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向日葵にはなれないけれど  作者: 長月 灯
向日葵にはなれないけれど
13/19

13、実を結ぶ

 贅を凝らした客間に、雨が窓を打つ音だけが、優しく響いていた。


 挨拶こそ気軽に交わせたものの、それっきり、二人共押し黙ってしまい、侍女に案内されるまま客間に入り、席に着いた。

 向かい合って、俯くだけの時間が続く。

 いくら時間が経とうとも、茶や菓子に手を付けず、調度品の一部になったかのように、二人は座っていた。

 部屋の隅で控える使用人達と同じように、静かに。


(エルネスト様……)

 相手の姿を盗み見ては、目が合って、慌てて下を向く――おそらく、エルネストも同じ行為を繰り返しているのだろう。



 このままではいけない――手にした茶がぬるくなった頃、キャロルは意を決して顔を上げた。

『あの……』

 図らずしも、エルネストと声を掛ける機会が重なってしまったらしい。

 思わず口を閉ざし、相手の言葉を待つ――互いに上目遣いで見つめ合って。


「……ふふっ」

 そうしている内に、思わず笑みが漏れた。

 エルネストの方も、口元を緩めている。

「私達、変わらないのね」

 キャロルは、初めて会った時の事を思い出していた。

 一緒に馬車で過ごした時より、少し自分を好きになって、いろいろ学んで成長した筈だった。

 もっと、良い自分を見せられると思っていたのに、結局は会話一つに困るままの関係で。

 それでも、何故か嬉しかった。

「……ええ、そのようですな」

 そして、相手もそう感じていたのが分かって、さらに。



 一度気持ちが解れた後は、自然と動きも滑らかになった。

 茶を飲みながら、互いの近況について話し合う。


「まさか、この歳になって、行儀見習いの教師がつくとは思いませんでしたよ……最初は、兄の子達と並んでお辞儀からです」

「まあ……」

「ただ、地域や階級で変わるものもあるので……自分の未熟さを思い知るばかりです。キャロル嬢は、ずっと美しい所作をしていらして……」

「いえ、私なんて、まだまだ……」


 彼の弁が謙遜と思える位には、エルネスト・クルークの所作は洗練されていた。

 以前のように、茶器や菓子に翻弄される姿は見受けられず、余裕のある振る舞いを見せている。



「王都に滞在していると、やはり花の豊富さが目に付きますね」

「今は、薔薇を育てるのが流行りだそうです」

「確かに……蔓薔薇の門をよく見ました。御令嬢方の装いも、薔薇をあしらう意匠が多いようですね……」


 もう手紙で知った内容もあった筈なのに、相手の目を見て、相手の声を聞いて知る事の新鮮さ。

 いつしか、雨は止み、日が暮れだしても、侍女達に声を掛けられるまで、二人の会話は止まらなかった。



 それから、エルネストは定期的に侯爵家を訪問するようになった。

 二人で茶を飲むだけであるが、それだけの事がただ楽しい。

 時間はあっという間に過ぎるのに、次の訪問までの日が遅く感じる。

 自分の所作に抜かりはないか確認し、エルネストが飽きないようにと話題を集め、自分のドレスをあれこれと悩む――

 彼の訪問を心待ちにするキャロルの姿を、侯爵家の面々は微笑ましく見つめていた。


 エルネスト・クルークの動向は王都でも注目を集めているようで、好奇心を抑えきれない人々は、侯爵家に手紙を送り出す。

「キャロル様、此方はフォンタン伯爵夫人からの茶会の招待状です。それから……」

「グローブス侯爵家にとって、必要な場があれば……」

「いえ、大体は出る必要はないかと。お返事の為に、御目通しを」

「あら、まぁ……」


 これから、次々と届く手紙にキャロルは辟易とする事となる。

(今までお誘いを受けたことが無いから、返事を書くのって難しいわね)

 お誘いを受ける機会も無かったキャロルなので、断るなんて、とても贅沢な行為に感じてしまう。



 一喜一憂しながらエルネストとの面会を重ねていたが、ある日、二人の関係は変わった。

「……観劇、ですか?」

「はい、その……」

 いつもとはやや違う雰囲気を纏わせたエルネストが差し出したのは、一通の手紙。

 既に開封されているが、封蝋の模様は王家の紋章ではなかろうか。

 どういう事かと、エルネストの顔を見ていると――

「陛下に謁見した際に、キャロル嬢の話をしておりまして……是非、二人で出かけては、と」

 中身を取り出せば、華美な装飾のなされた二枚の紙。

「これは……」

(劇場の、招待券?)

