あの国には戻らない
『そう。貴方を討伐しにくるのは神の巫女と呼ばれる異世界転移してきた少女。そして、あなたの最愛の人になる少女でもあるわ』
目を見開いて固まっている御曹司に私は乙女ゲームの世界観と現状を簡単に説明した。
魔王本来のキャラ設定を教えてあげたら「それ・・・魔王の性格そのまんまだね・・・」、と、本当のヴォルフガングを思い浮かべて半目になっていた。
「つまり、ゲームの正規ルートでは神の巫女とレティシアの婚約者だった男が、仲間を引き連れてレティシアと僕を討伐しに来るってこと?」
「そう。神の巫女はもう現れてるから、3年後に魔王討伐軍を作って出陣してくるわ。私達と同じ時代から異世界転移して来たユリカって女が神の巫女なんだけど、これが清純ぶったあざとい性悪女でねぇ、早々に婚約者を略奪されたのよ。でも私は死にたくないからゲームの舞台を降りて逃げてきたってわけ」
レティシアの存在は攻略対象者との絆を深める為に重要なキャラだから、私が逃げた事で今後ユリカは攻略も修行もスムーズにいかないはず。
なのに既にルイスは落ちていた。
それはつまり、この世界はゲーム通り順序立てていかなくても、巫女が愛する人とハッピーエンドを迎えられるように出来ているという事だ。
ゲームの強制力とは『ヒロインが幸せになること』と同義。
ユリカとルイスが恋仲になり、私が国を出た今、次の婚約者は間違いなくユリカだろう。
という事は、もうエンディングはすぐそこまできているのでは?
あとは修行なんてしなくても済むように、魔族が戦争を起こさないよう御曹司を説得すれば、誰も死ぬことのない新しいトゥルーエンドを迎えられるのではないだろうか?
「ヴォルフ。私絶対に中ボスになんてならないから!私と貴方があの国に一切関わらなければいいのよ!私も魔族の国で日本の知識生かして働きたいわ。私にも仕事ちょうだい?」
「な、なんでそんな無理して元気なフリするの?だって…っ、だってレティシアその王太子の子供妊娠してるんでしょ?父親取り返さなくていいの?」
「いいの。ルイスが愛してるのは私じゃないから。どのみちあのまま国にいても私は彼に捨てられていたわ。それに死亡フラグを折る為にも、私はルイスに近づいちゃいけないのよ」
既に想いが通じ合っているヒロインとヒーローとの間に、割って入れるわけがない。
『ユリカ・・・。君が愛しくてたまらない。もっと早く君に出会えていたら、君を妻に欲したのに』
あの日見た二人の姿がまた脳裏に浮かぶ。
あんな切ない声、今まで一度も聞いた事なかったわ。
そこまで焦がれるほど、ルイスはユリカが好きなのだ。
あの日私はそれを思い知らされた。
叶うわけないじゃない。
ルイスが本当に望んでいるのはヒロインのユリカだと、彼がはっきり言ったのだから。
たとえ他の人を愛していても、側妃でもいいから彼の側にいたいなんて思えるほど、私は強くない。
ルイスとユリカが愛し合う姿を近くで見ているなんて耐えられない。
それに、お腹の子を権力争いに巻き込むわけにはいかないもの。
だから私はあの国には戻らない。
その方がルイスにとってもいいのよ。
愛しのユリカを妻にできるのだから。
神の巫女が正妃になれば、国民だって喜ぶわ―─―。
「――――辛い事聞いてごめんね、レティシア…」
「え?」
目元に当てられたハンカチで、初めて自分が泣いていることに気づいた。
自覚した途端、胸が突き刺されたように痛くて、涙が次から次へと流れ出ていく。
ルイスが恋しい。
でも、もう彼の愛は私にない。
その事実が死ぬほど苦しい。
渡されたハンカチを目に当てて本格的に泣き出した私を、御曹司はただ静かに、心配そうに見ていた。
◇◇◇◇
「落ち着いた?」
「ええ。ありがとう。ハンカチ洗って返すわね」
少し泣きすぎて目が腫れてしまったので、自分で治癒魔法をかけて治す。
「すごいね治癒魔法。僕の足も完治させちゃったし。光属性の魔法使える人初めて見たよ」
「そういえば、ヴォルフは何であんな所でトラバサミに引っ掛かってたの?」
「ああ、あの時は魔道具持って背景資料撮りに行ってたんだよ。ちょうど満月の夜だったから幻想的な絵が撮れるかなと思ってね。そしたら誰もいないはずの夜の森に突然爆発音と呻き声みたいなのが聞こえて、遠くで火の玉まで見えたから幽霊が出たと思って慌てて逃げたんだ。そしたらアレに引っ掛かっちゃって…」
うわ…。それもしかしなくとも、私のせいじゃない?
確かに魔王には魔物が寄り付かないから辺りがすごく静かだったしね。
「ていうか魔王のクセに幽霊怖いの?どちらかというとヴォルフの方が怖がられる存在だと思うけど」
「む…、魔王のクセにってなんだよ。じゃあレティシアは幽霊平気なの?怪談とか大丈夫な人?」
「無理!!ゾンビとか完全フィクションのホラーなら見れるけど、幽霊ものはリアル過ぎて無理!」
「僕だって同じだよ」
それでも魔王が幽霊怖いって……、
やっぱり情けなくない?
「ふふっ、本当にキャラ崩壊が酷いわね。ふふふっ」
最初から弱みしか見せてこない御曹司には、こちらも身構えずについ日本人対応してしまう。
あの国を出れば私はもう平民だから貴族としての矜持も建前も、駆け引きも何いらない。
もう次期王太子妃として気を張らなくていい。
これからは素の自分でいられる。
そう考えたら、肩の力が抜けてすごく楽になった。
「──────良かった。笑ってくれた」
「え? 何? ごめん、聞こえなかった」
「ううん、何でもない。じゃあ行こうか。早くしないと売り切れちゃうかも」
「え?何が?――ちょっ、ちょっと何!?」
御曹司の答えを聞く前に私は手を掴まれ、そのまま転移魔法で強制移動させられた。
転移先で見た景色の感想は、
やっぱり御曹司はどこまでもクラッシャーだった。という一言に尽きる。
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