第5話「自然治癒」
午後の授業も終わった。
つまりは、これでようやく私は家に帰れるっ!
結局午後も無事何事も無くやり過ごす事に成功した私は、急いで帰り支度を済ますとダッシュで教室を飛び出す。
さながら、レースゲームのスタートダッシュを決めるように、我ながら一切無駄のない動きに惚れ惚れする程だ。
しかし、そんなスタートダッシュを決めたはずの私の腕が、何故か後ろから急に掴まれる。
この私のスピードについて来られた猛者の存在に驚いた私は、恐る恐る後ろを振り返る。
するとそこには、小木曽くんの姿があった。
――え、なにこれ、デジャブ!?
「え――なっ」
「わ、悪い」
私が驚いている事に気付くと、小木曽くんはすぐにその手を離してくれた。
そして小木曽くんは、自分の頬を指でかきながら、視線を逸らしつつ言葉を続ける。
「その……昨日は悪かったな」
「へっ?」
「いや、昨日は俺達がその、邪魔したかなって――」
なんと小木曽くんは、昨日の事を謝ってきたのである。
しかし、確かに昨日は驚いたけれど謝られる覚えの無い私は、事態が上手く呑み込めずキョトンとしてしまう。
「ま、まぁ、それだけだ。それだけ伝えたかった。追いかけて悪かったな――」
「あ、あの、お、小木曽くんは、その――な、なんで私って、わかった、の?」
それだけ言うと、またすぐに立ち去ろうとする小木曽くん。
でも私は、丁度良い機会だと思ってコミュ障全開に発揮しながらも昨日から抱いていた疑問をぶつける。
どうして小木曽くんは私だって気付いたのか、それが気になって夜しか眠れないのだ。
「――分かるよ」
「――え?」
「だって俺は、中学の頃から――」
何かを言いかける小木曽くん。
しかし、小木曽くんは自分の口元を手で隠すと、視線を逸らして「――いや、何でもない。じゃな」と結局質問に答えずに立ち去って行ってしまった。
でも、全て言葉にされなくても私は分かってしまった。
いくら根暗で対人能力皆無な私でも、さっきの反応を見れば小木曽くんが何を思っているのかぐらい流石に分かるってもんだ。
中学の頃から――面白がって観察されてたのね――。
そう、小木曽くんはきっと、こんな根暗な私を中学の頃からずっと観察していたに違いない。
だからあの時だって私だと唯一気付けたし、今だって嘲笑う口元を手で隠したのだ。
――チ、チクショウめっ!
その事に気付いた私は、逃げ出すように駆け出す。
そして、私の中で心の警告音が鳴り響く。
"エマージェンシー、エマージェンシー"
"心的ダメージハ既ニ限界値突破!一刻モ早ク、帰ッテアニメヲ観テ現実逃避セヨ!"
こうして緊急事態に陥った私は、半ベソをかきながら急いで家に帰宅した。
幸い眼鏡にマスクをしているおかげで、醜い顔を世間様に晒さずに済んだのは不幸中の幸いだった――。
◇
「あ~、心がピョンピョンするんじゃ~」
部屋で一人、私は心がピョンピョンする系アニメを観て一人癒されていた。
おかげで、学校で負ったダメージも徐々に薄れていく。
――ユニークスキル『自然治癒』発動!
説明しよう!
私、新田明美は実はユニークスキルの保持者なのだ!
どんな傷でも、この『自然治癒』があれば時間経過と共に回復していくのだ!
常人であれば心を抉るレベルの恥ずかしい出来事でも、この私にかかれば朝飯前――いや、昼飯後なのだ!
だからこうして、好きなアニメを観ながら心をピョンピョンさせてさえいれば、ある程度の事を忘れる事が出来る便利な能力なのであった。
「あんた、またアニメ観てるの?」
「悪い?私のピョンピョンの邪魔しないで」
そこへ、仕事から帰ってきた姉の瑞樹が勝手に部屋へと入ってきた。
そして今日もアニメを観てピョンピョンしている私に向かって、呆れたような視線を向けてくる。
私は声を大にして言いたい。
まず、このアニメを観てからそういう反応をしてくれと!
知りもしないものを、イメージだけで判断して否定するのはナンセンスなのだ。
だって、こんなにもピョンピョンできるのだ。だから私からしたら、それを知らずに生きている姉の方が人生損をしているのだ。
「また訳の分からない事言って……。とりあえずご飯の用意そろそろ終わるみたいだから、降りてきなさいよ」
「はいはい、この回終わったら行くぴょーん」
そう私が返事をすると、呆れたような深い溜め息と共に去っていく姉。
こうして深手を負った私だけど、晩御飯前にはすっかり回復する事に成功したのであった。
危機管理能力Sランクで、ユニークスキル保持者の明美さんでした。
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