いつかを、夢見て(終)
ある晴れた日、修道院は珍しく喧騒に包まれていた。
今日は、少し離れた場所にある聖堂で重要な礼拝があり、院長をはじめ修道女達は早朝から馬車で赴く。
信仰の道を志す者は同行を許されるが、基本的に、見習いの少女達はお留守番。
――つまり、見習いにとっては、貴重な自由時間。
『くれぐれも、くれぐれも己を律するのですよ』という寮監のお言葉にお行儀よく返事をし、淑女のように馬車を見送った後、少女達は歓喜の声を上げた。
時間の使い方は、人それぞれ。
読書や刺繍に励む者、惰眠をむさぼる者、おしゃべりに興じている者――皆が、久方ぶりの自由を満喫していた。
そんな時、裏庭に集まっていた少女達は、見慣れぬ光景を目にしていた。
「あいつ何してるの?」
「ごみ掃除、とか?」
彼女達の視線の先には、ドロシーの姿があった。
一抱えほどもある紙の束を地面に置き、上から油らしきものを撒く。
手にした蝋燭の火を紙に近付けると――すぐさま引火し、少しずつ燃えていく。
立ち上る煙を、ドロシーは、ただ静かに見つめていた。
(これで……全部、終わり)
ずっと書き溜めていた手紙を、やっと、処分する決心がついた。
トリアン伯爵家の顛末やラングル領の現在を知り、自分は、ずっと子どものままでいた事がやっと理解できた。
でも、皆のように、自分も、前を向かなければ――
これは、その為の儀式のようなものだった。
自分がトリアン伯爵家に関わる事は、もう無いだろう。
でも、どうか――
(どうか、キャロルが、幸せになりますように)
マーゴットにも、アンヘルにも、取り返しのつかないことをしてしまったと、今なら理解できる。
これからの、幸せな未来が想像できないくらいに。
せめて、彼女達が愛していたキャロルの幸せを願う事しか、思いつかなかった。
(私は、私のできる事を探していくわ。それが、償いになるかは分からないけれど)
ラングル領へ赴いた後、ドロシーは自分の財産をマーカス子爵に託した。
土地は売るか貸すかして、その利益もラングル領の為に。
『あまり、自らを顧みない行いは避けてほしいのですがね……ご両親も、貴女の身を案じていると思いますが……』
子爵は最初渋っていたが、最終的には『まあ、上手くやりますよ』という言葉で決着した。
『人が増えてきましたからね、色々と今の設備では足りなかったんですよ。組合との話し合いになりますが……施療院を拡張してもいいですし……』
その呟きを聞いて、ドロシーは働き手に志願した。
院長と相談し、ここでの奉仕期間を終えたら、ラングル領に戻る予定だ。
(今度は、胸を張って、帰れるようにならないと……)
注いでもらった優しさを台無しにして、誰も幸せにできなかった徒花みたいな自分でも。
いつか、誰かの心を明るくする向日葵のようになれると信じて――
見上げると、深い青色の空が視界いっぱいに映る。
空高く昇った太陽は、今日も眩しい。
照り付ける日差しを受けて、ドロシーは晴れやかな笑顔を見せていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ドロシーのその後を書いて完結させたいと考えて、時間が掛かりましたがやっと終わる事ができました。
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