第17話「オベントゥー」
昼休みの時間になると、わたしはマイオベントゥーを片手に教室から飛び出した。
そして向かう先は、勿論西沢さんのいる教室だ。
対人関係Eランクを超えてDランクへランクアップした今の私なら、他のクラスへ行ってお友達をお昼に誘うぐらいイージーなのだ。
アニメや漫画で言う所の、ただのモブキャラからヒロインのお友達ポジションぐらいにステップアップした今の私は、もう以前の引きこもり根暗クイーンではないのである!
そして、この学校へ来て初めて他のクラスの扉の前に立った私は、目立たないように西沢さんを呼び出す術を考える。
――しまった、考えておけば良かった……。というか、なんだか周囲の視線が……?
自分の準備不足を痛感しつつ、どうしたものかと考えていると、クラスの視線のほとんどが自分へ向いている事に気付いた。
自分のクラスにも、今の私と同じように他のクラスの人が同じように友達を呼びに来ている事は度々ある。
だから私的にはそれと全く同じことをしているだけなはずなのに、どうしてこんなにも視線を集めてしまっているのか理解に苦しんだ。
――しかも、何故驚く?
そう、こちらへ向けられる視線のほとんどが、驚いたような熱い視線ばかりなのだ。
私が来ちゃそんなにいかんのか? あーん? と怒りたくもなるが、ついこの間まで根暗クイーンの座を守り続けていた私にそんなこと言える度胸のドの字も無い。
「あ、新田さんきてくれたんだ」
すると、そんな地獄のような状況の中一人の天使が声をかけてきた。
それは勿論、西沢さんだった。
今日も天使のように可憐に微笑み、本当に見ているだけで目の保養である。
「西沢さん! 行こっ!」
どん底のような気持ちから一気に嬉しみマックスになった私は、弾むような気持ちで一緒に微笑むとそのままいつものエデンへ移動――する前に、一つ大事なやるべきことがあった。
「――ごめん西沢さん、ちょっとだけ待って貰ってもいいかな?」
「え? う、うん」
私の言葉に、きょとんとしながら訳も分からず頷く西沢さん。
こうして西沢さんから了承を得た私は、クラスの奥でこっちを横目で見てきている国分寺くんの元へと思い切って近付く。
勇気を出して教室へ足を踏み入れると、教室からは「おぉ」と謎の驚きが起きるが、とりあえず無視をして国分寺くんの席の隣までやってきた。
「国分寺くんっ!」
「な、なにっ!?」
私のターゲットにされたことに驚く国分寺くん。
へぇ、有名人でもこんな顔するんだなぁとちょっと感心してしまったが、今はそれどころではない。
私は咄嗟に机の上に置いてあった国分寺くんのオベントゥーを掴んだ。
「ちょっと拝借!」
「えっ!? ちょっと!」
突然自分のオベントゥーを取られた国分寺くんは、驚きながらすぐに引き留めようとするが、私は無視してそのまま教室から出ていく。
そうなると当然、国分寺くんも慌てて私のあとを追ってくると、引き留めるため肩を掴んできた。
「に、新田さん!?」
「……国分寺くん」
「なに?」
「……その、前は酷い事を言ってしまってごめんなさい。その、また良かったら一緒にお昼食べませんか?」
我ながら下手くそ過ぎる方法だったが、何とか教室から国分寺くんを引っ張り出すことに成功した私は、そう国分寺くんに謝りながら頭を下げると共に、またエデンで一緒にお昼しないかと誘った。
「いや、いきなりそんな……」
「に、新田さん!?」
そんな暴走する私に、国分寺くんと西沢さんまでもあわあわと慌てていた。
この状況、何だか思いっきし失敗している気がしてならないが、ここはもう突き通すしかない。
「とりあえず二人とも! い、行きましょう!!」
そう、まずはエデンでお話しましょう。
周りに目を向けると、こんな美男美女と私のような存在しているかも怪しい非リア人間が一緒にいるところが目立ちに目立ってしまっているのだ。
それには二人とも同意してくれたため、一先ず私達はエデンへ移動する事になった。
◇
「強引なことしちゃって、ごめんなさい……」
「いや、もういいけどさ」
国分寺くん、私、西沢さんの順で座りながら、私はションボリとまず謝った。
冷静に考えて、人のオベントゥ……お弁当を奪って連れ出すなんて、どうかしていた。
「私、謝りたくて……。それから、またこうして一緒にお弁当食べたいなって……」
「新田さん……」
これが本心である事は、国分寺くんにも伝わったようだ。
心なしか、国分寺くんの感じも柔らかくなったような気がする。
そしてその気持ちは西沢さんにも伝わったようで、想い人である国分寺くんと一緒になるのに最初は慌てていたように感じたが、良い機会だと捉えてくれたのか私の事をサポートしてくれた。
「うん、私は三人でも全然構わないよ」
「西沢さん……というか二人って、そんなに仲が良かったっけ?」
「ああ、それはその、あの日以来……」
不思議がる国分寺くんに、西沢さんは気まずそうに答える。
それで全てを察した国分寺くんも、苦笑いを浮かべながら成る程と返した。
「全部私が悪いんだ。目立ちたくなかったっていうか、人と絡む事に慣れてなかったから、全部から逃げ出したくなっちゃったっていうか……」
「い、いや、それを言うなら僕の方こそ悪かったよ! 新田さんがそんな風に感じてたなんて」
「に、新田さん! 私は今すっごく楽しいよ!」
「二人とも……ありがとう」
やだ、なにこれ? 二人とも優しい……。
駄目だ、涙がちょちょぎれそうになっちゃう……。
「だから、ね? これからはこの三人で、お昼食べませんか?」
私は込み上げる嬉しさをぐっと堪えながら、そう改めて二人に提案した。
これは完全に私の勝手だ。
一度自ら拒絶しておいて、再び一緒に食べようとお願いする虫の良さ、それから断りも無しに想い人である相手を誘った強引さ。
どっちも決して良いとは言えない。でも、不器用な私にはこれが精いっぱいだった。
だから、断られても構わない。けれど、もし許されるなら……
「――分かったよ。うん、いいよ」
「私も――」
「いい、の?」
恐る恐る私が聞き返すと、二人ともニッコリと微笑んでくれた。
「新田さんと一緒は楽しいし、国分寺くんも一緒なのはやっぱり嬉しいもの」
「俺も、新田さんと一緒は楽しい。それに西沢さんとは、あれ以来ちょっと気まずくなっちゃったけど、良ければまた仲良くしたい――」
「――うん、こちらこそ」
「二人とも、ありがとう」
何だか急に可笑しくなって、三人同時に吹き出してしまう。
「じゃ、早くお昼食べちゃおうか」
「そうだね!」
「うんっ!」
こうして私達は、改めて今日からここで三人仲良くお弁当を食べる仲になる事が出来たのであった。
人のオベントゥーを奪う奇行。
しかしその奇行の結果、国分寺くんとも仲直りできた明美ちゃんでした。