第6話「あだ名」
不味い事が起きた――。
これは完全に、私の予想の範囲外だった。
危機管理能力Sランクの私をもってして、すり抜けた綻び――。
一体何が起きたのかと言うと、なんて事はない。
いつもメガネにマスクで素顔を隠す私に、裏で変なあだ名をつけられていたのである。
え、どんなあだ名か知りたいって?いいだろう、聞いて驚け!
『マスクメガネ女』だっ!!
もう一度言ってやる!!
『マスクメガネ女』だぁ!!
もうね、聞いた瞬間自分でも笑っちゃったよね。
幸いマスクしてたから笑った事に気付かれなかったけどさ、マスクメガネ女ってまんまじゃん!
全然間違ってないし、本当にその通りだからわたくしマスクの下では大爆笑でしたわよ!
伊達メガネとマスクという不審者スタイルを数日続けた結果、私にはそんな面白いあだ名が付けられてしまっていたのであった。
だから私は、覚悟を決めた。
一回冷静になって考えてみて欲しい。
高校デビューをいじられるのと、マスクメガネ女と裏で呼ばれるのどっちがいいかって。
――いや、どう考えても前者でしょ
何が悲しくて、マスクにメガネというただでさえ生き辛くする枷を自らにかけながら、そんな不本意なあだ名までつけられなきゃいけないのだって話だ。
本末転倒もいいところだ。
そう思った私は、もうマスクもメガネも無しで登校してやる事にした。
いいさ、高校デビューと笑いたきゃ笑うがいい!私には、ユニークスキル『自然治癒』だってあるんだからねっ!
こうして私は、レンズ越しでないそのままの青い空、そして布を挟まずに吸える澄んだ空気に喜びを感じながら、弾む足取りで登校するのであった。
◇
そそくさと教室へ入る。
しかし、当然根暗でカースト最下位の私が登校した事になんて誰も気付きやしない。
だからやっぱり、今までただの私の自意識過剰だっただけだし、一人、また一人と私の事を見て驚いたりなんて――驚いてなんて――うん、完全に驚いてますね――。
――なにこれ、こわい!
人生で初めて浴びる注目に怯んだ私。
みんな信じられないものを見るように、私の事を見て固まってしまっていた――。
そんな状況を前に、早速私は後悔する。
こんな事になるぐらいなら、裏でマスクメガネ女と呼ばれている方が全然良かったんじゃないかと。
でも、そんな驚かなくてもいいのにとも思う。
だって、ただの根暗女がちょっとナウい感じでイメチェンしてきただけじゃん!
本当それだけなのに、そんな信じられないものを見るような目で見て来なくたっていいじゃん!
そんな事を思いつつも、結局根暗の私はじっと小さくなるしかなかった。
我はミノムシ――。
今はただ、こうしてじっと自分の殻に閉じこもり、朝のホームルームが始まるのを待つべし――。
「おいおい、新田さん怖がっちゃってるから。皆、ジロジロ見すぎだって」
しかし、そんな中この状況を打開してくれる神の一声が聞えてくる。
私は殻からひょこっと顔を上げると、岸田くんがそう言ってクラスのみんなを散らしてくれていた。
――え、やだイケメン
救われた私は、素直にそう思った。
私がそこいらのチョロインだったら、ここで間違いなくフォーリンラブしているね。
「おう、おはよう新田さん!大丈夫か?」
そして岸田くんは、まるで安心させるようにニッコリと私に微笑みかけてくれた。
――やだ、本当にイケメン!
そんな有難い岸田くんに、私はお礼を言おうと口を開こうとする。
しかし、それより先に私達の間に割り込んでくる人がいた。
「――おはよう新田。大丈夫か?」
誰かと思えば、小木曽くんだった。
さっきまでいつものカースト上位の輪にいたような気がするけど、気を使ってか私の元までやってきてくれたようだ。
しかし何故だろうか、さっきから睨み合っている気がする岸田くんと小木曽くんの二人。
「え?うそ!マジ!?あの時の妹ちゃん、新田さんだったの!?」
「マジびびるってな!」
「それなっ!」
そして最後に、小木曽くんにつられて金魚のフン――じゃなくて、他の陽キャ達も集まってきた。
――ハハ、なんだここ、イケメンパラダイスかよウケる
次から次へと、クラスのイケメン達が集まってきやがるじゃあないか。
とりあえず、謝るのでそろそろ本当にそっとしておいて頂けないでしょうかお願いします。
そう願いながら固まっていると、タイミングよくチャイムが鳴り響く。
そしてそれと同時に先生が教室へ入ってきたおかげで、何とか私は謎のイケメンパラダイスから解放されたのであった。
――た、助かった
そんなこんなで、朝から私はヘロヘロのクタクタになってしまったのであった。
――ああ、はやく家に帰りたいぴょん……
マスクメガネ女からの卒業
本作、有難い事に日間ランキング16位に入っておりました!
皆様、本当にありがとうございます!
謎にクセが強いと思いますが、良ければ今後とも宜しくお願いいたします。
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