異母弟イグレシアス① side ヴォルフガング
「アデリーヌのお墓を建てたのね」
「───ああ、罪人だが・・・それでも一応、元王弟妃だからな・・・。イグレシアスもその方がいいだろう・・・」
裏庭の奥まった場所に、イグレシアスの墓がある。
その隣に、アデリーヌの墓を建ててやった。
気休めでしかないと分かっている。
本人も俺にこんな事をされるのはきっと望んでいないだろう。
だが、幼少の頃から知っているイグレシアスの事を、憎み切れない自分がいた。
それは、アデリーヌが言っていた事が全て事実だからだ。
「・・・俺は、純血の魔族ではない。前魔王と愛妾だった母───ハイエルフの間に生まれた庶子だ」
上級魔族の夫婦は互いが高魔力保持者の為、子が授かりにくい傾向にある。
前魔王と前王妃も例に漏れず、なかなか子宝に恵まれなかった。更に二人は政略結婚でお互いに愛人を囲い、当時は冷めた夫婦関係だと思われていた。
子作りも次代の王を作る公務の一環だった。
父にとっては───。
王妃は前魔王を愛していたのだ。
父に愛されない寂しさを、愛人で埋めていただけに過ぎなかった。それでも王妃として立っていられたのは、父が愛人を玩具のように扱い、飽きたら捨て、誰にも心を寄せなかったからだ。
だが、かろうじて回っていた夫婦の均衡は崩れた。
父が母であるハイエルフを見初め、愛人を全て切り、母一人を寵愛して囲いだしたからだ。
更に母が王妃よりも早く父の子を身籠もった事が、あの女を壊した。
「・・・俺は、誰からも望まれないガキだった。他民族の高魔力保持者の子を身籠もった母は、出産まで酷い魔力酔いを起こして寝たきりだったらしい。そんな衰弱した状態で無理に俺を産んだから・・・そのまま死んだ。そして父は、最愛の女が死んだのは俺のせいだと思ったんだろう。相当恨まれてな。『お前の方が死ねばよかったのだ』と何度罵られ、殴られたか分からん」
父は元々、合理主義で情というものに乏しかったという。
それが影響して敵を作りやすく、内政において視野が狭い為、次期魔王に就任する事に難色を示す者達がいた。
だが力で父に敵う者がいなかった為、慣例に沿って父が魔王になったが、やはり問題が絶えなかったという。
そんな父が初めて心を寄せられる女に出会えた事で、その執着は酷く、更に周囲との軋轢が生じて大変だったと前宰相であるアドラの父から聞いた。
「父がそこまで執着していた母を、俺は死なせたのだ。生まれたその日から憎まれていたよ」
「・・・・・・・・・」
レティシアは静かに俺の話を聞いている。
その表情は眉間にシワを寄せていた。
きっと理不尽だと腹を立てているのだろう。
さも分かったような返しや、下手な同情をされるより余程心地よかった。
こんな事になるなら産まなければ良かったではないか。
母は何故俺を産んだのだ。何の為に自分は存在するのか。
何度思ったかわからない。
確かめたくても母はどこにもいないし、当時を知る者達は皆死んでこの世にいない───。
「現に俺は、父に疎まれ、幼少期はずっと魔塔に幽閉されていた。前魔王と高魔力保持者のハイエルフを母に持つ俺は、純血魔族よりも魔力が桁違いに多かった。実力主義の魔族の中でそれは最大の武器になる。───だが、その魔力が原因で父と王妃には更に疎まれた」
だから何度も刺客を送って始末しようとした。
当時の俺は死ぬのが怖くてそれらを全て排除した。
子供の身で魔王軍幹部クラスの高魔力を保持し、その力を使いこなして刺客を排除するガキに、父は恐怖を抱いた。
周りの魔族が俺の力に注目し始めた事もあり、自分の地位が早々に憎い子供に奪われるかもしれないと危惧した───。
そして王妃は、夫の寵愛を得た憎き女に似ている俺を酷く疎んだ。
それからも監視され、命を狙われる生活が続いて神経がすり減った俺は、無気力に生きていた。
誰からも必要とされず、ただ死を望まれる存在。
つまらない。
何もない生活。
もう次の刺客が来たら大人しく死んでしまおうかと考えていた頃、突然アイツが現れた。
『───誰だ?』
『貴方が僕の兄上?』
ウェーブがかった銀髪に赤い瞳をした綺麗な子供。
その色味と王妃に似た顔立ちに、すぐに父と王妃の子供だと分かった。
『僕はイグレシアス。貴方の弟だよ。ねえ兄上、僕と遊んでくれる?』
無邪気な笑顔を浮かべて突然現れた異母弟に、俺は警戒した。
その日から、イグレシアスは俺の元に通うようになった。
『僕、ずっと兄上に会いたかったんだ』
何故俺に会いにくる?
何が目的だ?
───俺を殺す気か?
ニコニコしながら遊んでいる異母弟の目的が見えず、不気味だった。今のところ殺気は感じない。
だが、魔力を使って垣間見たイグレシアスの記憶は、俺と同じ孤独なもので、とても親に愛されて幸せに暮らしている子供とはかけ離れていた。
むしろ幽閉されている俺とは違い、城の中で大人達の汚い争いを見せられている分、重症に思えた。
結局父にとって、子供は不要な存在なのだろう。
王族だから必要に迫られて作っただけで、情をかける存在にはなり得ない。
イグレシアスは俺よりも長く、間近でそんな扱いを受けていたという事だ。
そんな生活の中で、自分よりも不遇な立場に置かれている兄の存在が、アイツの心の拠り所だったのかもしれない。
『兄上、今日も僕と遊ぼう?』
イグレシアスも、既に壊れ始めていた。
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