雨の中で人を待つ
お堂、赤い傘、黒い傘、レースの黒い日傘、黒いヒール、菊の入った水の桶、落ちている椿、彼岸桜、瓦、塀、どぶ、土の道、雲、ススキ、野原、壺、生け花、十方闇、十二支六十干支、朽ちた木の香、匂い袋、日本家屋、坪庭、さびれた街の商店街、お土産屋さん、おもちゃ屋さん、
座敷に雨が降る。
暗がりに棲むのは、妖の者だろう。
座敷童に息をする間もなく、両の掌で目を閉ざされて、
「まあだだよ」と、嗤って逃げていく。
息ができないで、喘いでいると、どんどん雨が座敷を浸食して、溺れる…。
そんな夢を見た。
遠き日に忘れてきた黄色い麦わら帽子。
雨の中で人を待つ。
さ迷い歩く迷宮の終わりのない道。
あなたは誰ですか?
街角に夏を告げる雨、
彷徨う人はやがて自分をも忘れて、形のない想いはあてどなく。
息をするたびに、すべてを忘れて過去へ還るのです。
懐かしい人には会えましたか?
懐かしい田舎街の、奥地。
夕方のチャイムが、鳴ります。
病弱なあの子は、帰って眠った頃でしょうか。
布団の横の夕日に煌めく毬。
あなたの影法師が、黄昏時を、妖しく踊り出す頃です。
道端の地蔵の裏側で、小鬼が、躍り狂う。
懐かしさの万華鏡は、あなたのすぐ隣に。
夕暮れ小道。
カーテンのひらめいている障子の家に、病弱なあの子の影が消えてゆく。
逢魔が時、刻の止まっているこの町では、座敷童が、シャボン玉をくゆらせている頃。
燕たちが、明日の雨を想って低く飛ぶ。
お地蔵さんの後ろで、閻魔が笑って、愚かな人間たちの舌を抜いている。
夕暮れ時は、逢う魔が時。
街角のあちこちから、魔物が顔を見せるよ。
ドッペルゲンガーが、よく僕と似た顔で、にたにた笑いながら、街角に現れて、消えた。
また、悪さをするんだな。
この宿場町でも、怪人たちが跋扈して、夜悪さを働く。
それを妄想しながら、僕はお風呂に入る。
アイロニーとメロウな街角、沈む人影。
そこの喫茶店に入ったら、雨の町を歩こう。
人は、闇を抱え、憂鬱そうに、人間失格を読んでいるよ。
夢の都は病みて。
町の怪人が躍りながら、ついてきて、
「人を殺そう、火をつけよう、」と、囁いてくる。
悪魔が来たりて。
ここは、どこだらう。 影だらけの、闇のダンス、宿場町の都。迷宮。
風の通り道は、忘れ去られた面影を、ふいに思い出させる。
あなたは、生きていますか?
死者が、街角からふいに顔をみせた。
嗚呼、自分も混ざってゆく。
宿場町。夕暮れの、懐かしい、風の通り道。
夕暮れ怪人が、鎌を持って、踊っている。
君は、誰だい。此処に居ると、帰れなくなるよ。
懐かしい道は、過去の記憶の通り道だ。
夕暮れは、うっかり帰れなくなる、影の迷宮。
童夢
遠くまで綺羅綺羅と光る海が、見える。
海辺の町である。海辺に敷き詰められるような瓦の波に、子供たちのかすかな笑い声。
空を童夢の風が吹き、春を知らせる。
失われた時間は、かすかな音となって、時計の針の横で旋律を奏でる。
くすくす、こそこそと、かそけき声が、ひだまりの中を遊ぶ。
ねえ、お父さん、来週、花火よ。もうそんな季節か、子供たちを水遊びに連れて行こう。
亡くなった人たちの魂、今でもそこに、ある。
依頼があって、露彦がやってきたのは、そんな田舎の海沿いの町だった。
自転車のレールで遊ぶ子供たちや、街角で、ビー玉やおはじきを、する子供たちがいる。
「随分、鄙びた町だが、どこか懐かしいところだなあ、しかも暖かい…暑いな」
一人ごちると、後をつけてきた子供たちが、着物の裾をひっぱって、描いてある文様を、みたことねえべな、きれいなべべだ、と褒めそやかしているのを、わずわらしく、振り払う。
夏の町は、迷宮の入り口。
小径に迷路がどこまでも続いている。
たしかに、抜けたと思っても、また、迷い込んでいる。
ここはどこですか?
迷宮は、懐かしい風が吹いている、不思議な懐古の世界。
おや、あなたは昔お世話になった祖母。亡くなった人がよみがえる。夏のまぼろし。
懐かしい宿場町の迷宮に迷い込んだ。
そこは、果ての見えない迷路。
電柱に、逆さ文字を書くと、黒電話が鳴って鬼が湧く。
怖い怖いと泣いていると、鬼やらいがやってきて、密かに退治してくれる。
貰った風車は、良く廻るかい?
彼らの悲しい宿世を君は知ったら、泣いてしまうだろう。
鬼の血を継いで、鬼を殺す宿命の者たち。
その恐ろしい宿命から、逃れられない悲しい生を。
電柱に書いてある暗号を黒電話でかけると、
恐ろしい心の鬼を退治する人がひっそりとやってきて、
血まみれになって退治したあとは、
人知れず去ってゆく。
彼らは修羅の道を歩む人々。
終点は見えない、ボウフラのような日々。
目に刺さる。廃屋のとげ。
藻色の夢には三つ目の小僧が、赤い風船ばかり持ってにたにた嘲笑っている。
片足だけの振り袖姿の娘が空を飛んでいる。
すべて、笑い事。
職人技、銀細工、林檎、赤い物、黒い物、青い空青い海、白波、水面、神隠し、川、淡水魚、金糸雀、お酒、土蔵、なまこ壁、道、午後の、人気のない通り道、陰、陰翳、荒れた髪、牙、釣り目、驚く顔、神社、隠れ家、隠れている家、紫陽花、凌霄花、