旅立ち②
オレガリオでの魔族への印象は、昔よりは緩和されてきたとはいえ、未だ厳しいことには変わらない。
10年そこらじゃ昔から根付いていた印象はそう簡単には覆せないということだ。
アレクが行くことで、一石を投じることはできるかもしれない。公爵であるルイスも陛下も、力になると言ってくれている。
でも、なんだかんだ言ってアレクの一番の想いは、父親を放っておけないからなんじゃないかと思っている。
私達がオレガリオを去って以来、国の為にずっと自分に厳しくストイックに生きていたとアレクから聞いた。
働きすぎて倒れないか心配になると言っていたから、アレクは息子として父親のルイスを支えたいのだろう。
ジュスティーノにいる両親も、隣国にアレクが住む事で今より会いやすくなると喜んでいた。私以外は皆喜んでいるのでブツブツと愚痴っていると、
『かわいい子には旅をさせよっていうでしょ?アレクも親離れの時期なのよ。母親なら息子の門出を祝って送り出してやりなさい。貴方がずっとへばりついてたらアレクは恋人の1人作るのにも苦労しそうじゃない』
なんてお母様に説教されてしまった。
意地悪な姑予備軍扱いなのが解せぬ。
息子LOVEなだけじゃん!何が悪いのさ!!
別に彼女出来たって邪魔しないよ。
──────・・・良い娘ならね。
ユリカみたいなのは勘弁して。
でもきっと、アレクの選ぶ子なら大丈夫だと思ってる。
「ところで母上」
「なーに?」
「母上は結婚しないの?」
「は!?」
「俺は結婚してもいいと思うよ。これを機に母上も子離れして自分の幸せをみつけなよ」
「子離れって…なんでそんな寂しいこというのよ~っ」
息子の口から子離れしろと言われて寂しすぎて思わず泣いてしまう。
「ああ~、違う、そういう意味じゃなくって!俺は母上に幸せになって欲しいっていう話をしてるんですよ。まだ若いんだから、好きな人と結婚してもいいって言ってるの」
「急になに」
「だって母上、好きな人いるでしょ?でも今まではいつも母上の一番は俺だったから。今後は自分とその好きな人を一番に考えて欲しいんだよ。もう俺は大丈夫だから、これからは自分の幸せの為に生きてよ」
「今でも十分幸せだよ。アレクが離れるのは寂しすぎてしばらくは泣いちゃいそうだけど」
「じゃあ俺が抜けた穴はその好きな人に埋めてもらって。俺も向こうで多分婚約者とか探す予定だし」
「うわああああん!!アレクがーーー!!反抗期だーーー!!母を邪険にするーーー!!やっぱり母親の目を盗んであっちで恋人作ってウハウハする気なんだーーー!!」
「は!?ちょっ、違うでしょーが!!何を言ってるの!そういう話じゃなかったでしょう!?やっぱりって何だよ、誰の入れ知恵!?」
「私は!意地悪な姑になんかならないよ!アレクの邪魔はしないがらーーー!!わだじを捨でないでーー!!」
「いや何の話!?全然意味がわからないんだけど!」
「何してんだ、レティシア。アレクを困らせるな」
アレクが私から離れたいみたいな事を言うから寂しすぎて取り乱していると、後ろから呆れた声が聞こえた。
「魔王様!みんな!」
「よ~アレク、そろそろ出発の時間だろ?見送りに来たぜ」
「くっくっくっ、やべえ、レティシアが踊らされ過ぎて面白ぇ」
「まあ、可愛い息子があっちで恋人作ってヨロシクやるから子離れしろって言われてんだもん。取り乱しても仕方ないんじゃない?」
「それは貴方達がレティシア嬢にアレクの嫁探しを邪魔するなと散々脅かしたからでしょう」
「嫁探し!?何で俺のオレガリオ行きが嫁探しにすり替わってんのさ!」
四天王達の会話にギョッとしてアレクが皆に食ってかかる。
「違うのか?てっきりここじゃレティシアの目が光りまくってるせいで女1人作れなくて不自由な思いしてんのかと」
「ここにいたら一生童貞で妖精になるかもしれないしな」
「だね。いろんな種族の女を見て回るのは大事な事だよ。アレクなら顔も良いし、良い子だし、僕らに鍛えられて軍人としても優秀だし、入れ食い状態でしょ」
「ちょっと!母上にそんな話したの!?やめてくれよもーー!俺は将来やりたい事を見つけたから、その為に行くのであって、恋人作りが目的なわけじゃない!」
「大丈夫だアレク。皆ちゃんとお前の志はわかっているよ。こいつらはレティシアを揶揄って遊んでいただけだ」
「「「そうだ」」」
「なんですってぇ!ふざけんじゃないわよ!お母様にも同じような事言われたから、今までの私は恋人や嫁に嫌われるような息子べったりの母親だったのかとずっと悩んでたのに!!」
もしそうなら、きっとアレクに嫌な思いをさせてたはず。
でも優しい子だから、私を傷つけない為に我慢してたんじゃないかって・・・。
本当はアレクもそんな私を鬱陶しいと思ってたのかな、だから嬉しそうに荷造りしてんのかな、とかぐるぐる悩んでた時にまさかのアレクからの子離れ宣言。
そりゃ取り乱すでしょう!
なのに、
「それが、揶揄って遊んでただけだとぉぉぉぉ?」
「「「こわ・・・っ、顔こわ!!」」」
母心を弄ぶコイツらをどう処してやろうか。
「母上!落ち着いて!どーどーどー」
アレクが私を抱きしめて背中をトントンと優しく叩く。
もうこの温もりも感じられなくなるのかと思うと、やっぱり寂しくて泣く。
「アレク・・・頑張ってね。でも疲れた時はこっちに帰って休みなさいね」
「母上は過保護すぎ。そんなすぐ折れたらダメ人間になっちゃうよ」
「貴方は大丈夫よ、私の息子だもの。しっかりやり遂げなさい。愛してるわ、アレク」
「うん、俺も」
名残り惜しむように体を離したその時、アレクが周りに聞こえないよう、私の耳元で小声で呟く。
『魔王様にも、いい加減素直に愛してるって言ってあげないと、婚期逃すよ』
「!!?」
にっこり満面の笑みで私から離れるアレク。
私の好きな人が誰か、知ってたのか・・・。
「バレバレだよ?」
私の思考を読んだのか、アレクはクスクスと笑いながら「だから早く幸せな姿見せてね」と私の肩を軽く叩いた。
そして皆と別れの挨拶を交わし────、
「じゃあ、行ってきます!」
世界で一番大事な私の息子は、
大きな志を胸に、オレガリオへ旅立って行った。