第16話「次なるターゲット」
次は音楽の授業のため、教室を移動しなければならない。
仕方なく重い腰を上げた私は、廊下を歩きながら前を歩く集団をガン見していた。
何故そんなことをしているのかというと、隙を狙っているからだ。
ターゲットが一人だけならそのまま声をかけてもいいけれど、流石に集団の中に飛び込む勇気は無かった。
すると、そんな私の願いが届いたのか、ターゲットにしていた人物がその輪から離れてこちらへ向かって駆け寄ってきた。
――よし、これはチャンスだ!
そう思った私が口を開こうとするが、咄嗟のことで上手く言葉にならない。
その結果ターゲットの人物は、そのまま私の横を足早に走り去って行ってしまった。
流石運動部、足はっや! 私じゃなきゃ見逃しちゃうねっ!
じゃなくて、せっかく得られたチャンスだというのに逃してしまった。
以前の私なら、もうこの時点で諦めていたに違いない。
どうせ私には無理なのだと、己の殻に閉じこもっていただろう。
しかし、今の私はEランクにランクアップしているのだ!
Eランクは凄いのだ! ウェーイとか素で言っちゃう陽キャーズとも会話出来るぐらい、対人スキルモリモリなのだからっ!
だから覚悟を決めた私は、去って行った人物のあとを追って教室へと戻った。
そして、忘れ物を取りに戻っていたのか、ターゲットの人物と扉の所で丁度鉢合ってしまう。
「キャッ!」
「うぉ! す、すまん! って、新田……」
私があとを追った人物、それは同じクラスの岸田くんだった。
ぶつかってしまった私を咄嗟に手で支えてくれた岸田くんは、相手が私だと分かると気まずそうな表情を浮かべているのが分かった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、俺も不注意だったから」
やっぱり目を合わせてくれない。
前はこれでもかってぐらいグイグイ来たというのに、ちょっと接し方にメリハリあり過ぎませんかね!?
……いや、私が人のこと言えたあれじゃないけどさ。
「その、岸田くん!」
「な、なんだっ?」
「その、この間は酷い態度取ってごめんなさいっ!」
とりあえず時間も無い事だし、私は言うなら今しかないという思いで謝って頭を下げた。
そして言う事だけ伝えると、授業が始まってしまうし私はその場から立ち去る――つもりだった。
しかし、去ろうとする私の手首を掴んだ岸田くんにより、私は逆にその身を岸田くんの方に身を引き寄せられてしまう。
「いや、すまん――俺の方こそ、その、新田の気持ちを考えられてなくて悪かった」
そして、私を引き寄せた岸田くんはそう言って私に謝ってきた。
ここまでは、小木曽くんの時と変わらない展開だから慣れてはいないがまだ大丈夫だ。
しかし小木曽くんの時と違うのは、今の私は岸田くんとゼロ距離なのだ。
顔を上げると、すぐ目の前に岸田くんの顔があった。
「わ、私は全然、その、もう気にしてないのであの、距離が――」
「え? わ、悪いっ!」
ようやく岸田くんも距離感に気付いてくれたようで、慌てて私の両肩を掴んで引き離した。
しかし、ガシッと両肩を掴まれていると、今度は顔と顔がもろに向き合ってしまう。
そして、二人の目と目が交わり合うと、岸田くんの顔がさっきよりも赤く染まっている気がした。
「に、新田――俺――」
「待って、もう本当に時間ヤバイよ! 急ごう!」
そう、岸田くんの話の腰を折ってしまったのは申し訳ないが、もうじき次の授業が始まってしまうのだ。
体感あと30秒とかそんなレベルだ。
だから私は、岸田くんの手を取って駆け出す。
「急ごうっ!」
「お、おお」
今からダッシュすれば、きっと間に合うはずだ!
こうして私は、岸田くんの手を引きながら廊下を駆けた。
「なんか、新田って変わったよな」
「うん、まぁね! ランクアップしたから!」
「ぷっ! なんだよそれ! まぁでも、やっぱ新田と居たら飽きないな!」
何だかよく分からないが、岸田くんが笑ってくれたのならとりあえずオッケーだ。
こうして私達は、無事次の授業にギリギリセーフで間に合った。
そして、このことがキッカケでまた岸田くんとは以前のように会話の出来る仲に戻る事が出来たのであった。
もしかしたら今の私は、EランクどころかDランクぐらいにランクアップしているのかもしれない。
そんな、まるで異世界転生者のような飛躍的に成長する自分が誇らしくなった私は、今なら何でも出来る気がしてならなかった。
だからこの勢いのまま、残る一人にもちゃんと謝らないとだよねと一人意気込んだ私は、作戦を考えながら口パクで音楽の授業をやり過ごしたのであった。
例え先生でも、この私の口パクを見破れたら大したもんですよ。へへっ。
残るは一人!
Dランク(人生の)冒険者明美!いざ出陣!!