大事な人
気づいたら魔王に縋りついていた。
もうあのヴォルフはいないと言われるのが怖くて、魔王に縋りついて泣いていた。
私はあの時、魔王についていくべきだったのか。
結界の魔石だけじゃ全てを守るには足りなかった。
そんな石ころ一つで守れるほど戦争は甘くないのに、仕事した気でいた自分がおめでたくて反吐がでる。
いつの間にか、大事なものが増えすぎた。
でも私には、全部を守るなんて無理だった。
そんな力持っていなかった。
「ヴォルフ・・・っ、ヴォルフ・・・っ、消えないで・・・っ」
みっともなく魔王に縋りついて、ヴォルフの欠片を探す。
弱虫で、優しくて、純粋で、人の痛みが分かる人だった。私の弱さに気づいて、僕の前では泣いても良いよって言ってくれた人。
一緒に作品を作るのが楽しかった。
前世の世界の話が出来て、共感してもらえるのが嬉しかった。ヴォルフとの時間はいつも優しさで溢れてた。
「私を置いて行かないで・・・っ」
戦争が終わって目が覚めてから怖かった。
魔王の纏う空気が違う事に気づいたから。
魔王の人格なのに、ヴォルフが時折り見える。
ヴォルフの仕草、目線、空気を感じる。
なのに、ヴォルフじゃない。
彼はどこにいるの?
「───置いて行かないよ。ちゃんとここにいる」
そう言って魔王が私を抱きしめた。
ここにいるとはどういう事なのか。答えが欲しくて彼を見上げると、あの優しい眼差しが私を見ていた。
「───ヴォルフ・・・?」
「うん」
「でも・・・雰囲気が違う。ヴォルフガングが真似してるだけとかだったら怒るわよ」
「あの面倒くさがりの魔王がそんなことするわけないでしょう」
「でも」
「・・・正確にはヴォルフであり、魔王でもある」
「意味わからない」
「人格が融合して一つになったと言えばわかる?」
驚きで言葉が出てこない。
融合・・・?
それはつまり・・・もう二重人格じゃないということ?
「僕と魔王は、敵に盛られた生物兵器で死にかけた。その時僕の人格も攻撃を受けた。僕自身は元々魔力を持たないから防ぎようがなかったし、そもそも宿主である魔王が死にかければ必然的に僕もそうなるよね」
ヒュッと喉が鳴り、あの病室で再会した時の魔王の姿を思い出す。
目は固く閉じ、青白い顔で今にも命を落としそうだったあの姿を。
「あの時、僕の方がもう保たなかったんだ。でも魔王が無茶ばかり言って耐えろって言ってきてさ。最後はあの魔王が根性論を説きだして、今思い出すと笑っちゃうんだけど」
柔らかいその笑みが、久しぶりに見るヴォルフの姿でまた涙が溢れた。ヴォルフはそれを見て困ったように眉尻を下げた後、また私に微笑んでその涙を拭ってくれる。
「・・・レティシアを泣かせるつもりか!ってあの時魔王に怒られたんだよ。君とアレクを泣かせるなって。だから消えるな。耐えろ甘ったれが!ってね」
「・・・・・・ふふっ、確かに貴方は甘ったれの御曹司だったものね」
「そこで笑う?失礼だなぁ・・・ふふっ。───それで、その後はゆっくり、魔王の記憶が流れ込んできた。・・・寂しい記憶だったな。僕と同じ気持ちを抱えてる人だなって思った。そして、僕を失う事を恐れてた。必要とされて嬉しかったな。もうずっと前から、僕らの人格は繋がっていたんだよ」
「?」
「僕にとっても、魔王にとってもお互いが半身だったってこと。元々欠けていた2人が、同時に並び立って初めて歩けるって感じかな。だからその後の魔王軍での生活は仲間と呼べる人達と楽しく過ごす事が出来た。・・・そして、レティシアとアレクにも出会えた」
私が愛おしいと隠しもしないその熱の篭った瞳に、胸が熱くなる。どう反応していいかわからない。
でも目を逸らす事だけは出来なかった。
「僕の人格が魔王と融合された時、再び死の直前まで追い込まれた。当然だ。僕を消さずに取り込む為に、魔王が残り少ない魔力を使ったからね。そしてこれ以上魔力が消費されないように生命維持が出来る最低限の魔力だけ残し、後は回路を閉じて温存してた。少しでも長く生きられるように。アドラ達を信じてたからね。───でもまさか、自分の助命で連れて来たのが、守る為に置いてきたはずのレティシアだとは思わなかったけど」
苦笑しながらヴォルフは私の頬を撫でる。
くすぐったくて目を細めると、それを眩しそうに見つめる彼の瞳に戸惑いを隠せない。何でそんな甘いの。
こういう雰囲気に慣れない自分は何をどうしたら良いのか分からず、だんだん顔に熱が灯っていく。
「レティシアが泣いてる声が聞こえたんだ。ごめんねってずっと謝りながら、悲痛な声で泣いてるレティシアの声が・・・だから安心させてあげなくちゃと思って・・・」
「・・・・・・覚えてるの?あの時の事・・・」
「覚えてるよ」
私の腰に回された手にグッと前に引き寄せられ、コツンとおでこを寄せられる。
「久々にレティシアに会えたのが嬉しくて、つい告白しちゃったからね」
「!?」
「ふふっ・・・、顔真っ赤」
「揶揄わないでよ!─────あの後、私がガウデンツィオに来たこと怒ってたクセに」
「好きな子を危険な場所に置いておきたい男がどこにいるんだ。まあ結局レティシアはその辺の男より強かったけど」
ちょっと不機嫌になった顔は、ヴォルフガングに似ていた。というか彼なのか。もう二重人格じゃないんだった。
「レティシアの気持ちが追いついてないのはわかってる。他に想う男がいるなら、それはそれで仕方ない事だ。僕も・・・俺も・・・何かを強要するつもりはない。・・・ただ、これだけは知っておいて」
彼の両手がそっと私の頬を包み込み、真っ直ぐに私を見つめた。綺麗なルビーの瞳が私を映して揺らめいている。
「僕は・・・俺は・・・、レティシアとアレクを愛してる。だから二人には、誰よりも幸せになって欲しいと思ってるよ」
「・・・・・・っ」
せっかく止まった涙がまた溢れて、今度は嗚咽が堪えきれず、声をあげて泣いてしまった。
もう本当の本当に、終わったんだよね?
もうこれで、悪役令嬢は幸せを見つけても許される?
大事な人達を失わずに済んだ?
いい年した大人の女が、「うわあああん」と声をあげて泣くのは絶対みっともないはずなのに、彼は私を抱きしめて背中をトントンと優しく叩いた。
そして、私の肩口に顔を埋めて、
泣きそうな声で言った。
「僕達の命を助けてくれてありがとう、レティシア」