1、佇む
日覆いを少し開けて、窓の外を覗き見る。
今日も晴天で、夏の日差しが少し痛い。
視線を下ろすと、庭園に集まる人々の姿が見えた。
花を植え替えているらしく、皆で道具を持って土いじり。
使用人達に混じって作業する、母の姿も確認出来る。
その中で、一際目立つ存在があった。
眩い金色の髪に、青空を映したかのような大きい瞳。
彼女は向日葵の鉢を抱え、花のような笑顔を見せる。
キャロルは、胸が苦しくなりながらも、大きな口を開けて笑う姿から目を離す事が出来なかった。
「まあ、キャロルお嬢様!」
部屋へ入って来た侍女は、水差しを置くと慌てて窓へと駆け寄る。
「いけませんよ、窓に近付いては」
「だって、とても楽しそうだったんですもの」
「皆様方は、お嬢様の為に庭園を整えたいと仰って……さあ、そんな事より」
侍女は覆いを閉め、キャロルを姿見の前へと押しやった。
「ペダルファ家からドレスも届いたのですから。明日の髪形を考えなくては」
そう言って、侍女は髪を触り始める。
高い位置で纏めたり、耳の後ろで緩く結んだり……肩の上からさらさらと零れる白髪の束を見て、そっと溜め息を吐いた。
(……私なんかが着飾る必要はないわ)
色素の抜けた白い髪に、赤紫の瞳――伯爵家の長女として生まれたキャロル・トリアンは、生まれた時から屋内での生活を強いられてきた。
太陽の光に弱く、すぐに火傷や発熱を起こすためだ。
唯一の救いは、医者の『瞳の色素がもっとなければ、視力も危うかっただろう』という言葉だけ。
ずっと領地で過ごしていたが、デビュタントを終えた昨年から、社交期は王都に滞在するようになった。
一晩掛けて馬車に乗り、太陽に追われるようにして王都へ滑り込む。
昼は屋敷に閉じこもり、重要な夜会だけ出席する――ただ、顔を出す程度であるが。
友人知人等皆無に等しい彼女にとっては、ただの作業であった。
「では、明日はこれにしましょう。きっと、アンヘル様もお喜びになりますよ」
侍女が満足した面持ちで部屋を出る。
「アンヘル様が……」
自分の発した言葉を振り払うように、キャロルは首を振る。
急いで立ち上がり、書棚に手を伸ばす。
領地から持ってきた本に、暫し読み耽った。
「まあ、キャリィ、何をしているの?」
扉を叩く事なく入って来たのは、甲高い声の持ち主。
先程外にいた、金髪の少女であった。
キャロルよりも背が高く、少し日に焼けた顔。
大きな口と瞳を殊更開いて此方を見ていた。
「ビクトリア様に教えていただいた本よ」
昨年、初めて出た夜会で侯爵令嬢と話した際に『王都で有名な詩人も知らないの?』と呆れられた。
その後、領地に、『今の流行りぐらいは読みなさい』という手紙と共に本が贈られてきたのだ。
「……ビクトリア・グローブス様ね? 私、あの人嫌い。いつも偉そうで」
『私はキャリィの姉だから』と公言する彼女は、他家の令嬢とも積極的に関わろうとしているらしい。
しかし、ビクトリアにはいつも一瞥されるだけだと零していた。
「ドロシー……偉そうではなくて、本当に偉いのよ」
グローブス侯爵家は、王国一番の名家。
トリアン家の為にも、非礼は控えて欲しい所。
「そんな事より」
彼女は、キャロルの本を取り上げてサイドテーブルに置く。
「マギーお母様と、お菓子を買って来たの。すっごく人気なのよ? みんなでお茶にしましょうって」
花の蜜がどうのと言いながら手を引く彼女に、キャロルは抵抗出来ない。
「ドロシーさん、キャロル様の部屋に勝手に……」
「いいじゃない。マギーお母様も許してくれているわ」
何十回と聞いた、ドロシーと侍女の遣り取りに、内心溜め息を吐く。
(別に、放っておいてくれていいのに……)
王都に来てから、母とは一度挨拶を交わしただけ。
母が自分を誘う筈がないと分かっているので、きっとドロシーの発案だろう。
「ちゃんと、お菓子に合うお茶も準備しているわ。私、お茶を淹れるのも上手になったのよ? お母様も褒めてくださったわ」
「そう、すごいわね」
自分の心情なんて知る事も無く、ドロシーは揚々と進む。
(あの人は、私の顔を見ても大丈夫なのかしら……)
石を括り付けられたかのように、足が重かった。