線で僕を見上げてくる。
「ルイス様・・・、会いたかった。倒れたって聞いてずっと心配してたんですよ?」
ユリカの視線に、また頭の中に靄がかかる。目を合わせたくないのに彼女の瞳から目を逸らせない。
離れたい気持ちと、彼女を抱きしめたい気持ちが拮抗する。
「ルイス様?」
いつもみたいに抱きしめ返さない僕を不審に思ったのか、ユリカは首を傾げて僕の目をジッと覗き込んだ。
その瞬間、再び頭の中でノイズ音が鳴り、ユリカの体を思い切り引き剥がす。
「え?ちょっと何!?」
「やめてくれ・・・っ、もう嫌だ・・・っ、違う・・・そんなつもりはなかった・・・っ」
頭を抱えて狼狽えている僕を見て、ユリカが心配したように手を伸ばしてくるが、僕はそれを振り払った。
「やめろ!!来るな!!僕に触るな!!僕を見るな!!僕を・・・っ、ううっ」
僕が愛してるのはレティシアだ。
なのにユリカを見ると彼女への気持ちが溢れ出る。
その髪に、その頬に、その唇に触れたくなる。
「ルイス様・・・っ、どうして!?」
やめてくれ・・・。
そんな声で僕の名を呼ぶな。
レティシア───。
再び襲った酷い頭痛と込み上げる不快感で床に膝をついた。堪えきれずに吐き気が込み上げてくる。
「ルイス!」
「母・・・上・・・」
ユリカの後ろから廊下を駆けてくる母の姿が見える。
今にも倒れそうな僕を支えてユリカと距離を取ってくれた。
「病み上がりで何してるの貴方は!」
「母上・・・レティシアは・・・?」
朦朧とする意識の中、母に縋るように尋ねた。だが母は僕から視線を外し、顔を顰める。
その仕草で僕は察した。
「そんな・・・、何で・・・っ、何で止めてくれなかったんですか!僕は嫌だと言ったのに!何で本人の意志を無視して僕からレティシアを引き離すんだ!」
「貴方が蒔いた種でしょう!」
「・・・・・・っ」
母は辛そうな顔をした後、ユリカに対して敵意を向けた。
「巫女、しばらくルイスとの面会は控えて下さい。どうやら貴方と接するとルイスは正気を失くしてしまうようです。完治するまでは王太子宮に来る事を禁じます」
「そんな・・・っ、何故ですか!?」
「貴方達!巫女を部屋に連れていってちょうだい」
護衛に連れられながらも僕の名を呼ぶユリカの声に胸が引き裂かれるように痛む。
違う。こんな想いは紛い物だ。
僕はそんなつもりはなかった。
レティシアを失ってまで、巫女の手を取る気はなかったんだ。
母は近くにいた文官に声をかけると、2人で僕の腕を肩に担ぎ、立ち上がらせてくれた。
ゆっくりと廊下を歩いていく。
沈黙が痛い。
いつも穏やかな母から怒気を感じる。
「貴方の私室で話しましょう」
そう言った母の表情は固く、
冷たさを帯びていた───。
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