第9話「変化」
グッバイ、マスクメガネ女をした翌日。
私は渋々制服に着替えると、そのまま重たい足取りで学校へと向かう。
――あぁ、昨日は逃げて帰ってきちゃったけど、今日も面倒ごとが待っているんじゃろか……
そう思う度に、仮病を使って学校を休みたくなってくる。
でも、高校生はもう義務教育ではないのだ。
そんな理由で一々休んでいたら、留年してしまうかもしれない。
だから、意外と根は真面目な私は頑張って学校へと向かうのであった。
しかし、学校内ならまだしも、何だか街行く人までこっちを見てきているような気がする。
いや、自意識過剰かよって感じなんだけど、明らかに見てるんだから仕方ない。
何か変な所でもあったかなと身嗜みを確かめるが、特に変なところは無い……はずだ。
――ま、まぁいいとしよう、危機管理能力Sランクの私であれば、最悪回避は可能
そう自分に言い聞かせながら、今日も朝から電車に揺られるのであった。
◇
教室へ入ると、早速岸田くんが私の席へとやってきた。
「あ、おはよう新田さん。昨日はなんか悪かったな!」
「お、おはよう。い、いえ、そんな、別に……」
「そっか、サンキュ!」
それだけ言うと、岸田くんは微笑みながら友達の元へ去って行った。
何だったんだろうと思っていると、今度は小木曽くんがやってきた。
「おう、新田。昨日はその、悪かったな――」
「う、ううん、だ、大丈夫、です――」
「そっか、それだけだ。じゃ」
そして小木曽くんも、それだけ言うと陽キャの輪へと戻って行く。
――あっれー?今日は何だか私、許されてるー!?
これまでとは打って変わって、すんなりと引いてく事に驚きを隠せなかった。
それに、昨日より周囲からもそんなに注目を浴びてない気がするし、完全に許されモードに向かっている事を体感する。
――これは、私の時代来たっ!?
そう確信した私は、朝の憂鬱とした気分から一気に回復する。
普通に過ごせること、そして当たり前が当たり前であることの喜びを感じる。
こうして私は、人の噂も七十五日とは言うが、僅か二日で特に問題もなく午前の授業を終える事ができたのであった。
◇
そして昼休み。
私は弾むような足取りで、いつものエデンへと向かう。
さながら気分はアルプスの少女だ。
脳内では、ヨーデルヨーデルご機嫌なミュージックが鳴り響くぜ!
そしていつも通り光合成をしながら弁当を食べていると、そこへ一人の人物が現れる。
「あ、いた」
そう声をかけてきたのは、昨日お知り合いになった国分寺くんだった。
なんと国分寺くんは、自分のお弁当を片手にここへやってきたのである。
「あ、ど、どうも」
「うん、ごめんね勝手に来ちゃって」
「い、いや、別に――」
良くはないけど、そんなことは言えない。
とりあえず、自分のお弁当片手にここへやってきたという事は、それはもうここでお弁当を食べる気満々という事だろう。
そんな事を思っていると、国分寺くんは私の隣に腰掛けた。
「隣、いいかな?」
「え、ええ――」
ナチュラルに、隣に腰掛ける美少年。
やはり整った容姿の人間は、自分に自信があるのだろうか。
私にできない事を、平然とやってのけやがる!そこに痺れる憧れるぅ!なんて思ってしまう程、そのあまりに自然な流れに危機管理能力Sランクの私ですらも付け入る隙が無かった。
――まぁ、国分寺くんは接しやすいし、弁当食べるぐらい受け入れてやろう
私は心が琵琶湖ばりに広いのだ。
我がエデンまで遥々お弁当を食べに来た人間を追い返す程、心は狭くないのである。
こうして私は、国分寺くんという美少年と一緒に弁当を食べる事となった。
「――うん、ここは風が心地いいし、それに陽の光もポカポカして気持ちいいね」
「そうなんですよ!」
ほう、分かるかねこの良さが。
国分寺くん――プラス1ポイント。
ちなみに10ポイント貯まれば、おかずの唐揚げを一つプレゼントしようじゃないか。
「それに、新田さんといると、不思議と自然でいられるっていうか――あ、ごめん変な事言ったよね」
「い、いえ――」
何故自分から言っておいて顔を赤らめるのだ美少年!
そんな顔されたら、もし私がチョロインだったらすぐ惚れてまうやろ!
成る程確かに、彼のそんな微笑みを前にしてしまっては確かに惚れるのも頷けた。
その甘いマスクにかかれば、カツオの一本釣りのように女が釣れてしまうのかもしれないな。
でもそう考えると、同時に彼のいう事も分かった。
この恋愛不適合者である私相手なら、そんな事には絶対にならないのだ。
だから国分寺くんも、私相手なら自然体でいられるという話はあながち嘘では無さそうだ。
――まぁそれに、私からしても国分寺くんは私の事面白がったりしないしね
それは私としても嬉しかった。
こうして私は、昼休み他に誰もいないこの空間で、国分寺くんと二人きりでお弁当を食べたのであった。
それにしても、本当に美少年だよなと横顔を見る度に惚れ惚れしてしまう。
色白の肌に、くっきりと通った鼻筋、それから栗色のフワフワした髪は可愛さを引き立ててて、正直誰がどう見ても美少年って感じだ。
一体何を食べたら、こんな風に成長するのだろうか。
いや、それを言ったらうちの姉も似たようなものだし、同じご飯食べてるはずの私の説明がつかなくなるからこの話はここでやめておこう。
とりあえず私は、そんな彼が何者なのかちょっとだけ気になってしまったから、さり気なく質問してみる事にした。
「あ、あああ、あの、こ、ここ国分寺くんは、そ、その、な、何かやられたり、す、するんですか?」
うん、我ながら全くさり気無くて草生えちゃう。
もう本当に、自分がコミュ障すぎて死にたくなってきちゃうなっ。てへっ。
「え?あ、ああ、うん。――そっか、やっぱり知らないよね」
知らないって、そりゃ知らないから質問してるわけで。
でも、国分寺くんはまるで知ってて当たり前のような口調で話すものだから、どういう事だろうと私は首を傾げる。
「――えっと、一応これでも、俳優やってるんだ」
「あっ――」
成る程、芸能人さんだったんだ。
その瞬間、私の中で全てがスンと腑に落ちたのであった。
国分寺くん、実は芸能人でした。