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第1話「キッカケ」

 教室内に、ゲラゲラと響く馬鹿笑い。


 今は昼休み。

 私は次の授業の準備をしているのだが、教室の端に固まった男子達――所謂、カーストトップ層が今日も大声で笑いながら話をしていた。


 ――あー、うるさいな


 そう憤るものの、そんな事彼らに言えるわけがなかった。

 何故なら、友達もいない私は所詮この学校におけるカースト最下位の存在だからだ。


 別にそれで、何か不自由しているとか、ましてやいじめに遭うなんて問題は何一つ起きていない。

 けれど、この教室での発言権や決定権なんかは全て上位の人間が持っていて、私のような下々の地位の者には与えられてはいないのだ。


 だから、私は言えない。

 出来れば平穏無事に高校生活を終えたい私は、死んでもあんな連中を刺激するような真似なんてしたくなかった。


 そう、私はずっとそう思っていたのだ。あの日が来るまでは――――



 ◇



「明美、ちょっと付き合え」


 日曜日。

 ただ泥のように惰眠を貪っていた私は、姉の瑞樹に起こされる。


 時計を見ると、時間はまだ午前9時過ぎ。

 何が悲しくて休日にこんな早起きをしなければならないのだと、私は無視して二度寝を決め込む。



「おい、二度寝すんな。さっさと支度しな」



 しかし、私に覆い被さってくれていた相棒のフカフカ羽毛布団くんが、姉によって引き剥がされてしまう。



「ちょっと!返してよ!寒いじゃん!」

「起きないあんたが悪い」

「そもそも行くって何よ、聞いてない!」

「そりゃ、言ってないからねぇ」


 なんだそれは、だったら知るか!と、私は意地でもベッドと一体化する事を決め込む。



「どうせ言っても嫌がるだろうから、勝手に予約したの」

「予約?」

「そう、美容室。あんたのそのボッサボサの髪、いい加減鬱陶しいのよ」

「勝手にやめてよ!これは私の大切な装備品なの!」


 何事かと思えば、美容室だなんて笑わせる。

 私にとってこの髪は命なのだ。


 これまで一生懸命伸ばしたこの髪に隠れる事で、私はこれまでありとあらゆる危機的状況を切り抜いてきたのだ。

 そんな生命線とも言えるこの大切な髪を、ウェーイとか言ってそうな美容師なんかに切らせるわけにはいかない。



「はいはい、どうせまた下らない事考えてんでしょ。美紀のところで予約したから、さっさと行くよ」

「え?美紀ちゃんのとこで予約したの?」


 美紀ちゃんとは、姉の同級生で幼い頃から私によくしてくれている、言わばもう一人のお姉ちゃん的存在である。

 我が姉として本当に不本意なのだが、ザ・ギャルな見た目をした姉とは異なり、いつもおっとり優しい天使のような存在。それが美紀ちゃんなのだ。

 はっきり言って、お姉ちゃんトレードシステムがあるなら是非ともトレードしたいぐらい、私は幼い頃からずっと美紀ちゃん推しなのだ。


 だが、困った。

 そんな美紀ちゃんのお店で先回りして予約までされてしまっては、断るわけにもいかないじゃないか。



「……ちょっとだけだからね」

「はいはい、切るのはちょっとだけね。良いから支度する」

「はぁい……」


 こうして姉にはめられた私は、貴重な日曜日に渋々髪を切りに行く羽目になってしまったのであった。



 ◇



「あら明美ちゃん。久しぶりね。また随分と伸ばしたわねぇ」

「長い間、大事に育ててきたからね」


 美容室に着くと、美紀ちゃんは久々の再会の喜びもそこそこに、私を覆い隠すように伸びるこの髪を見て驚いていた。



「頭、重くない?大丈夫?」

「美紀ちゃん、この重量感に比例して私は安心感を得ているの。だから今日は、毛先を整えるぐらいで本当に大丈夫だよ」

「いや、でも全然ケアしてないでしょ?全体的に枝毛も多いし、これじゃ髪が可哀そうよ?」


 図星だった。

 確かに私は、この量の髪をドライヤーで乾かすなんてそんな面倒な事したくなかったから、濡れたままいつも放置していたのだ。


 ほかっておけばそのうち乾くし、へーきへーき!

 そう思っていたのだが、美紀ちゃんが一本切って見せてくれた髪は見事なまでの枝毛になってしまっていた。

 なんなら、枝分かれした先でもまた枝分かれしていた。何これすごい!



「――明美ちゃん。ここは心を鬼にして言うけどね、一回スッキリしましょう?これじゃ流石に、せっかくの女の子が台無しよ」

「うぐっ――!」


 まるで天使のように可愛い美紀ちゃんにそんな事言われてしまっては、ぐうの音も出なかった。

 きっと美容師の目から見て、私の髪は最悪な状態なのだろう。



「……でも美紀ちゃん。私、髪で隠れてないと不安だよ……。人の目とか真っすぐ見れないし……」

「大丈夫よ。だったらいっそ、相手から見ちゃうぐらい今から可愛くしてあげるわ」


 美容室の鏡越しに、そう言って優しく微笑んでくれる美紀ちゃん。

 だから私は、そんな美紀ちゃんに言われるまま一度全てを預けてみる事にした。


 ――それに正直、この髪もそろそろウザかったしね


 なんて本音は、死んでも言えなかった。



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