第4話「登校」
月曜日がやってきた。
つまりは、私が様変わりして初めての登校日だ。
私はわざと遅刻スレスレの時間に登校すると、恐る恐る自分の席へと着席する。
しかし、元々根暗で空気な私の事など誰も気にしないため、そんな私が教室へやってきた事にはまだ誰も気付いて無さそうだった。
――よし、大丈夫そう
流石に考え過ぎだったかなと、ほっと胸を撫で下ろす。
ちなみに今の私は、姉の部屋から勝手にパクってきた縁の厚い伊達メガネとマスクをしているため変装はバッチリだ。
何故こんなひた隠しにするかって?
そりゃあもしクラスの皆に、私が急に色気づいてイメチェンしてきただなんて思われて揶揄われた日には、きっと不登校になる自信しか無いからだ。
だから何としても、また髪という装備品が復活するまではこの変装を続けるしか無かった。
とりあえず一安心かなと一息ついた私は、何となく教室の端へと目を向ける。
そこでは今日も、昨日街で会ったカーストトップの男子達が楽しそうにお喋りしていた。
そしてその中には、私の腕を掴んできた小木曽くんの姿もあるなとかぼんやり思っていると、何故かそんな小木曽くんとバッチリ視線が合ってしまう――。
――げっ!ヤバッ!
彼だけは、私の正体を知っているのだ。
焦った私は、慌てて視線を逸らした。
しかしそんな私に、今度は別方向から声がかけられる。
「あれ?新田さん髪切ったの?」
「ふぇ?」
その声に振り向くと、それは同じクラスの岸田くんだった。
岸田くんと言えば、そう、野球部だ!
うん、それ以上は何も知らない!
ただ、彼はカーストトップ集団には属さないものの、女子達から人気が高い事だけは知っている。
だからそんな岸田くんが、いきなり私のような根暗人間なんかに声をかけてきた事に驚いた。
「いや、正直いっつもすげー髪型してるなと思ってたんだけどさ」
「え?あ、あはは。そ、そうだよね」
だ、駄目だ……普通に笑い返したつもりが、根暗過ぎて我ながら反応がキモいぞ……。
「いや、笑って悪い。今の髪型似合ってると思うぜ!」
「へ?あ、ありがと、う……」
「おう!それにあれ?よく見ると新田って……」
そう言って、顔を近付けて私の顔を覗き込んでくる岸田くん。
だから私は、慌てて咳き込むフリをして顔を隠す。
「ゲホッゲホッ!ご、ごめんなさい風邪で!」
「ん?ああ、こっちこそ悪い。じゃな!」
そう言って、岸田くんは興味を失ったのかそのまま去っていく。
――やっべ、マジ焦ったわぁー
何とか危機回避した私は、朝から一気に疲れてしまう。
もうお願いだから、どうか私の事なんて放っておいてと願うしかなかった。
◇
午前中の授業が終わった。
やはり朝の一件が異例だっただけで、それからは特に何事もなくいつも通り空気になれていた。
安心しきった私は、いつも通り自分の机で弁当を広げて食べる事にした。
――あ、マスクしてると食べれないか
なんかゴムで耳も痛くなってきたし、とりあえずマスク外し――――たら駄目だろ馬鹿!
危機管理能力Sランクのはずの私が、危うく普通にマスクを外そうとしていた事にビックリする。
――でも、マスクをしたまま弁当は食べられないじゃない……
そう思った私は、弁当片手に立ち上がる。
そして、徐に教室を飛び出すと、校舎裏の人気が無いところへとやってきた。
――よし、ここなら誰にも見つかるまい
こうして私は、ようやくうざったいマスクを外して弁当を食べる事が出来た。
しかし季節や天気もあるだろうけれど、外でこうして弁当を食べるというのは中々快適なものだった。
――ちょっとしたピクニック的な?いやまぁ、ボッチなんだけど
なんて事を思いつつ美味しく弁当を頂いた私は、もう暫くここにいる事にした。
どうせ教室に戻っても仕方ないし、ここならもう一つのうざったいアイテムである眼鏡を外しても平気だろうと、私はありのままの姿になる。
そして差し込む陽の光を浴びながら、私は光合成を洒落込む事にした。
――あぁ、お日様がポカポカ暖かいんじゃあ~
こうして私が、暫く光合成もとい日向ぼっこを満喫しながらウトウトしていると、突然近くで誰かが走るような音が聞こえてくる。
その音に驚いた私は、慌ててその音のした方へと視線を向ける。
するとそこには、見たことの無い男子が一人、ポツリとこっちを見て驚いていた。
――いや、驚いたのはこっちですけど!?
そう思いつつも、根暗の私は声には出せない。
そして今の自分が、真・新田明美全開である事を思い出す。
「――あ、ご、ごめんなさい!邪魔しちゃったかな!?」
「え?い、いや――まぁ」
別に文句を言える立場ではないが、邪魔されたと言えば邪魔された気がする。
「あ、あの!本当ごめん!まさかこんな所に人がいるなんて思わなくて」
本当に申し訳なさそうに謝ってくる男子。
そう素直に謝れると、私も悪いこと言った気がしてきてしまう――。
どうやらこの男子、別に悪い人では無さそうだ。
「いえ、もういいので、その、とりあえず一人にして貰えませんか」
「あ、そ、そうだよねっ!うん、ごめんねっ!」
私がそう言うと、彼は慌てて立ち去って行った。
何を私なんかを相手に怯えてるんだね君はと言いたかった。
こうして、再び一人の時間に戻れた私。
さっきの彼は、なんて言うか可愛い系の美少年という感じだった。
こんな所で、一体彼は何をしていたのかは知らないが、とりあえずこの広い世の中、どこに私みたいな根暗女が潜んでいるか分かったもんじゃないから、気を付けたまえよ美少年と心の中で助言しつつ、私は昼休みギリギリまでここで光合成の続きを満喫したのであった。
クゥー!お日様、最高ぅ!