 キャロルは名前しか聞いた事がないが、王都でも有数の歌劇団を擁する劇場の名が記されていた。

 名前は、聞いた事がある。

 同じように、招待券を持ったアンヘルの姿を思い出す。


 ――キャリィは、そういうの、辛いでしょう? だから、私が代わりに……。


 ふと、遠くで囁く声が聞こえる。

 手を取り合い、背を向ける男女の姿がちらついた。


「……キャロル嬢?」

 ふと視線を落とした姿に気付いたのだろうか、エルネストは此方を覗き込む。

「辛いようでしたら……」

 自分の姿を見て判断したのだろう、彼の言葉を、首を振って遮る。


 不安はある。

 恐れもある。


 ただ、それよりも――


「私……エルネスト様と、お出掛けしたいです」

 自然と笑顔になれた。



 それから、三日後の事――

 夕刻、辺境伯の馬車が到着した。

 いつもエルネストが訪れる時の物ではなく、辺境伯家の紋章が目立つ個所に掲げられた、大きめの馬車。


 馬車から降りるエルネストの姿を窓辺で確認したキャロルは、急いで部屋を飛び出した。

 この日の為に選んだドレスや金色の花飾りを揺らして、早足で。

 家族への挨拶もそこそこに、彼を出迎えるべく、屋敷の外へ出る。

 エルネストが慌ててキャロルを外套で隠す姿を、ビクトリアは呆れながらも、どこか優しく見送っていた。



 夕日が見えなくなる頃合いに、馬車は劇場の前へと到着した。

 窓から覗くと、着飾った男女が既に集まっており、華やいだ声が聞こえる。

 馬車の扉が開くと、空気に呑まれそうになるが、先に出たエルネストの手を取ると、心がふわりと軽くなった。


 雨期も過ぎ、今は社交期の盛り。

 貴族達は王都での生活を満喫すべく、夜会や観劇の場に繰り出している。

 今夜も、有名な歌劇を堪能し、久方ぶりに会う友人知人達との語らいを楽しみに、貴族達が集まっていたのだろう。

 キャロルが馬車から降りると、人々の時間が一瞬止まったかのように、静かになった。

 その後、ひそひそと囁く声。

 自分に向けられる視線や声は気になるが、不思議と恐れる気持ちは無かった。

 以前のように、足元を見て歩いたりはしない。

 キャロルが見るべきは、先を行くエルネストや豪壮な劇場なのだから。


 以前の自分なら、衆目に身を晒すとき、周囲に気を配る事などしなかった。

 自らの姿を恥じ、出来るだけ目立たぬよう、静かに――

 しかし、気持ちを切り替えてみれば、周りの雰囲気を察する余裕も出来ていた。

 あのような目に遭わされて、まだ衆目に出たのかというキャロルへの好奇や関心、嘲りに憐憫。

 それに――

「あの方、エルネスト・クルーク様?」

「以前とは随分様変わりしたというか、垢抜けたというか……」

「ペネロペ・オストン様が顔合わせの席で泣いて拒否されたとお聞きしたから、どんな蛮族かと思っていたのですが……」

「惜しい事をしたのでは?」

 自分の手を取るエルネストを評す、若い令嬢達の囁きもよく聞こえた。


 エルネスト・クルークは黒以外の衣服を纏う意識は無いようで、本日も上下黒一色。

 しかし、要所要所を金糸で彩り、華やかさを添えて、いつもより目立つ。

 立派な体躯と、鋭い目つきと眉間の皺も、凛々しさを与えていた。

(そうね……よく考えれば、高位貴族の立派な身分の方ですものね……)

