神の巫女の誤算② side ユリカ
最初の盛り上がりである婚約破棄イベントが潰れてしまった。
ゲームでは卒業までの3カ月でレティシアのイジメが過熱して、命まで狙われる予定だった。
なのに、これからって時に虐める側の人間が学園を退学し、領地に引っ込むとはどういうことなのか。
これではルイスとの仲を見せつけて怒りを買うこともできない。
あのイベントがあってこそ、ルイスのヒロインへの恋心が揺るぎない愛へと変わるのに。
悪役令嬢はそんな弱々しい令嬢ではなかったはずだ。絶対におかしい。
ヴォルフガングルートが開く条件は全員に愛される事と、レティシアの討伐によって浄化の力を覚醒させること。
この2つの条件でルートが解放され、ヴォルフガングが神の巫女である自分を攫いにくるのだ。
人質として魔族の国でヴォルフと過ごすうちに彼の孤独と心の傷に触れ、それを癒して彼を愛し、混血魔族との決戦で共に戦って真実の愛を育む。
その為に自分はこの世界に来たのだ。
自分が女神に選ばれたのは、ヴォルフを救うため。
だから何としても彼のルートを開かねばならない。
表向きはルイスの事でショックを受けている風を装って今後の展開について考えていると、サイモンが切ない表情を浮かべて口を開いた。
「それと・・・陛下は、殿下の次の婚約者にユリカを推すつもりらしい」
「え!?」
「良かったな・・・。ユリカは・・・、殿下と恋仲になったんだろ?」
「サイモン・・・」
エバンスもトリスタンも同じように切ない視線をユリカに向けていた。
ユリカは3人に愛されている。あともう少しでヴォルフに届きそうなのに、今一歩の所で先に進めない事に苛立ちを覚える。
「でも、良かったなよな。アーレンス公爵令嬢と殿下の縁が切れたことで、もうあの女にユリカが辛く当たられることもなくなるんだ」
「そうだな。これで嫌がらせされることもなくなって、学園でも平和に過ごせるぞ」
「あの女の悪事を暴けなかったのは少し心残りだが、ユリカが泣かずに済むならそれに越したことはない」
トリスタンが想いを断ち切るように話題を変えて明るく振る舞い、サイモンとエバンスもそれに続いた。
「うん・・・。でも私、まだ怖いな・・・。レティシアさんはルイス様にすごい執着してたみたいだから、婚約解消になってもし次の婚約者が私になったら、すごい恨まれそう・・・。何か怖い目に遭わされたりしないかな・・・?もう学園の生徒じゃないから動きがわからないし、公爵家の力なら遠くにいても人を使って何かできるでしょう?まだ不安だよ・・・」
「そうだな。あの女ならやりかねない」
「アーレンス公爵家はそれだけの力を持っているからな」
「でも大丈夫だユリカ。君の事は俺達が命に代えても守るから」
3人が頷いて決意を見せると、ユリカが首を横に振ってそれを否定する。
「ダメ!私のために命を粗末にしないで・・・っ、私の事を守るっていうなら、3人とも死んじゃダメ。生きて私を・・・、この国をずっと守って欲しい。貴方達は私にとっても、この国にとっても大事な人達よ。私も3人と一緒に国を守れるように修行がんばるから」
「「「ユリカ・・・っ」」」
涙ぐんで自分達を見つめながら身を案じてくれるユリカに、3人は再び胸を撃ち抜かれた。
恍惚な表情を浮かべて目の前の愛しい女を見つめる。
その瞳は虚ろになり、光が消えている。
だが傍目には誰も気づかない。
ゲーム攻略中のユリカ自身も気づいていない。
「私が神の巫女として役目を果し終わる時まで、3人とも力を貸してね」
「「「仰せのままに」」」
ユリカはまだ希望を捨てていない。
この3人は完全に自分に落ちた。あとはルイスだけ。
そういえば、彼は自分の事を愛しいと言ってはくれるが、未だ『愛してる』とは言われていない事に気づいた。
ゲーム内のルイスは何度もヒロインに囁いていたのに。
ルイスとレティシアだけがゲームと違う行動をとっている。そのせいでヴォルフガングルートが閉ざされようとしているのだ。
そんなことは許さない。
絶対にヴォルフに会いに行く。
彼を救えるのは神の巫女しかいないのだから。
3人が退出した後の部屋の中、ユリカは決意を固める。
レティシアが中ボスとして現れるのは一年後。
まだ充分時間はあるのだ。
修行が始まったらルイスと一緒にいる時間が増える。その間に色仕掛けでも何でも使って絶対にルイスを落とす。
そして彼《魔王》が自分を攫いに来るように、修行に努めて力を覚醒させてみせる。
「だからレティシア、今貴女に退場されては困るのよ。貴女は世紀の大罪人となって私に殺されなくてはならないの。ゲーム通り、私がヴォルフと結ばれる為の踏み台になりなさい」
ユリカは恍惚な表情で愛しのヴォルフガングの姿絵を思い浮かべた。
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