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彼の後ろで笑ってら

彼女の事が嫌いだったのか?

そう問われたら、返答に困る。


俺は決して彼女の事が嫌いと言う訳ではなかった。

むしろ、頭の回転が速く、冷静に、合理的に物事を考える彼女には、いつだって尊敬の言葉を送っていたし、彼女が美しく着飾って、まるで戦場に向かうかのように姿勢をピンとただすときには、それに相応に、彼女の魅力を最大限に引き出す衣装を仕立てて、彼女が勉強を教えてくれたりしたら、生意気なんて思わずに、素直にそれを聞いた。実際、分かりやすく、助かった。


それ位には、俺は彼女に惚れていた。

仮でも、彼女の婚約者であることに、誇りさえ抱いていた。

それなのに、そんなに好きなのに、何故返答に困るのかと聞かれたら、彼女の都合に関わるから、と答えるだろう。


もしここで「彼女の事が好きだ」と答えてしまったら、すぐにその話は伝わって、俺たちの婚約は、仮ではなく本格的なものになるだろう。

そして結婚して、ともにこの国を成長させていく。

それは、もはや目の前に見えてしまうかのような、雲をつかむ、だなんて表現が一生できないんじゃないかと言うほど、簡単に空想できる未来だった。


だが、彼女はそれを望んでいなかった。

皮肉なことに、俺の初恋の相手は別の人間に惚れていたのだ。それも、俺の親友に。

俺には二人親友がいる。

お調子者と、真面目な奴。

彼女が惚れているのは、その、真面目な奴の方だ。


俺も、お調子者の親友も、彼女に惚れていると言うのに、そいつだけは、彼女を毛嫌いしていた。

どうも、教師の立場からしたら、あんなに頭の良い生徒は、どうも厄介な存在らしいし、いつも浮かべている美しい微笑は、その下に何を考えてるのか全くもって分からないのだと。

意味が分からない。何故彼女はこんな奴を好きになったのか。


でもまあ、いい奴なのは確かだった。

恋敵で、しかも自分の好きな人を邪険に扱っているとしても、親友で居続けられる位には、かなりいい奴だった。

彼女のこと以外にしては、何事も真面目に、真剣に取り組むし、誰にでもお人好しで、毎朝人を助けてしまって遅刻しかけるので、家を出るのはまさかの午前3時という、有り得ないほどいい奴なのだ。


おまけに頭も良い。

今は教師なんかやっているが、そんな物に収まる器じゃないのだ。

初等部の頃に発表したらしい論文は、今でも国に重宝されるほど、素晴らしい出来だ。そんな彼を唸らせる彼女はもっとすごいが。


だが、そんな彼が、そんな賢い彼が、彼女を毛嫌いしていると言う事が、どうも不思議だった。

それにもきちんと理由があって、彼女も、彼と同じ位良い奴だって言うのが、多分一番の理由。

それこそ学年一位の成績をキープできるほど、学業に熱心に取り組んでいるし、誰かが悩んでいたら、誰よりも早くそれに気づいて、相談に乗り、原因を一緒に探り、一緒に解決してくれる。休み時間は休まずに、ただただ人を助けるために駆け回り、ほぼ同じ時間に、10㎞離れたところでどちらでも人助けされているところが目撃されていて、むしろ、何かそんな使命でも背負っているのかと言うくらい、良い奴だ。


それでいて、淑女としての行動も完璧だし、何時だって美しくて、社交界の華と呼ばれているのだ。

俺は、こんな完璧な人間、見たことがない。


そんな良い奴を、あんなに頭の良い人間が、いつもだったら軽くスルー出来る理由で毛嫌いするなんて、確実に可笑しいのだ。

でも、どんなに調べても、彼がそんなに毛嫌いする理由なんて出てこないし、本当に不思議だった。


だけど、それ以上に、なんて酷な事をする奴なんだろうと思っていた。

彼女は確かに彼の事を想っていて、彼のためだけに一生懸命頑張っていた。

そんな彼女も、美しかった。

なのに、何が満足ではないと言うのだろうか……俺には分からなかった。


今思えば、そんな事もきっかけになっていたんじゃないかと思う。

どこかで、彼と彼女を、違う物としてとらえていたんだよ……そしてそれは、大きく違っていたんだ。


俺は、あの時、そういう感じの馬鹿だったから。

一人、ほら、あの、男爵令嬢の……もう、名前も忘れてしまったけれど。

その子の事を、好きって事にしたんだ。本当、有り得ない位に馬鹿だよね。

そうしたら、彼女は絶対嫉妬してくれるって……そう思ってた。


彼女は、昔から優しくて、誰からも愛されていたよ。

俺も昔、そんな彼女に助けられたんだ……他の誰もと同じように。

でもさ、なのに俺は、どこかで自分が彼女の一番だと思っていた。

仮でも、彼女の隣、婚約者の座を取ったのは俺だ。今だって、どこかの情けで居座り続けているけれど。


だからあれはね、きっと、試したかったんだと思うよ、彼女を。

試すための俺への恋心も、彼女は持ち合わせていなかったのに……おっと、この発言は少し危ういか。

どうか、あんまり気にしないでくれよ。こんなこと話せるの、あんまりないものだから、さ。


だから俺はあの日、宣言したんだ。それはそれは、声高らかに。

「オマエトノコンヤクヲハキスル!」ってね……おっかしいだろ。

そうだ、あの時の俺は、まるで道化にでもなっていたみたいだった。

あはは、うん。確かに、今だって変わりなく、そうなのかもしれないけれど。


そうしたらさ、誰も助けなかったんだよ。彼女を。

あんなに助けられてきたのに、誰も彼女に手を差し伸べなかったんだ。

皆、どこかで俺の思惑に気づいていたんだろう。

ああ、ただの痴話喧嘩だ、とでも思ったんだろう。

でもさ、お調子者の親友とか……そういう、彼女を想っている人間しか、その場にはいなかったのなぁ。


ただ、一人だけ、彼女の事を嫌っている人間がいたんだ。

それがあいつだよ。真面目な方の親友。

あいつはまるでこの時を待っていたとでもいうように、俺を援護して、彼女の悪い所を、大声で、いくつもいくつも叫んだんだ……もちろん、全部嘘だよ。


俺は、あの時ばかりは現実に帰っていた。

まるで狂ったように叫ぶそいつが、恐ろしくて恐ろしくてたまらなかった。

なんでそんなに嘘を想いつけれるんだろうとか、そう言う単純な恐ろしさだけじゃなくて、たった一人の優しい人間を陥れるために、今までの自分をかなぐり捨てたような、そんな姿が、まるでバケモノみたいに見えた。

本当にあれは俺の親友なのかって……怖かったんだ。


でもさ、そうして現実に戻っていたことで、もっと恐ろしいことに気づいてしまったんだよ。

彼の後ろで、彼女は薄らと、本当に、少しだけ、笑っていたんだ。

何の笑みかは分からなかった……この世の憎しみをすべて詰めているようにも見えたし、この世の喜びをすべて詰めているようにも見えた。まぁ、彼にしか、その笑みを向けていなかったよ。


ただ笑っていたんだ。彼女だって、無意識だったんじゃないかな。

でも、その時俺は悟ったよ……彼女の心を手に入れることは、きっと一生敵わないんだろうなって。

そう結論付けるには、十分な証拠だった。


意味が分からないって?分からなくていいさ。

こんなん、俺が分かってたら、それで良いようなことなんだから。

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