 一方のキャロルは、翡翠のような光沢のある深緑のドレス。

 二人の衣装の色を合わせたり、揃いの飾りを付けたりする案もあったが、気恥ずかしくて却下した事を、少し、後悔した。

 もっと、自分達の親密さを示しておかないと――

(あら、私ったら……)

 自分の考えに、思わず赤面する。

 エルネスト・クルークと、キャロル・トリアンは、あくまで“お友達”。

 まだ婚約を結ぶに至っていない。

(そんな、エルネスト様を自分の所有物みたいに……)

 自己嫌悪と羞恥心は暫し続いた。



 キャロル達が案内された先は、二階の個室であった。

 王族や国外の賓客の為の特別席ともさして離れていない場所で、キャロルは恐る恐る腰かけた。

 ともすれば侯爵家の椅子よりも座り心地の良い感触に慄いていると、控えていた使用人が酒や茶やらを振る舞ってくれる。

「いや……陛下から賜ったとはいえ……このような場所に……」

 エルネストも、戸惑っている様子であった。

 ただ、これは注目を集めやすい二人への配慮なのだろう。

 一般客席を見下ろしてみれば、此方を盗み見するような視線を幾つか感じた。



 芝居の内容は、よく知られた恋愛物であった。

 歯の浮くような台詞を交わし、嬉しくても悲しくても歌い踊る。

 身分差による悲恋に興味は無いが、ちょっとした台詞回しや、指先一つにまで神経を配った舞踊は目を見張るものがあった。


 しかし、エルネストにとっては度し難い世界らしく、彼の顔を盗み見る度、渋さを増していった。


「私にはどうも理解出来ませんね」

「あら、最後の決闘の場面なんかは良かったと思いますけど」

「キャロル嬢はあのような男が……いけません、剣を掲げて名乗りを上げていては、すぐ死んでしまいます。それに、なんですか、あの気の抜けた構えは。踊りじゃないんですから」

「まあ、エルネスト様ったら……」

 帰りの馬車で、忌憚なく意見を交わす。

 感性は違えど、共に過ごす時間は楽しかった。



 話題を集めたキャロルの元には、さらに誘いの手紙が殺到していた。

 しかし、彼女がそれらに応じる事は無かった。


『一度お披露目すれば、あとは大事なものだけでいい』

 そう判断したグローブス侯爵家が指定した場は、王太子夫妻の主催する夜会だった。

 王太子夫妻が今年の社交期を恙なく終えた事を祝した、ささやかな集まり――表面的にはそう言われているが。

 将来的に王族との関わりを望んでいると言外に示しており、参加者にとっては誉れ高いものである。

 当然のことながら、クラリス王太子妃の友人であるビクトリアや、その婚約者であり次期トリアン伯爵として頭角を現している兄も参加する。

 そして、キャロルにも王太子妃から手紙が届いた。


「クラリス様……」

 心の籠った手紙を折り畳み、そっと机の上に置く。

 ――『私なんて』って言わないようになったら、またお会いしましょう?

 穏やかで、しかし、何処か険の有る話し方を思い出す。

 あの夜から月日が経ち、幾つもの経験を重ねた。

 周囲の優しさや思いに気付き、自分を少しでも嫌いにならないように努力して、そして――

(私は……変われたのかしら?)

 もう一度会いたいという気持ちと、まだ会うのが怖いという気持ち。

 二つが混ぜ合わされて、キャロルの中でぐるぐると回っているが。

(それでも、私……)

 どうしても、王太子妃に伝えたい言葉があった。



「……少し、顔色が悪いようですが」

 夜会の当日、夕刻に到着した馬車に乗ると、エルネストはキャロルの顔を覗き込んだ。

「……昨夜は、あまり眠れなかったので……」

 前日になると、あれこれと考えてしまい、どうにも寝付けなかった。

 侍女達にも気にされて、化粧を施してくれたが、ごまかしきれなかったようだ。

「ごめんなさい。折角の夜会なのに、こんなひどい顔で……」

「そんな事はない」

 エルネストは、目を合わせて微笑む。

 黒い瞳や整った鼻筋が、いつもより近い距離にあって、思わず息を止めた。

「いつだって、貴女は綺麗だ」

 そう言うなり、エルネストは慌てて後ろに下がる。

 背もたれに身を預けると、悶え出した。

「すみません……そういう事を言いたいのではなくて……いや、そうなのだが……」

 顔を覆い、ふるふると震える。

(どうして、貴方の方が、恥ずかしがるの……?)

