第2話「変貌」
「はいっ!完成!」
一通りの工程を終え、最後に髪を綺麗にセットしてくれた美紀ちゃん。
髪を切られれば切られる程、頭が軽くなっていく感覚は控えめに言って最高だった。
「……え、これが私?」
「そうよ、瑞樹の妹だもの、昔から可愛かったけど成長してもっと綺麗になったわね」
そう言って、美紀ちゃんは手放しに私の事を褒めてくれた。
美紀ちゃんに褒められるのは、素直に嬉しかった。
でも鏡に映っているのは、確かに私なんだけど私じゃなかった。
いや、自分でも何を言っているのかよく分からないけど、私がそう思うならそうなんですよ、私の中ではね――。
「ここまで来たら、もうちょっと付き合って貰うよ。お顔のムダ毛の処理と、あとはせっかくだから軽くお化粧までしちゃいましょうか」
自分で自分に驚く私を他所に、すっかり一人盛り上がってしまった美紀ちゃんはそんな事まで提案してくれた。
でもそんな提案、普段の私なら絶対に断っていただろう。
この私がお化粧だなんて、豚に真珠、猫に小判、犬も歩けば何とやらなのだ。
でも今日の私は、既に一度諦めた身。
もうどうせやるなら、とことん最後まで好きにやって貰うことにしてみた。
こうして、生え散らかっていた私の眉毛をカットすると、私物のメイクセットでメイクを施してくれる美紀ちゃん。
当然メイクなんてこれまでの人生でも数回しかした事のない私は、もう成すがまま好きにしてくれ状態だった。
「はい、これでよしっと。うん、とっても可愛い♪」
そう言って、前に立つ美紀ちゃんは満足そうに一度頷くと、横にずれる。
そして、鏡に映し出される自分の姿を見て、私は驚きで固まってしまう――。
「――は?誰この美少女?」
「明美ちゃんよ」
「いやいや――はぁ!?」
そんなバカな話、信じられるはずがない。
しかし私が話すのと同時に、動き出す鏡の向こうの美少女。
という事は、これが本当に私だっていうのか――。
「いやいや、ないない!どこのご都合ラブコメの主人公だって話よ!危うく騙されるところだったー!」
そんな都合の良い変身が現実世界にあってたまるかと、私は自分のデコをベシッと叩きながら大袈裟に自分で自分にツッコミをする。
しかし、鏡の向こうの美少女も同じように、そんなバカみたいな動きをしていた。
「ね、明美ちゃんでしょ?」
「――マジかよ。パネルマジックぱねぇ――」
「もう、パネルじゃなくてこれは実物よ」
そう言って笑いながら、美紀ちゃんは今度は手鏡を渡してくれた。
恐る恐るその手鏡を受け取った私は、自分の顔を写して確認してみる。
するとそこには、やっぱりさっきと同じ美少女のご尊顔が映し出されていた――。
どうやら認めるしかないようだ。これは本当に私なんだって事を――。
「美紀ー!終わったー?――へぇ、やっぱ明美は私の妹だな」
そこへ、私をここへ連行してくるや否や、どこか外へ出て行ってしまっていた姉が戻ってきた。
手には有名カフェの飲み物が握られており、はいはい映えですね陽キャですね分かりますよって感じだった。
「そうね、なんなら明美ちゃんの方が可愛いまであるかもよ?」
「は?冗談よしてよ。私がこの根暗妹に負けるかっての」
「おい、今なんつった?」
お?なんだ?戦争か?
でも正直そこは姉の言う通りだし戦っても勝てないのは分かっているから、それだけ言ってすっと引き下がる私。
危機管理能力Sランクの私は、いつだってギリギリを攻めるのだ。異世界だってどんとこい。
「じゃ、ついでに服も揃えようか」
「いいわね!着替えたら見せに来てよね!」
「あいよー!いくよ明美」
そしてまた、勝手に姉に次の予定を決められてしまった私は、どうやらお次は服を買いに連れて行かされるようだった。
しかし、髪ならまだしも服なんて私にはもっと必要無かった。
何故なら、私は徹底して学校以外家を出ないからだ。
そんな私に服を買ったところで、着る事が無いんだから完全なる無駄遣い。
そのお金があるなら、新しいゲームやアニメの円盤代に是非とも回して頂きたい――よし、止めるか。
「ふ、服なんてどうせ着ないから!それに見て!このジャージがあれば、春夏秋冬全てのシーズンをやり過ごす事が出来るし!」
「はいはい、普通にダサいから。馬鹿言ってないで行くよ。あんたももう高校生なんだから、もうちょっとちゃんとしなさい」
絶対的な信頼を置いていたこのジャージを、全否定される私。
こうして有無を言わさず連行された私は、それから服屋を何店舗も連れ回されては着せ替え人形にさせられたのであった――。