久しぶりの日常
魔王の執務室――――。
「それにしても、レティシアが最後にブチかました魔法、あれめっちゃエグイな。なんだアレ、あんなんブチかまされたら俺ら形無しだろ」
「だな。マジびびった。レティシアだけは敵に回しちゃいかんと思ったぜ。死霊騎士どもが怯えて冥界に引っ込んだからな。神力って攻撃魔法にも使えるんだな~」
「僕も浄化だけだと思ってたよ。あんなえげつない攻撃魔法があったなんてびっくりだよね。あれだけ死闘を交わした相手が一瞬で神に召されたよ。あんな大量に魂を狩れる人間なんて初めて見た。魔王様より強いんじゃないの?」
ケンタウロス、ネルガル、ザガンの3人が相変わらず私に対して配慮のない会話を繰り広げている。
「ちょっと!人を死神みたいに言わないでくれる!?」
あの時は戦争を終わらせるのに必死で、皆だって感染して死にかけたっていうのに、なんでお菓子ボリボリ食べてのほほんとお茶なんか飲んでるのよ…!!
切り替え早すぎない?
しかもここ、魔王の執務室よ?
王様の執務室よ?
お菓子食べていい場所じゃないよね?
釣られて私も食べちゃってるけど。
「いいじゃん、魔王と死神がいる国なんて最強じゃね?」
「お似合いだな。その二つ名聞いただけで敵が逃げそうだ。ダセェけど」
「ガウデンツィオも安泰だね。ダサいけど」
誰もそんな二つ名望んでないわよ!!
「それを言うなら鎧の下にずっとジャージ着てたアンタ達だってクソダサかったでしょ!!」
そうなのだ。
ずっとシリアスな雰囲気だったので見ないふりしてたんだけど、魔王軍の皆さん、ジャージをお召しになってたんですよ。信じられる?
ちなみに魔王もアドラも再会した時からジャージ着てたよ。ジャージの上に鎧ってさ、全然締まらないの。
「何か問題ありますか?通気性、伸縮性、速乾性、耐久性に加え、何より軽量。これ以上に戦闘に適した服はありますか?ただでさえ鎧は重いんです。戦力を損なわない為にも防具の軽量化は最優先事項ですよ」
アドラがしれっとジャージを絶賛している。
まあ機能性で言えば適してるんだろうけどね。もともとスポーツに適した素材だからね。
でも見た目的に残念感がすごいんだよね。
敵側も一切ツッコまなかったし。興味なかったのかもだけど。
………………………………でも、
「ふふふっ」
「なんですか?」
「ううん。また皆でこうしてバカな話ができて嬉しいわ。皆無事で本当に良かった」
「………ええ、貴女には感謝していますよ」
「だな。ありがとな。レティシア」
「助かったよ」
「僕も。ありがとう」
「どういたしまして!――――――ところで魔王は?まだ戦後処理の仕事をしてるの?」
「…いいえ、裏庭の墓地にいると思いますよ。さっき花を持って歩いているのを見かけたので」
「あ……そうなんだ」
私が3日間も眠っている間、粛々と戦後処理が行われた。
死体の埋葬や、被害に遭った町や村の瓦礫撤去作業など、各地の復興作業で皆忙しくしているらしい。
スタンピードがあった国境沿いは獣人国からの支援者も集まり、復興作業が急ピッチで行われているらしい。
今回の戦の中で、諜報部隊も情報を集める為に動き回り、大陸に散っている残党の存在や、誘拐用に作られた魔道具の販売ルートなど、戦いの最中で魔法士や重役達を自白させて情報を掴んだのだとか。
その情報を獣人国と共有し、誘拐や人身売買防止の為に共同で捜査する協定が結ばれたらしい。
「みんな!ここいた!!」
「お、ホントだ。おやつ食べてるな~」
「僕もたべりゅ!」
アレクが父に連れられて執務室に入ってきた。
「よ~アレク!今日も元気か?」
「ケンチャロス!せなか乗りゅの~」
「へいへい」
ケンタウロスが人差し指をクイっと動かすと、風魔法でアレクが宙に浮き、そのままケンタウロスの背中に跨った。
「ほらアレク、クッキ~だぞ~」
「あいがと!ネリュ!」
「あ、おい!俺の背中でそんなボロボロ落とすモン食べんなよ!お前絶対散らかすだろーが!ネルガル!お前わざとそれ選んだな!」
「はっはっはっは~」
「おいひーね~、もぐもぐもぐ…」
「ああ!ほら!早速ボロボロ落としてんじゃねえかよ!それ後で背中痒くなんだよっ、つーか既に痒い」
「あ、僕孫の手持ってるよ、掻いてあげる」
「───おい・・・・おいおいおいおい!その持ってるヤツ剣山じゃねえか!やめろザガン!ちょ・・・っ!マジやめて!!血が噴き出る!」
「……………こんな平和でいいのかしら…。緊張感なさすぎない?」
「いいんじゃないか?アレクが嬉しそうだし」
「そうですよ。…ここ最近ずっと痛ましいことが続いていましたから、息抜きがないと神経が休まりません」
「……そっか」
アドラと父と三人でお茶を飲みながら彼らの馬鹿な会話を聞いている。
「……本当に休んで欲しい人は、働く手を止めてくれないんですよねぇ…」
そう言いながらアドラが魔王の執務机を見た。
魔王は戦争が終わった後も、病み上がりだというのに休まずに働いているらしい。
いろいろと棍詰めているようだ。
「大丈夫かな───」
◇◇◇◇
「───レティシアか」
「うん」
あの後、やっぱり心配になって私も墓地に来てみた。
するとアドラの言う通り、魔王が二つの墓石の前に立っていたのだ。
無言で立つその背中はどこか悲しそうで、何と声をかければいいのか思案している時に、痺れを切らした魔王から声をかけられた。
彼の隣に立ち、墓石を見つめる。
白い二つの墓石には、王弟夫妻のイグレシアスとアデリーヌの名前が刻まれていた。