 キャロルも、同じ仕草をしたい気持ちだった。



 心配や不安など、何処かに行ってしまった――

 馬車を出た時の、二人の気持ちはそんな感じ。

 少し気恥ずかしさを残しつつ、手を取り合って王宮内を進む。

 好奇の眼差しを向ける衛兵や女官達の事を、気にする余裕は無かった。


 夜会の間に足を踏み入れると、花の香りが二人を包んだ。

 夏の盛りの催しに合わせて、艶やかな花達が会場を彩っていた。

 参加している者達も、衣服や装飾品に花を模した飾りを付けている。


 エルネストとキャロルは、参加者達の中では、控えめな装いであった。

 エルネストは、いつも通り黒一色。キャロルは濃紺色のドレス。

 揃いの銀糸で刺繍をし、キャロルは真珠や宝石を少し添えた。

 侍女達からは花飾りを勧められたが、全て断った。

 明るく元気な向日葵だったり、気高いダリアだったり、優美で気品ある月下美人だったり――

 自分に、夏の花は似合わないのだから。


 『地味である』とキャロルは評しているが、色彩に溢れた会場では、キャロルの容姿は良く目立った。

 異質なだけでなく、可憐さや清楚な印象を与える彼女の佇まいは、誰かの悪意を刺激するに十分だった。

「随分と、いい御身分ですこと」

 その言葉が聞こえたとき、キャロルは王太子妃の事を考えていた。

(クラリス様は、いつ来られるのかしら……お話しする機会があればいいのだけれど)

「キャロルさん、貴女、何様のつもり?」

 先程よりも大きく、鋭い言葉に、キャロルは振り向く。

 周囲の人々も、思わず会話を止めていた。

 声の主は、榛色の髪を纏めた気の強そうな顔立ちの令嬢。

(確か、伯爵家の方だったかしら……)

 交友関係の少ないキャロルは、脳内で貴族名鑑の頁を必死で捲った。

「貴女と婚約解消させられてしまったアンヘル様は、社交界から距離を置いたというのに……もう新しい殿方を侍らして……」

 アンヘル・ペダルファ――久方ぶりに、元婚約者の名前を聞いて、キャロルは嘆息した。

 婚約解消となってから、彼はペダルファ伯爵家の領地に籠っていると聞く。

 事務官として身を立てるべく、研鑽に励んでいるそうだ。

 トリアン伯爵家の領地で、ある程度の地位が約束されていた彼にとっては、大きな方向転換だろう。

「いいわね、そんな綺麗な見た目で生まれただけで、大事にされて。珍しいだけなのに」

 キャロルを回想から呼び起こしたのは、令嬢のそんな誹り。

 素直に怒りや嫉妬の感情を向けられた事の無いキャロルにとっては、新鮮な体験であった。

「まあ……」

 どんな言葉を受けても、貴女は気にしなくてもいいのよ。だから、堂々としていなさい――義姉の教えも忘れて、思わず口に手を当てる。

「キャロル」

 エルネストが、キャロルを庇うべく前に出るが――

「私、同じ立場の方に見た目を褒めてもらうのは、初めてよ」

 侍女やエルネストから賛辞の言葉を受けても、同年代の令嬢とは、容姿の話をした経験が無い。

 無論、社交上での礼儀の問題であり、茶会で交流する友人達はキャロルに気を遣っていたのだろう。

「私、あなたの方が羨ましいわ。普通になりたかったんですもの」

「何ですって!」

 二人の遣り取りに、会場からは忍び笑いが聞こえる。

 隣に立つエルネストは、呆気に取られた顔をしている。

 周囲を見れば、エルネストと同じような顔で此方を見ている兄とビクトリアや、小さく扇子や手を振る友人知人の姿。

 彼等がいたからこそ、今のキャロルがある。

 だから、もう感傷には浸れない。

「アンヘル・ペダルファ様には申し訳なく思っています」

 その言葉に、エルネストが顔を顰める。

「当家の……いえ、私の都合で婚約を結んでいただいた事……しかし、我が家との交流があったからこそ、あの方は、ドロシーさんという愛する存在と巡り合えたのです」

 二人が、本当に心を寄せ合っていたかは分からない。

 打算や妥協もあっただろう。

 それでも、二人は、キャロルよりも遙かに思い出を積み重ねている。

「残念ながら、道を違える結果になってしまいましたが、お二人の幸せを、私は望んでいます」

 二人の気持ちを知るには、もう、月日が経ち過ぎていた。

 自分は、前を向くしかない。



 榛色の令嬢は、軽く礼を執ると、会場を後にした。

 周囲の会話から、彼女は縁談が見つからずキャロルに嫉妬していたらしい事は聞き取れたが――キャロルにはどうでも良かった。

 みんな、誰かを羨ましがって生きている――それでも、どこかで折り合いを付けるのが人生なのだろう。


「キャロル」

 気付けば、エルネストに強く手を握られていた。

「大丈夫ですか?」

 彼の手は汗ばんでいて、自分より動揺しているのが見てとれた。

「……私は、平気ですけど……エルネスト様が……」

「その……貴女が……前の、婚約者を」

 エルネストは空いた手で頭を掻く――整えられた髪形が、台無しになった。

「彼の事を、思い出したと思うと……」

「まあっ」

 思わず、声を出して笑ってしまう。

「私が、アンヘル様に心を残していると思っていますの?」

「だって、その、彼は、顔がいいし……私なんかと比べて魅力的だし……」

 髪が抜け落ちてしまうんじゃないかと思うぐらいに、頭を掻き毟る。

 不器用で、口下手で、女心が分かっていない――そんなエルネストであるが、キャロルにとっては、誰よりも愛しい。

「私、貴方が、一番素敵だと思います」

 その言葉に、エルネストが動きを止める。

 盗み聞きしていたらしき周囲から、「あらぁ」「きゃっ」と声が聞こえた。

「え、い、い今、私を、素敵などと……」

「言いました」

 エルネストは、顔を覆って震え出す。

 衆目がある事を、彼は忘れているのではなないか――キャロルが心配していた時。


「随分と、楽しそうだね」

 ゆったりとした、聞き慣れぬ声に振り向くと。

「王太子殿下に……妃殿下」

 夜会の主催者の姿に、慌てて礼を執る。

 ちらりと見えた王太子の顔は、苦笑している様子であった。

「この度は、誠に申し訳ありません」

 頭を下げるエルネストの声も、流石に強張っている。

(嫌だわ、私ったら……こんなに騒ぎを起こして……)

 お叱りは免れないだろう――そう覚悟していると。

「いや、気にしていないよ。楽にしてくれ」

 エルネストが動くのを確認して、キャロルも顔を上げる。

 王太子夫妻の装いは白と紫を基調にしており、優美な雰囲気を醸し出している。

 白い花で彩られたクラリス王太子妃は、以前と変わらぬ美しさで、王太子に寄り添っていた。

「キャロルさん、見違えたわ」

「妃殿下、お久し振りです」

 王太子妃の穏やかな眼差しを受けて、思わず口を開いていた。

「ずっと妃殿下に申し上げたい事がありました」

「あら、なにかしら?」

「あの……ありがとうございました。私に、変わる機会を与えてくれて」

 向日葵を妬んだまま萎れるはずだったキャロルが、自分で立てるようになったのは、あの夜の茶会のおかげなのだから。

(良かった……やっと、クラリス様に言えた)

「そう……」

 王太子妃は、小さく頷く。

「私、今日、貴女に会えて良かった」

 その言葉に、思わず目元が潤む。

 しかし、横から差し出されたチーフに笑みを零していた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 とても嬉しいです。 エルネストとキャロルが初々しく心を通わせるところが、可愛くて素敵です。
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